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捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

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27/51

27冊目 月への帰り方を知らない姫

「遠い遠い、遠いところに……、」



昔々、あるところに、という出だしから大きく変わったそれは確か残すところも100話ほどになったころでしょうか。はるか先にある記憶を取り出し、丁寧に糸を紡ぐように語る彼女は、いったい何を見ているのでしょうか。

彼女はいったい何者なのでしょうか。




**********




不可能にも思われた365日の物語にも、ついに終わりが見えてまいりました。内心、ドキドキしている部分もあります。陛下は無理だろうと思ってわたくし提案のゲームに乗ったのでしょう。しかし現実にそれがかないそうになったとき、彼は本当に彼女を生かしておいてくれるのでしょうか。今は大人しく物語を語ってくれているカンナさんですが、罪人は罪人。本心がどうであれ、国の全てを巻き込み彼女のシナリオ通りの箱庭を作り上げた悪人です。陛下の立場としても本当に野放しにするわけにはいきません。いつここで彼女が再び”ヒロイン”になろうとするか、彼女の本意がわからないわたくしたちには未だ想像もつかないのです。



「陛下、カンナさんのことですが……、」

「ああ、もう一年になりそうだな。随分と根性がある。想像以上だ。物語にバラつきは出るが、どれもおもしろい、いやバラつきがあるからこそ面白いのか。」



ニヤニヤと笑うファーベル陛下はご機嫌です。ここのところずっとご機嫌なのですが、そのご機嫌がろくでもないことを考えているゆえなのか、それとも単純に彼女の語りを愉快と思っているのか、はっきりとわかりません。もちろん、不機嫌であるよりか遥かに良いのですが。



「話しきり、檻から彼女が出るとなれば、彼女をどこに置かれるおつもりですか?」

「そうさなぁ……いっそお前と同じように図書館で司書でもやらせるか?」

「え、嫌です。」

「ほう、」



ついぽろっと出てしまった拒絶の言葉に陛下は目を丸くいたしました。まさか陛下が本当に危険があるかもしれない人物を都に置いておくとは思っていませんが、嫌なものは嫌です。それはほとんど反射でした。



「あれだけ入れ込んでいるぐらいだからてっきり情でも湧いたかと思ったが、近くに置くのは嫌なのか?」

「……嫌ですね。得体が知れないのはまだ事実ですし、正直怖いと言えば怖いです。流石にもう嵌められるのは勘弁していただきたいので、近くに彼女がいるのはちょっと……。」



我が儘なのは百も承知ですが、彼女の正体がつかめません。何より恐れているのが、ラクスボルンでの二の舞です。再びあの奇妙でカンナさんにとって都合の良い世界を構築され、気が付いたらあらぬ罪を着せられ牢の中、となっては、笑えません。もし次、本当にそうなれば、カンナさんは確実にわたくしの息の根を止めに掛かるのではないでしょうか。彼女とて、二度も同じ轍は踏まないでしょう。臆病な彼女は、きっと次こそ完璧な箱庭を作ります。



「まあな。得体が知れない上に妙な術まで使うとくれば都の近くには置きたくないのは私も同じだ。」

「妙な術……?カンナさんは何か魔法のようなものを使えるのですか?」

「ああ、前話した時には奇妙なこと、としか言わなかったか。詳細は知らん。だがラクスボルンの者たちは悉く言っていた。今となっては嘘か真かわからん。」



陛下の言う妙な術、というものは本当にお伽噺に出てくる魔法のようでした。術を掛けられた人はまともな判断を下せなくなり、ただひたすらにカンナさんのことを正しいとし全肯定をするようになるというのです。まるで魔法、少し現実的に言うなれば洗脳と言うのでしょうか。しかし不思議なのはそれがカンナさん本人の意図せず解けてしまったこと。もしその術が解けていなければ彼女は今もラクスボルンで楽しく幸せに暮らしていたでしょう。



「術のせいでまともな判断を下せず、小娘の虚言を鵜呑みにし続けていた面々は、術が解けるや否や嘘を暴き諸悪の根源たるカンナ・コピエーネを投獄した。……なぜ拙い子供の嘘を信じ、ここまで無様な姿をさらしたのか、理解できない。だがそれを術や魔法のせいとするなら説明はつく。が、そんな都合のいい魔法なんてものがこの世にあってたまるか。そんなものがあれば世界中大混乱だろうさ。」



