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捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

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28/51

28冊目 悪役令嬢は二人、物語は一つ

「こんにちは、カンナさん。ご機嫌はいかがですか?」

「想像に任せるわ。」

「では、麗しいということで、」



すっかり春らしくなり、外は美しい花々が咲き乱れていますが、この地下牢の中はまるで年中冬のように寒々しく、寂しいです。花の香りも何もない中、カンナさんは格子越しに座っています。いつも通りわたくしも椅子に座りました。



「何もかも、いつも通り。貴女にはあまり感覚がないかと思いますが、本日でこのいつもどおりはおしまいです。」

「ええ、」

「本日で365日目となります。」



あの日から、一年が経ちました。

ラクスボルンからカンナさんが連れてこられ、彼女の処分を迫られた揚句、わたくしがゲームを提案してから、一年たちました。罪人、カンナ・コピエーネは364話もの物語をこの冷たい地下牢で語りました。



「今日の物語で、最後です。貴女が語ることができれば、貴女の勝ちです。ここから出て、それ以上の処分が下されることはありません。」

「そう、」

「つきましてはわたくしからの餞に一つ、物語を贈りましょう。」

「……想像はついてるわ。語ってみて。」



うっそりと笑う彼女。きっとわたくしが語ること、想像がついていらっしゃるのでしょう。そしておそらくそれは正しいのです。



「とある捨て悪役令嬢の物語です。」



いつか陛下に語ったように語ります。


 あるところに、ラクスボルンという王国がございました。緑に恵まれ農業が盛ん、大きくはない強くはない国でしたが、他国との交易も多く豊かで平和な国でございました。

そんな国の公爵家、ビーベル家には息子一人娘一人がおりました。娘の名はシルフ・ビーベルと言いました。

 幼いころから何ら苦労したことなく、食べる物着る物一級品で揃えられ、そしてそれに対して何の疑いもなく享受していました。彼女自身、平和に幸せに暮らしておりました。周囲に言われるがまま、迷うこともない、選択を迫られることもない、楽で幸せな人生でした。川を流される木の葉のようにただただ周りに流される。何もしなければ、平和に生き、死んでいけると確信しておりました。


 選択肢を持たない彼女は基本的に何も好きではなく、何も嫌いではございませんでした。それでもただ一つ、唯一欲しいと思えるもの、楽しいと思えるものがございました。

 それが本です。

 表紙を開くだけで、見知らぬ世界へと連れて行ってくれるそれはまさに夢のようなものでございました。本を読んでいる間は現実を忘れ、ただただ没頭できると。


 欲しいと言う力すらなかった彼女は、こっそりと王立図書館に通っていました。もちろん、誰にもバレないよう平民に身を窶し、偽名を使い。図書館にいる間だけ、シルフ・ビーベルはただの少女でいられました。

 そのうち、同じ年頃の王子、ミハイル・ラクスボルンとの婚約の話が浮上致しました。国の爵位と娘を持つ家々は皆浮き足立ち、我が娘こそ王子の支えになるのが相応しいと推しました。それは公爵家も例外ではなく、シルフ・ビーベルに婚約者として、妃としての教育が始まりました。彼女にとってそれは苦ではありませんでした。王子と結婚することなど、幼いころから耳にタコができるほど聞いていたのですから、それらの教育も当然のものとして享受しておりました。もともと学ぶことが嫌なわけではありません。強いていうなれば、図書館を訪れる時間が減ってしまうことくらいです。


 そんな義務と責任だけを背負った生活の中でした。図書館である少女に出会ったのは。

 気安い方でした。気さくな方でした。

 少女の名はカンナ・コピエーネと言いました。生まれは平民ですが父親が爵位を賜り男爵となった令嬢でした。その生まれからでしょうか、カンナ嬢は不思議な空気を身に纏い、周囲の人を魅了しておりました。それはシルフ・ビーベルも例外ではございませんでした。

 それだけではなく、カンナ嬢はシルフ・ビーベルに様々な物語を語ってくれました。『シンデレラ』『白雪姫』『千夜一夜物語』『竹取物語』挙げるのもきりがないほど、カンナ嬢はたくさんの物語を知っていました。生まれも育ちもラクスボルン王国であるはずの彼女は不自然なほどに、異国の物語だろうものたちを知っていました。不自然だと思いつつも、コピエーネ家は貿易商です、異国の物に触れる機会も多いのだろうとシルフ・ビーベルは思っていました。


 しばらくして、シルフ・ビーベルは正式にミハイル・ラクスボルン、王子との婚約することが決まりました。両親はとても喜び、娘を褒めそやしました。シルフ・ビーベルもまた、決められたレール通りに事が進み安堵しながらも、光栄なことだと喜んでおりました。

 それからどれほどでしょう、カンナ・コピエーネが王立学園に編入してまいりました。爵位持ちの令嬢に相応しい教育を、と平民の学校から変えられたようでした。シルフ・ビーベルは不安でした。身分を隠して交友をしてきた彼女。公爵令嬢と知れたら今まで通りの付き合いができないのではないかと。

 しかしそれは杞憂に終わりました。カンナ嬢は何も態度は変えたりはしませんでした。婚約者であるミハイル王子とも仲が良かったようでしたが、シルフ・ビーベルはむしろそれを喜びました。


 シルフ・ビーベルの平坦に平和だった生活は、カンナ・コピエーネによって微かに色づきました。

 ですが終わりも一瞬でした。


 気が付いたときには、公爵令嬢シルフ・ビーベルの居場所はなくなっていました。

 全ては一人の少女、友人であったはずのカンナ・コピエーネにより。


 王子から婚約を破棄され、周囲から白い眼を向けられ、家族からも縁を切られました。

 敷かれたレールを、何の文句を言わずに歩いてきました。何もしなければ落ちることのないレール。もしシルフ・ビーベルが本に、物語に現を抜かさず、意思を持ってレールを歩いていたなら結果は変わっていたのでしょうか。それはもう誰にもわかりません。


