26. 最後に卒業式で
快晴。
僕――レグウィフ・エラードはウラクスの正門を眺めていた。
ウラクス騎士学園に入学してから三年。
色々なことがあった。
不安な気持ちで入学した貴族学園。
悪意をもった貴族たちに蔑まれた日々。
騎士になるという夢を叶えるために握った剣。
つらいときも寄り添ってくれた親友たち。
そして――
「レグウィフ! ここにいたのですね」
「イシリア。おはよう」
愛しき婚約者。
まさか伯爵令嬢の彼女と、平民の僕が婚約を結ぶなんて思っていなかった。
すべて奇跡的なめぐり合いのおかげだろう。
僕はイシリアと並んで正門を見上げた。
「今日でこことお別れだと思うと、どうにも寂しくて」
「……色々とありましたからね。わたしにとっても大切な場所です。あなたと出会えた、かけがえのない場所」
「でも前を向かないと。さあ、卒業式に行こう」
「ふふっ……はい」
彼女と手をつないで歩いていく。
寂しくない、大切な人がいてくれるから。
***
卒業式を終えた僕たちは祝宴を開いていた。
煌羽の面々がみな楽しそうに、別れを惜しみつつ雑談している。
公国の生徒だけではなく、帝国や他の国の卒業生たちも。
祝宴の最中、声がかかった。
「レグウィフ、楽しんでいるか」
「アルトン閣下。はい……最後の機会ですから」
「最後の機会……か。まあ、生徒としてはそうだな。だが今度は友として夜会で顔を合わせよう。お前も貴族になるんだからな?」
「ははっ……そうですね」
そう、僕は爵位を授かることになった。
だからイシリアとの婚約も認められたんだ。
帝国に寝返ろうとしていた領地……そこの新たな領主としてアルトン閣下から推薦してもらった。
その領地を接収したアルバン子爵は政治に興味がないみたいで、領主代理を探していたらしい。
そこで副担当の先生からアルトン閣下に取り次いでもらって、僕も貴族の一員になることに。
領主なんかが務まるか不安だけど……そこは恋人のイシリアも頼ろう。
「さっき帝国のネトバス皇子と話してきたんだ。お前が管理することになる領地は帝国に近いからな……交易路を開いてもらえるよう、頼んできた」
「……! ありがとうございます。では、今後も帝国とは良好な関係を続けていくのですね?」
「もちろんだ。ネトバス皇子も平和を望んでいるからな」
閣下は葡萄酒を注ぎながら答えた。
周囲で歓談する生徒たちを……公国と帝国の生徒たちを笑顔で眺めて。
僕だけに聞こえる声量で言った。
「……本音を言えばな、俺は帝国が憎くて仕方なかったんだ。目の上のたんこぶの存在で、歴史的な軋轢も片手では数え切れない。だがウラクスに入学して俺の考えは変わった」
「偏見がなくなった、と?」
「ああ。結局、どの国でも人間の性質は変わらない。俺は帝国貴族の悪い側面ばかりを見て、彼らと手を取り合うことを考えていなかった。だが、みんなのおかげで気づかされたんだ。誰にとっても平和は尊いものであるとな」
次代の大公を成長させたのなら、ウラクスは大いに意味のある養成機関だったと言えるだろう。
アルトン閣下の深奥に根ざす闇を払ってくれた。
彼もまたここに入学してよかったと、そう思ってくれているのだ。
「これからもよろしく頼む、レグウィフ」
「はい。ひとりの友として」
固い握手を交わした。
***
「終わったぁああああー! わた、私の学園生活が終わりました! 実家に帰りたくないよヴァレリアさぁあん!!」
「ああ、うるさい! 一度帰って、またすぐに出て行くんだろう!? そう騒ぐこともないだろうに!」
そして祝宴の一角では。
令嬢二名が騒いでいた。
まあ、いつもあんな感じだから誰も気にしてないけど。
「ロマナ、ヴァレリア……どうしたの?」
「あ、あっ、レグウィフさん! あのですね……私、実家に帰らせていただきます。いえ帰らされます」
ロマナの実家か。
彼女は家で虐待を受けていたらしいからな……帰りたくないのもわかる。
「どうして帰るんだ?」
「あ、あの……私の就職先は文官なんですけど。セフィマ伯爵家で働くことになるのはご存知だと思うんですけど。就職したら一生実家には帰らないつもりなんですけど。どうしても書類手続きで、父に会わないといけなくてぇ……」
だんだん涙声になりながらロマナは説明した。
なんというか……かわいそう。
「どうしても嫌なら、僕が護衛としてついて行こうか?」
「いや、それはあたしの役目さ。ロマナの御守りは任せときな。とはいえ、ロマナだって十分に強くなった。あんたを虐待していた家族なんて魔術でぶっ飛ばせるだろ?」
「い、いえいえ……最初は実家を爆破することも考えたんですけどね? そんなことしたら牢屋に入れられるじゃないですか。家族を氷漬けにしても呪殺しても、牢屋に行くのは決まってますから。こうなったら金輪際関わらないように生きていくことにしたのです」
早口で言いきったロマナは身を震わせた。
関わりたくない人とは関わらない。
それがいちばん賢明な生き方だろうな。
まあ、ヴァレリアがついてくれるなら大丈夫だろう。
ヴァレリアも卒業したらサナパガ男爵領を継ぐらしい。
「それにしても、結局あんたを入学させた奴って誰だったんだ?」
「あ、それなんですよね。いまだに入学費を送ってくれた人はわかってません。バッハ先生に聞いても知らないって言われますし。いつか判明したら恩返ししたいです!」
二人はその後も雑談を続けていた。
ああ、そうだ……僕も卒業したら、入学費を用意してくれた領主様にお礼しないと。
貴族になるなんて言ったらびっくりするかな?