 あの世界の奇妙さは、わたくしたちだけではなく、その渦中にいたラクスボルン王国の人間ですら感じ取っていて、その非現実的な様から魔法を施されていたのだと考えていた、と。

 陛下は馬鹿馬鹿しいとでも言うようにおっしゃいますが、少し意外といえば意外でした。陛下は愉快なことがお好きですし、お伽噺も好きでしょう。もう少し面白がるなりするかと思っていたのですが、今の彼は心底つまらなそうに見えます。



 「魔法の類は好みではありませんでしたか?」

 「ん?ああいうのはお伽噺だから良いのだ。実際にそんなものがあってみろ。何もかもが台無しだろう。魔法や妖術なんてものはないからこそ良い。本当にあれば、どれだけ『良い物』でも『ろくでもない物』に落ちぶれるのだ。」



 言い得て妙でした。良い物でもろくでもない物になる。正にです。

 今回の件が魔法によるものであったとして、それは一人の男爵令嬢にとっては幸いだったでしょう。地位の高くない男爵令嬢が、ちやほやされ、皆が好きなように動き、そして自分は王子と結婚する。何て素晴らしい魔法でしょう。まさに「シンデレラストーリー」というに相応しい、物語でしょう。ですが魔法が解けてしまえば、惨めなものです。面白おかしい物語は悲惨なものとなります。男爵令嬢が成り上がり、人々は操り人形のように動き、他人にあらぬ罪をかぶせ王子と結婚する。しかし操り人形の糸は魔法が解けるとともに切れてしまい、男爵令嬢はあっという間に牢の中。



 「魔法なんてものは現実に相応しくない。説明のつかない事象なんてものは害悪でしかなく、この世にそんなものは存在しない。」



 では、説明のつかない奇妙な事象の真ん中にいた彼女は一体何だったのでしょうか。

 どこまでも彼女にとって都合の良い世界の真ん中にいた彼女は。



「魔法云々は置いておいて、もしカンナ・コピエーネが365話語り終えたら北の小さな町に送る予定だ。」

「北の……、」

「ああ、一年の半分以上が雪に覆われる土地。主に酪農と手工業を生業にしている地域だ。……馬鹿な真似考えるほどの暇もないだろうよ。」

「……ご令嬢にやっていけますかね?」

「やっていく他ない。一年牢に入れられて生にしがみ付く精神力があれば生きていけるだろ。無論、監視員は紛れ込ませておく。それで一応、自由の身だ。」



死ぬよりはずっと良い。そうでしょう。

彼女が怖い、というのは嘘ではありません。近くにいてほしくないという理由の一つでもあります。しかしそれ以上に、わたくしは彼女に願うのです。




**********




「カンナさん、チーズはお好きですか?」

「……好きだけど、何?くれるの?」

「差し上げると思いますか?」

「思うわけないでしょ。」



春の近づき、高い窓から柔らかい日が降ってきていました。軽口もそこそこに、カンナさんは物語を語り始めます。



「遠い遠い、遠い所に、とある劇作家の男がいた。明るいビル街の中、フラフラと歩いているとき、何となしに目に入った屋台があった。随分と軽い財布を見て、そして暖簾をくぐる……、」



 するすると紡がれる物語を、わたくしは椅子に座って聞いていました。いつからでしょうか、彼女に余裕がなくなってきました。見ていればわかります。彼女の中の物語が、尽きたのです。残念でした。悲しく思いました。彼女は頑張っていました。牢の中で、一人、記憶を引っ張り出しては物語を辿り語っていました。しかしそれも終わり。


 しかしある日、彼女はその日の前まであった焦燥も、怯えも、何もかも無くして語ったのです。



「遠い遠い、遠い所に、」



 憑き物が落ちたように滔々語る彼女は随分と様変わりしていました。彼女の中で何が変わったのかわかりません。しかし彼女はもはや恨み辛みも残さず、晴れやかでした。流れるように口から零れる物語たちは、いよいよわたくしにはわからないものとなりました。

