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捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

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25/51

25冊目 臆病者の鎧の隙間

「『アラジンと魔法のランプ』」

「『ルンペルシュティルツヒェン』」

「『裸の王様』」

「『ハーメルンの笛吹男』」

「『オオカミ少年』」

「『聞き耳頭巾』」

「『かさ地蔵』」

「『姥捨て山』」

「『しあわせの王子』」

「『エンドウ豆の上に寝たお姫様』」

「『十二人兄弟』」

「『七羽のカラス』」

「『命の水』」


 ずらりとお伽噺のタイトルたち。聞いた物語はすでに200を超えていました。どれも物珍しく、面白いことは変わりません。ただやはり不思議と言わざるを得ないのは、その物語たちはあまりにも舞台が違いすぎるのです。

 「十二人兄弟」や「七羽のカラス」などはわたくしたちの住む世界とよく似ていて、違和感なくに聞くことができます。しかし「アラジンと魔法のランプ」や「アリババと四十人の盗賊」などは聞いていて随分と、ダーゲンヘルムやラクスボルンとは生活様式が違うように思えます。ただ全く聞かないわけではありません。海の向こうにある国々ではこちらよりも気温が高く、雨の少ない地域もあります。物語を聞いていて、おそらく香辛料などを売りに来た商人から聞いたのだろうと推測が付きます。しかし全く分からないのが「聞き耳頭巾」「かさ地蔵」「ぶんぶく茶釜」などの物語です。「聞き耳頭巾」に出てくる神社、「かさ地蔵」に出てくる地蔵やてぬぐい、「ぶんぶく茶釜」の茶釜や和尚さん。聞いたこともないものばかりが登場します。かつてラクスボルンにいたころに聞いた「桃太郎」や「竹取り物語」、これらはわからないことがあればカンナさんが答えてくださいました。「柴刈り」「帝」「鬼」「竹」など、わたくしの知らない物でも、カンナさんはとても詳しく教えてくださいました。しかし今のカンナさんはわざわざ教えてくれることはなく、わたくしの想像で補完している状態です。


 やはり妙なのです。「アラジンと魔法のランプ」「アリババと四十人の盗賊」などの舞台はどこかで聞いたことがあります。しかし「桃太郎」を筆頭にした物語たちは全く聞き及んだことがないのです。確かに、わたくしが見聞きする物は少ないかもしれませんが、単純に文字にされているものであれば大抵のものは読んだことがあります。しかしわたくしは一度たりともそういったものを読んだことがありません。ラクスボルンに居た頃も、ダーゲンヘルムで司書をしている今も。カンナさん、コピエーネ男爵家はラクスボルンでも有数な商家です。他国との貿易も多く行っており、一般の人よりも多くかかわりを持ち、世界のことを知っていてもおかしくはありません。それでも、おかしすぎるのです。砂漠などの地形を持つ国々は海を越えた場所に実際にありますし、貿易をしていたコピエーネ家でカンナさんが教えてもらっていることも自然です。しかし見たことも聞いたこともない世界の物語。この国々の人々では知り得ない物語をカンナさんはすらすらと語ってみせるのです。


彼女が話をしているのを見る限り、その場で作っているわけではなさそうなのです。彼女は飽く迄も知っている、物語をなぞるように語るのです。



「前々から思っていましたが、随分といろいろな物語を知っているのですね。」

「ええ、箱入り娘のアンタが知らない物もね。」



しれっと言ってみせる皮肉は相変わらずです。すでにこの牢に入れられてから半年。正直ここまで話せるというのは驚きを通り越して脱帽物です。しかし苦しくなってきたのは本当のようで、あやふやな部分や似たような話も増えてきました。



「200話を越えましたが、残り165話語れそうですか?」

「まだストックはあるわよ。」



皮肉と強気な発言は相変わらずです。しかし変わったこともありました。彼女のわたくしに対する憎しみや怒りの目線、罵倒がほとんどないに等しいのです。わたくしはそういった激しい感情を持ち、あらわにする人を彼女しか知りません。なので静かな憎しみなどもあるのかもしれませんが、以前のような苛烈さは明らかに失われているのです。諦めたのかとも思いますが、彼女は相変わらず物語を毎日語り続けます。



「……ねえ、本当に365日話し続けられたら私をここから出すの?」

「ええ、一応そのつもりです。ゲームはゲーム、賭けは賭け。貴女が勝てば解放されることが約束されています。」



陛下はおそらく無理だろうと思ったからこそ、面白半分でわたくしの提案を飲んだのでしょう。しかしこのままなら彼女が解放されることも荒唐無稽とは言えなくなってまいりました。そして当初殺すつもりであった彼も、今では彼女に対し驚嘆し少なからず一目置いている節があります。なにはともあれ、現在彼女は陛下の興味のある者枠に入れられているのです。



