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捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

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16/51

16冊目 悪と知らぬ幼子

小刻みに身体を震わせる罪人たち。さて、何を聞いてやるのが面白いだろうか。



「少し考えればシルフ・ビーベルとカンナ・コピエーネの成り代わりなどあまりにリスクが高すぎるのはわかる。にも関わらず、何故貴様らはそれができると思った。今もシルフ・ビーベルが生きていたとすれば間違いなく誰かの庇護下にあるだろうに。いや、そもそも何故カンナ・コピエーネたった一人、なんでもない少女の虚言一つにここまで国が振り回された?」



ラクスボルン王国は小さく、そう強い国でもない。しかしそれでもそれなりに歴史のある文化的な国である。そんな国の王族が、大臣が、権力者たちが、なぜことごとく騙され、言いなりとも言える状況に陥ったのか。ラクスボルンは決して愚かな国ではない。他国との外交をこなし、貿易を行い、世の潮流を読む力もそれで渡り歩く力もある。いやあったはずだ。だのになぜ、一人残らずカンナ・コピエーネという一人の男爵令嬢の拙い虚言に騙され、誰一人気づくことも諫めることもなかった。それはあまりにも不自然だ。


私が問うているのに、誰も彼も答えようとしない。怯えて声が出せない、軽率なことを言えないと言うのが主な理由だとわかり切っているが、やはりこうしてわざわざ質問してやっているのにすべて無視されるのは気に食わない。不愉快だ。

ひっくり返っていない首入りのバケツを一つ手にとった。スチールグレイのバケツの中には赤々とした血がたっぷりと入っている。しばらくすると組織液が分離してしまう。そうなれば色が美しくない。バケツの中に入っていた邪魔な大臣の首をぽい、と地面に放ると声にならない悲鳴が短く上がった。

ふむ、と並んでひざをつく者たちを見る。誰でもいいが質問に答えさせたい。ふと目に入った若い金髪の男の方へ向かい、頭からバケツの中身をひっくり返した。



「なぜだ」



金髪が赤に染まり、滴る。みっともなく涙を流しながら怯える男は、確かシルフの元婚約者である。婚約者にシルフを選んでおきながら、カンナという男爵令嬢に現を抜かし誑かされ、揚句公衆の面前でシルフをありもしない罪で糾弾し、婚約破棄をした愚かな男。一瞬でもシルフがこんな一匙の救いもなさそうな男のものであったこと、そしてこんな馬鹿な男によって彼女が傷つけられたことが腹立たしくて仕方がない。そのような大義名分を得たうえでこうしていたぶれるのも悪くはない。なにも何の罪もない人間をいたぶるような悪人ではないのだ。



「あ、あの女だ……、あの女が来てからおかしくなったっ……、」

「あの女?」



紫色の唇を戦慄かせ出てきた言葉は”あの女”。



「カンナ、カンナ・コピエーネが現れてから、すべてがおかしくなったっ、」



想定内でつまらない、とは思うものの分かっててこちらは聞いたのだ。実際がどうせあれ、この手の人間は他人に責任を押し付けるきらいがある。その言葉によって自分の命が残るか消えるかという極限の状態だと言うのも一因だろう「自分は悪くない、悪いのはあいつだ」と。

王子の言葉を皮切りに、ぼそぼそと再び彼女への怨念が零れだす。



「ハニートラップ、誑かすなんて可愛い物じゃない。あれは異様だった……」

「あまりにも奇妙だった。なぜ我々は証拠もなしに彼女の言葉をことごとく鵜呑みにするのか」

「あの時は、あの時は彼女の言うことの全てが”正しさ”だった。私たちは彼女を信用してしまっていた。まるで盲信するように」

「悪意は見られなかった。生まれも奇妙な点はなかった」

「けれど彼女は妙だった。カンナ・コピエーネという一人の娘。あれが全てを狂わせた」


「あの女は、」

「魔女だ」

「悪魔だ」

「鬼だ」

「まさしく化け物であった。あの化け物の呪いが解けたとき、すべてが手遅れだった」

「我々は騙され、操られていた」

「この国は、ラクスボルンはあの女の箱庭にされてしまったのだ」



先程喧しくして黙らされたのを忘れているのか何なのか。しかし今回は止めもせず、ただその言葉を聞いていく。

人心掌握に優れていた?だがそれなら関わりのないはずの大臣たちが虚言に振り回されることはないだろう。では何か、判断能力を低下させるような薬を盛った?上層部全員にそれを行うのは現実的ではない。

