24. 『犯人』の正体は
「矛盾か。リア、僕は君が賢い人だと知っている。それだけに気になるよ。僕の発言のどこが間違っているのか」
レグウィフは淡々と言い放った。
厚い仮面だ。
彼の平静を叩き割ることが、いまの私に求められていることか。
そう考えると心に罪過が募って止まない。
「順を追って説明していこうね。まず、レグウィフはどうして『ロマナが最初は煌羽の生徒ではなかった』ことを知っていたの?」
「……いや、知らなかったよ。ただバッハ先生が手紙で『ロマナの入学費』と言っていたから、周回を始めた当初はロマナが学級の生徒ではなかったんじゃないかと。さっき先生に確認するまでは知らなかったけど」
「そう……でもレグウィフは、私と先生に提示された前提条件の違いが気がかりだと語っていた。その言い方はまるで……前々から気になっていたように聞こえない? ロマナが元は学級の生徒ではなかったことを今知ったのなら、前から違和感を覚えていたことはおかしいと思う」
「言葉の綾だよ。そう聞こえたのなら、君を誤解させてしまったみたいだね。すまない」
便利な言い訳だ。
言葉の綾とでも弁明すれば、たしかに多少の詭弁は通るだろう。
しかし、これは徹底的な捜査だ。
わずかな撞着も見逃せない。
「リア。それはさして重要な問題ではないことに思える。俺が齟齬を感じたのは、もっと根本的な箇所だ」
「『そもそも"約束の月輪"にロマナが来たのか』――という話ですね?」
先生は静かにうなずいた。
彼は何週もの人生にわたって生徒を見ている。
だからこそ生徒の性質は知悉しているのだ。
「手紙を送り、誰が来たのか。それは僕の言葉を信じてもらうほかない。だって僕しかその場面に遭遇していないのだから」
「いえ、ロマナだけは来ていないと言えるの。手紙には深夜の『炭火の刻』にて待つ、と書いてあったよね?」
「そうだけど……」
「ロマナの趣味は天体観測。週末の炭火の刻、彼女はいつも自室で望遠鏡を覗いているの」
「……でも、それが無実の証拠にはならないよ。ロマナが僕の手紙を受け取って、今日は天体観測を中止して"約束の月輪"に行ってみようと……そう考える可能性もあるだろう」
一理ある。
ロマナの習性を述べたところで、レグウィフの説明は否定できない。
仮にロマナが『犯人』であった場合、こんなに不審な手紙がくれば天体観測を諦めるだろう。
傍目にみれば判断しかねる。
だが、そこに決定的な判断材料が加わるのだ。
様子を見ていたアイゼンバッハが口を挟む。
「俺は週に一度、ロマナと交換日記をしているんだ。ロマナは主に天体観測の結果を日記で報告してくる。そして先週の観測結果も明確に記してあった。……前の人生でも同じく交換日記をしていたからな。やけに天体には詳しくなってしまったよ」
悲しそうに先生は語る。
彼にとっては生徒のあらゆる側面が既知か。
「ですが、僕がロマナを"約束の月輪"で見たことは事実です。交換日記の内容を偽装した、あるいはすぐに天体観測を終わらせて"約束の月輪"に来た可能性もあります。そもそもロマナが『犯人』ではないなら、先生とリアに提示された条件の違いはどう説明するのですか?」
ただひとつ解せない謎。
神が提示した条件の差異。
そもそも、これを明らかにする必要があるのか?
いや、難儀する必要はない。
そもそもここに当事者がいるではないか。
「ねえ神様。私と先生に違う条件を示したのはなぜ?」
窓辺で佇む蝶に尋ねた。
この害悪神が正直に答えてくれるだろうか?