「陛下は”嘘”は吐きませんから、安心して話してください。」

「……アンタ、何考えてんの?」

「何、と申しますと?」

「……なんで私を殺そうとしないのよ。」



ぎろりと椅子に座るわたくしを睨み上げます。牢に入った当初から、それは変わりません。しかし彼女の目の色には怒りや憎しみではなく、困惑や戸惑いが強く見えます。



「殺してほしいのですか?」

「違うわよ。……私を生かしておくメリットがアンタにはあるの?」

「貴女からお話が聞けます。」

「馬鹿にしてんの?」



わたくしの答えはお気に召さなかったようです。ですがそれもまた事実でした。以前のような温かい空気も、穏やかな空気も、この牢の中の語り場にはありません。殺伐とし、人の命一つが賭けられています。そんな状況でも、彼女の話す物語は変わらず輝いています。素晴らしい物語、それはこのダーゲンヘルムにおいて大きな価値がございます。



「普通、自分をはめて、何もかも奪って、揚句殺そうとした相手なんて恨むでしょ。殺そうとするでしょ。」

「それはご自分が悪いことをした、と自覚した。ということでよろしいですか?」

「それとこれは別よ。私は何も悪くない。正しいことをしただけ。……それでも、アンタから恨まれる覚えはあるわ。だから恨まれないように殺そうとした。」



失敗してこの様だけど、と自嘲するカンナさん。「恨まれることをすれば仕返しされる。それを避けるためには相手を殺すしかない」と言うのは彼女にとって当然なのでしょう。自らの安寧のために。不安の芽は全て摘み、危険なものは全て取り除く。



「……そうですね、ではわたくしも一つお聞きしたいことがあります。わたくしが一つ質問に答える代わりに、貴方も質問に答えていただけますか?」

「内容によるわ。」

「何をおっしゃってるんです?貴女の選択肢は、はいかいいえ、だけです。」



ニコリと笑って言えば久しぶりに怒りを前面に押し出した顔を見た気がします。憤怒に顔を染め歯を食いしばる様子はなるほど「鬼」のようです。

それでも、彼女の性格上常にわたくしが主導権を握っていた方が良いと思うのです。彼女は口が上手く、不遜です。もし対等な取引のように彼女の言い分を聞き交渉すれば彼女は必ず調子に乗ります。そして交渉をする余裕を持つでしょう。わたくしはおそらく、同じ舞台に立てば単純な交渉や話術では彼女に適いません。



「でも、貴女は「はい」しか選べないでしょうね。」

「そんなわけないでしょっ」

「いいえ、カンナさんは臆病でしょう?今の状況は不安でならないはずです。ゲームをしているために貴女の命は負けるまで保証されています。ですが、何故恨まれるはずの自身がこうして生かされているのか?何故あえて物語を語らされているのか?何故助かるかもしれない可能性を持たされているのか?本当に一年語り終えたらここから出られるのか?出られたら自分はどこに行くのか?」



怒りに顔を染めていたのに、その赤には酷くあっさりと戸惑いの色が含まれます。何故、どうして、本当にいっているのか、不安がみるみる煽られているのが、手を取るように感じられます。

カンナさんは、臆病者です。不安に弱く、想定外のことにも弱い。不安があれば消し、自分の思い通りになるように計算づくで行動する。それが彼女です。

しかし今の彼女はその両方ともにできません。檻の中、できるのは与えられたゲームの上で語ることだけ。不安を消すすべもなく、何か確信を得られることもなく、相手の言うことを聞くだけ。恐ろしいでしょう。不安でしょう。


安寧に暮らすために、誰もかれも好きに動かして、いらない物は完全に排除する。小さな自分だけの箱庭に居たいお姫様は、今他人の檻の中に、他人の手の中にいるのです。間違えれば、自分の命など一瞬で吹き消されてしまう状態で。その上、わたくしは、彼女にとって全く理解できない人間です。彼女の常識、「当然」が当てはまらない相手。

一つでも、確かなものが得られるかもしれない。その提案は、臆病な彼女にとって喉から手が出るほどに欲しい物でしょう。



「何か一つでも、確かなものが欲しいでしょう?」



疑り深く、他人を一切信用しようとしないと豪語する彼女。それはきっと臆病な自分を守るためでしょう。しかしそれは最大の弱みにもなるのです。

理由がなければ、理屈がなければ、相手の言うことを信じることすらできないのです。

ご閲覧ありがとうございました!

どうでも良いですけど『七羽のカラス』と『エンドウ豆の上に寝たお姫様』が好きです。

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