 カンナ嬢は愚かな公爵令嬢を嗤いました。


 「ヒロインの邪魔をする悪役は死んでいく。」


 そう嗤いました。


 それから数日後、悪役令嬢シルフ・ビーベルは断罪され、ダーゲンヘルムの森に捨てられ怪物に食べられてしまいました。ヒロイン、カンナ・コピエーネは王子と結ばれ、ずっと幸せに暮らしましたとさ。



「……それでおしまい?」

「ええ、これでおしまいでした。」

「最後の一文は嫌味かしら?」

「いいえ、あとは貴女もご存知の通り。」



カンナさんは少し考えるように視線を彷徨わせました。考える、というより悩むと言う方が近かったかもしれません。しかし彼女が吹っ切れるように言いました。



「どうも今日私が話す話は二つになりそうだけど良いかしら。」

「多い分には構いませんよ。」

「一つは簡単な話。この世界の『正しい話』よ。」



 するすると、まるで手元にある本を読み聞かせるかのように彼女は『正しい物語』というものを紡ぎだしました。


昔々あるところに善良な公爵令嬢がおりました。公爵令嬢は王子の婚約者候補となり、しばらくして正式な婚約者となりました。しかしそこに現れたのが男爵令嬢。男爵令嬢は掟破りというに相応しいほどに非常識でしたが、天真爛漫で誰からも好かれました。公爵令嬢は男爵令嬢と仲良くなりました。しかし男爵令嬢は非常に打算的でした。身の程知らずにも、自らが王子の婚約者になろうとしたのです。ですが公爵令嬢は男爵令嬢のことを信じてしまって露ほども疑いません。気が付いたころには、公爵令嬢は何もかも奪われて牢屋に入れられてしまいました。


憐れな公爵令嬢は男爵令嬢の嘘に嵌められ、罪人として怪物の住む国へと送られました。隣国は怪物の住む国と名高い国で、その森の中に入れられた公爵令嬢は食べられてしまうはずでした。たとえ食べられずとも、夜が明ければ国の兵が殺しに来る手筈でした。しかし公爵令嬢は死にませんでした。なんと隣国の怪物の正体、国王に助けられたのです。公爵令嬢は隣国の国王から気に入られ、幸せに暮らしていました。しかし公爵令嬢の母国が彼女を取り返そうとしたのです。怒る隣国の国王は彼女の母国へ攻め込みました。そこで隣国の国王は、諸悪の根源成り上がった男爵令嬢を捕まえ、国へ連れ帰ったのです。



「……そこまでですか?」

「ええ、私が確信をもって言えるのはここまで。ここから先のお話は、誰も知らない。私も知らない。もはや誰も知ることはできないわ。」



誰の目線でもない物語。むしろ彼女がどこかから全てを見ていたかのようにも見えます。感情を削ぎ落してもっとも短く簡潔にまとめたそれはわたくしの語る『捨て悪役令嬢』の物語であり、現実でした。



「その物語で、最後は連れ帰られた貴女のことも語られるはずでしょう?」

「ええ、語られたはずよ。公爵令嬢をはめた男爵令嬢は、因果応報、天網恢恢のままに処断された、とでもね。」



そう笑うカンナさんがわからなくなりました。



「貴女は今の話を語り終えた時点で賭けに勝ちました。ならば物語の最後は、」

「そう。たぶんこの『現実』が間違ってるの。」

「間違い……?」


「誰も私が、男爵令嬢が救われるハッピーエンドなんて望んでないわ。善良で無垢な公爵令嬢をはめた悪魔のような男爵令嬢は、最後までヒロインは自分だと叫びながら、公爵令嬢を恨みながら、無様に処刑される。読者はきっとみんなそれですっきりするわ。散々公爵令嬢を貶めた醜いヒロイン気取りの男爵令嬢は、見事殺され、陰りのない平和な国で公爵令嬢は何一つ不安なく、それでも驕ることなく慎ましく平和に暮らす。そんな復讐劇を、皆読みたいの。それなのに、こんな、」

「カンナさん……?」



呆れたように低い天井を仰ぐ彼女の言いたいことは、わたくしにはよくわかりません。彼女自身、わたくしにわからせる気はあまりないように思えます。それはほとんど、独白と同じでした。


死にたくないと願い、そして生き延びた彼女は、この現実を間違いだと言います。



「悪は滅びる。そうしなきゃ面白くないでしょう?納得しないでしょう?私を生かしておいたら、こんな救いを与えたら、読者は不完全燃焼よ。」



ただただ上へ向けられていた両目はわたくしへと向けられました。一年前の憎悪も、嫌悪も、怒りもありません。開き直っているでも、絶望しているでもなく、純然たる疑問を持って彼女はわたくしに問いました。



「シルフ、シルフ・ビーベル。アンタは何で悪役の私を生かすの?」



一片の害意無く、彼女は絵本の結末に納得のいかない幼子のように、わたくしを見ていました。

彼女にとって最大の疑問であり、最後の疑問でしょう。確信や安定を乞うようなものではなく、ただ純粋に、何故このような結末にしたのかと。


 わたくしの答えはもう決まっていました。



「それは貴女が悪役令嬢であり、わたくしもまた悪役令嬢であるからですよ。」

ご閲覧ありがとうございました!

本編完結まであと3話くらいですかね……

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― 新着の感想 ―
[一言] かみはいっている ここでしぬさだめではないと
[一言] かみはしんだ
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