けいたいでんわも、びるがいも、じょしこーせーもてれびもいんたーねっとも分かりません。


ついにご自分でお話を作り始めたのかとも思いました。しかし聞いていて思うのです。これらはすべてがすべて作り話ではないと。聞いたこともない機械、聞いたこともないエネルギー、制度、法、どれも完璧すぎました。とても想像で作り出せる代物でも妄想で補完できるようなものでもありません。わからないものが多すぎました。ゆえに、それらがどのようなものかを彼女に尋ねました。期待はしてません。馬鹿にするように笑うだけだと予想していました。しかしわたくしの予想に反し、彼女は懇切丁寧にそれがどのようなものかを語ってくれました。幼子に教えるように、かつて、図書館でわたくしに教えてくれたように。



「……不思議な機械ですね。それも、魔法のようなものですか?」

「魔法なんてものじゃないわ。それは科学よ。」

「…………学者でも、研究者でもない貴女が、何故それほどまでに造詣が深いのです?」



至極当然の疑問に、彼女は笑いました。以前のように馬鹿にするでもなく、嘲笑うでもなく、ただ何の邪気もなく、笑いました。



「『遠い遠い、遠いところ』、そこで私は見て、聞いて、使ったからよ。」

「それは、どこなのですか?実際にあるんですか?」



聞きたがり知りたがりの幼子のようになってしまっている自覚はあります。しかしわたくしに飲み込み、咀嚼できるものでは到底ありませんでした。



「あるわ。でもそれは『遠い遠い、遠いところ』誰の手も届かない。もう誰も行くことはできない場所。……どれもこれも、アンタが知らないだけ。アンタ達が知らないだけ。私だけが知ってるの。」



彼女は、自分だけが知っていることに優越感を抱くわけでも、知らないわたくしたちを見下すわけでもなく、言いました。



「私だけが知ってるから、言いたくなる。こうして、そのかけらを語り聞かせたくなる。」



それは嘆きでした。悲しみに歪められることのない顔には出されない嘆きでした。

誰にも知られていないからこそ、知られたい。しかし全てを知られることは望んでいない。だからまるで、月に光る白い石を道に落としていくように、誰も知らないことを、ポツリポツリとわたくしの前へ落としていくのです。

石を追ってついてきてほしいわけでもなく、声を掛けてほしいでもなく、その石を再び辿り戻るわけでもなく、ただ拾ってほしいのでしょう。白い石を拾わせて、ただ知ってほしいだけなのでしょう。臆病で知りすぎている彼女の意地なのでしょう。



「……貴女は何者なのでしょうね。」

「さあね。」

「まるで『竹取物語』のかぐや姫のようです。遠い遠い、遠い所に住んでいて、それからこの世界に落とされたような、」



おじいさんの元へと送られたかぐや姫のように、罪を犯して地に落とされた天使のように、彼女はきっとそういう存在なのでしょう。この世界の人間ではないような、そんな浮世離れしたように見えるのです。少なくとも、今牢で笑う彼女は。



「ははは、かぐや姫なんかじゃないわ。かぐや姫は月に帰れる。でも私は、もう帰れない。」



どこから来たのでしょう。何者なのでしょう。どこへ帰りたいのでしょうか。

ぽつぽつと落とされた石を拾っても、わたくしにはわからないことばかりです。



「カンナさん、」

「何よ。」

「雪は、見たことがありますか?」

「……あるわよ。」



彼女の生まれ育ったラクスボルンに、雪は降りません。



「365話まで、あと少しですね。」

「ええ。」

「おそらくゲームは、貴女の勝ちです。今日は少し貴女に聞きすぎてしまったのでわたくしからもお答えさせていただきます。」



以前、貪欲に確実なものを知りたがり、不安を解消しようとしていたその影はもうありません。むしろ今の彼女はかつて牢にいたわたくしの姿によく似ているように思えました。しばし逡巡した後、彼女は口を開きました。



「……365話、話し終えたら私はどうなるの?」

「365話語りきれば、貴女はダーゲンヘルムの奥地に送られるようです。一年の半分が雪に覆われる豪雪地帯。酪農が盛んで、チーズやヨーグルトが有名なところだそうですよ。」

「そう、それはいいわね。嫌いじゃないわ。」



世紀の大噓吐き、男爵令嬢カンナ・コピエーネは穏やかに笑いました。

ご閲覧ありがとうございました!

あと、少しです。

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