***
気晴らしに外に出る。
まだまだ祝宴は続きそうだからな……少し外の空気を吸おう。
中庭のあたりで散歩していると、体格のいい男と遭遇。
彼は揉み手をしてこちらに近づいてきた。
「お、これはこれは! お貴族様になられたエヴリニー子爵レグウィフ様!」
「レ、レオン……やめてくれ」
「はははっ! おいおい、貴族としての風格がないぞレグウィフ! もっとがっしょり構えないとな!」
レオンは笑いながら僕の背を叩いた。
たぶん煌羽の中でいちばん距離が近い。
もともと平民同士だったこともあり、よく一緒に行動していたのだ。
「レオンは祝宴に出ないの?」
「ん、もそっと挨拶だけ済ませてきたよ。だが、どうにも大貴族様ばかりの会場は苦手でなぁ……この三年間で俺の貴族恐怖も薄れたが、まだ課題はあるみたいだな」
「でも学級のみんなは怖くないだろう?」
「そりゃもちろん! 親友だ、大親友! ……それはそれとして、今後も商売相手として見なくちゃならないのが商人のつらいところ」
レオンはアルミルブ商会を継ぐという。
公国中を網羅する大商会。
卒業生の中で最も忙しくなるのは、レオンかもしれないな。
会う機会も少なくなってしまうだろう。
「僕が領主となった暁には、ときどき会いにきてよ。商談でもいいからさ」
「ありがたい、お得意様としてやっていこうな! セフィマ伯爵令嬢にお似合いのドレスも紹介させてもらおう。お前が好きそうな、かっこいい剣もな」
「うん、よろしくね。ぬるっと」
「おう! ぬめっと!」
三年間ずっと明らかにならなかったけど。
……この擬音、なんなんだろう。
***
祝宴に戻る。
まだ話していない煌羽の生徒がいるんだけど……彼はどこに行ったのか。
「ようやく見つけたぞ」
「あ、トリスタン……僕も君を探していたところだよ」
トリスタンの白い礼服……その胸元に紫色の染みができていた。
これは指摘していいのだろうか……?
僕の視線を感じ取ったのか、彼は恥ずかしそうに笑いながら言った。
「さっきワインをこぼしてしまってな。着替えるのも面倒だし、まあいいだろう」
「へぇ……入学したばりの君なら『こんな汚れた服着てられるか』とか言いながら、急いで着替えていたんだろうね」
「ははっ、違いない。ウラクスの野営演習で私は高貴さを捨てることを覚えたからな。ときには鹿や熊を解体することもあれば、泥水を飲んだこともあり、虫を食ったこともある。酒の染みくらいでいまさら騒いだりはしない」
いちばん人間的に成長したのはトリスタンかもしれない。
最初は本当に高慢な性格で、僕にも厳しく当たっていたのに。
あれでも平民の僕を気遣っていたのだと、気づかされたのはしばらく後のこと。
「君を探そうと思ったのは、謝罪しなくてはと思ってな。入学したばかりのころは、本当に君に無礼な態度を取ったと反省している。不意に謝っていないことを思い出したのだ」
トリスタンは姿勢よく頭を下げた。
謝罪を受けているのに、なんだかおかしい気分で笑いそうになってしまう。
「とっくに水に流しているよ。君は親友だからね」
「そうか……ありがとう。それで、そのうえで確認なのだが。今後もレグウィフは私と友でいてくれるだろうか?」
「当たり前だろう? イシリアともども、これからも親友でいよう」
僕たち煌羽は不滅だ。
どんな障害が立ちはだかっても、乗り越えて共に進む。
「よければ私の婚約者との結婚式にも出席してほしい。卒業式を終えたらすぐに執り行う予定だ」
「もちろん。君もすてきな相手を見つけられて……というか、すてきな相手と復縁できてよかったね」
「ああ。互いに最高の婚約者と結ばれたな。次は式で会おうではないか」
ウラクス騎士学園。
そう呼ばれているけど、騎士として育て上げるだけじゃない。
ここは心を育む場所。
みんな大きく成長した。
もちろん僕だって同じだ。
友を、愛を、絆を見つけて……未来への一歩を踏み出すんだ。