ただ、箱庭、というたとえはしっくり来た。自分をお姫様に、邪魔な元のお姫様は箱庭の外へと捨てる。玩具の王子を踊らせて玩具の大臣たちを動かす。全ては彼女の掌の上。薄っぺらな壁で国を囲って、都合のいいおもちゃ箱で一人遊ぶ。人形遊びの好きな子供のように。


ドンドン、とぞんざいなノックが聞こえた。返事をする間もなく牢へ向かった側近、レオナルドが謁見の間に戻ってきた。数人の部下と一人の少女を連れて。



「レオナルド、それが?」

「はい、これがカンナ・コピエーネです」



カンナ・コピエーネ。

自身の欲のために友人を裏切り、追放し、ありとあらゆる人間を手玉に取り、力を得そして失った。結果的に一つの国を滅亡に至らしめた齢18の娘。


どんな傾国の美女かと想像していたが、予想は見事に裏切られた。

胸あたりまで伸びるがままにされたくすんだ栗毛、汚れ傷だらけの肌、微かにこけた頬、細い小枝のような手足、この光景に怯え涙を浮かべる明るい金の瞳。魅力的とは言い難い。その原因は投獄されていたという環境的なものもあるだろう。だがそれを差し引いたとしても、頭の中で身ぎれいにしている目の前の女を想像してもとても何人もの男を篭絡できるような見目であるとは思えなかった。少なくとも、シルフと比べれば百合と雑草ほどの差だ。


国一つ亡ぼしてみせた傾国は、奇妙なまでに平凡な少女だった。


”悪の凡庸さ”と言う言葉がある。解釈は悪は誰の心の中にもある、悪は悪人ではなく思考停止した凡人が産む、などさまざまだ。だが彼女はそのどれもにも当てはまらない気がした。


悪でも、悪人でもない、ただの少女。

空のバケツはまだあった。しかし私がそれを彼女に渡すことはなかった。



「カンナッ!お前のせいでこの国は……!」

「なぜ貴様がまだ生きている!貴様こそ真っ先に死ぬべきなのに!」

「貴様のような小娘のせいで、なぜ我々が殺されなければならん!」

「阿婆擦れがっ今すぐ死ね!」



ぼそぼそとしていた怨念が膨れ上がり方向性を明らかにした罵倒と変わる。つい先ほどまでいつ死ぬかいつ殺されるかと戦々恐々としながら震えていたというのに少女を罵る者たちは怒りを露わに声高に叫ぶ。軽率な一言に怯えていたのに、今は強いエネルギーを伴って罵る彼らはなかなかに面白い。加害者の懺悔のように跪き静かに命乞いをしていたのに、今は堂々と被害者面をする。滑稽でならない。


一方の罵倒のを一身に受ける件の娘、カンナ・コピエーネ。

次から次へと石をぶつけられるように投げられる罵倒の嵐。彼女はそれを粛々と受けるわけでも、開き直るわけでもなく、ただこの血みどろの光景に怯えながら、罵倒の言葉に涙を流した。ボロボロと。枷をはめられた手で拭うこともできずに。


見れば見るほど面白く、興味深かった。

加害者が加害者を罵倒している。それなのに両者が被害者面をしているのだ。


カンナ・コピエーネはまるで、傷ついた、とでも言わん顔だった。

不自然で、ちぐはぐ。もし彼女がしたことを知らなければ普通の光景に思えるだろう。だが彼女は国一つを潰したのだ。誰から見ても罵倒されるのは至極当然。にも拘わらず彼女は被害者のように傷ついた顔をしているのだ。自分がしでかしたことを理解しているのか、していないのか。それがさらに怒りを煽る。



「わ、私はっ……こんなことになるなんて思ってなかったっ……!」



怯え震える声で、彼女は初めて口を開いた。その言葉に憎しみと怒りで塗り固められた罵倒が勢いを増す。

私は無様なそれを眺めながら、カンナという娘を観察していた。そしてどことなく思った。

虚言がこんな大事になると思ってなかった。国を亡ぼす気なんてなかった。それでも悪いことをしたとは思っていない。

彼女はただの子供だ。人よりも少し欲望に正直で、少しずるがしこくて、でも先を見通すほどの頭は持っていない。


凡庸でありながら、異様。彼女は凡庸であるがゆえに異様だった。


ここには誰一人として悪人はいない。ここに居るラクスボルン王国の人間は一人残らず罪人だ。だが悪人は存在しない。

ここに居るのは悪を悪と思わない幼子と、それに操られた平凡な玩具だけだ。

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