『ん? 別に意味はないぞ。アイゼンバッハがいつまでも周回しているものだから、痺れを切らしてお主には範囲を狭めて『犯人』の像を教えてやっただけじゃ』
「――」
一同絶句。
いや、なんとなく予想はついていたのだが。
曖昧模糊たる神のこと、奴の発言を頼りにしてはならない。
「……要するに、前提条件の違いについて考えても意味はないってこと」
「そ、それなら……もう何もわからないじゃないか! 僕の発言を信じてもらうしかない!」
「ううん、前提条件の違いに関しては意味ないけど。前提条件そのものは証拠になり得る。たとえば……先生に提示された『実質的な刻限は一年が過ぎるまで』とかね」
「……俺はまだ意味がわかっていない。リアは見当がついているのか?」
「はい。これに関しては痕跡が数多くあるので、間違いないかと」
実質的な刻限。
それについては明らかにこれだ、というものがある。
私は鞄から一冊の本を取り出した。
「実質的な刻限、それは『ネトバス皇子殿下が洗脳されるまでの期間』です」
差し出した本を見たレグウィフは表題を読み上げる。
真剣な議論の場には似つかわしくない本の名前を。
「『人心掌握! 人の心を操る魔術~たった一年で相手を篭絡しよう!~』……なんだこれは」
「図書館にあった本だよ。題名は間抜けだけど、中身はちゃんとした魔術書」
先生は本の頁をぱらぱらとめくる。
さすが教師と言ったところか、中身が理路整然としたものであることについて即座に理解したようだ。
「……なるほど。『犯人』が戦争を起こすための手段……それがネトバス皇子を洗脳し、傀儡とすることだったと」
「そうです。『犯人』は相手の意識を改編する魔術を使うことができた。レオンが洗脳されていた……という先生の話も、『犯人』に利用されていたと考えれば辻褄が合うでしょう」
「俺はその可能性について真っ先に除外していた。魔術的な素養のないレオンはともかく、ネトバス皇子を洗脳することは不可能だろうと。ネトバス皇子は魔術の腕に優れており、自身に魔力が飛ばされようものならすぐに気がつくだろう。そもそも意識改編の魔術はこの書にも記されているように、継続的に莫大な魔力を送り続ける必要がある。一時ならともかく、恒常的な行使はできない。常人には不可能な業だ」
「ええ、ですがその業を実現しようとした者がいます。そして実際に『犯人』は洗脳を成し得たからこそ、戦争を起こすことができた。レオンの証言により、ネトバス皇子が魔力を飛ばされていることは把握済みです。アルミルブ商会が全力で洗脳対策を講じ、魔道具を作ってもなお……『犯人』の技量を上回ることはできなかった。それは今までの人生で戦争が起きてしまったことからも明らかです」
まったく驚くべき執念だ。
『犯人』も時間を遡っているというのだから、洗脳魔術の技量を何周にもわたって錬磨し続けたのだろうか。
「あのさ……僕は魔術のことはよくわからないんだけど。皇子が操られているって傍目にはわからないものかな?」
「それは術者の精度によるとしか。事前にわかっていたとおり、『犯人』は魔術の巧者だから。実際に先生もレオンの洗脳に最初は気がつかなかったらしいし」
「なるほど、リアの論理はわかった。俺も戦争を起こす手段が『ネトバス皇子への洗脳』という点については異論ない。だが、問題は『犯人』がどう実行に移したかだ。仮に『犯人』の魔術の腕が練達の域にあり、人知れずネトバス皇子の洗脳を進めていたとしよう。しかし、莫大な必要魔力はどこから引っ張った? 金に物を言わせて魔術師を大量に雇いでもしたのか?」
まあ、貴族ならその手段も可能ではあるだろう。
しかし『犯人』はできるだけ痕跡を残さない手段を好むはずだ。
単独で大規模な魔術を実行できる者――
「いいえ。『犯人』は元から莫大な魔力を有していたのです。学級の中に一名だけ、不可能を可能にするほどの才能の持ち主がいるでしょう」
「……イシリアか」
先生もたどり着いたようだ。
煌羽の中で冠前絶後たる魔の天賦を持つ者……イシリア・セフィマ。
彼女が『犯人』の最有力候補に挙がる。
「イシリアは『魔力中毒』という持病を持っている。魔力を過剰に吸い込んでしまう難病で、同時に莫大な魔力を蓄積できる。……そうだよね、レグウィフ」
我ながら意地が悪い。
イシリアを婚約者とするレグウィフに尋ねる質問ではないだろうに。
だが彼を追い詰めることで真実に近づく。
「……そうだ。だけど、だからといってイシリアが『犯人』にはならない。証拠がないだろう?」
「ねえ、レグウィフ。本当は"約束の月輪"に来たのはロマナじゃなくて、イシリアなんじゃないかな?」
「いや、ロマナだよ。来たのは……ロマナだ」
露骨に目を逸らしてレグウィフは否定した。
相変わらず嘘が下手……というか。
彼は人を欺く才能がないことを自覚しているのだろうか?
「ヴァレリアによると、レグウィフの手紙を受け取ったと答えたのはトリスタンとロマナ。対して、受け取っていないと答えたのはレオンとイシリア。レグウィフが『犯人』がロマナだということにしたいのなら、裏を返せばレオンとイシリアは『犯人』から遠ざけたい。そういうことじゃないかな。そもそもレオンは『犯人』候補から外れているから、手紙を送らなかったのかもしれないけど」
「ヴァレリアの証言か。学級の全員から裏を取ったわけじゃないんだろう? それは僕の発言を嘘としたいだけの決めつけに過ぎないんじゃないかな」
レグウィフの指摘は正しく、これを証拠というには弱い。
あくまで前段階の補足情報として提示したまで。
「仮にリアの言うとおりイシリアが『犯人』だとして……彼女に不審な様子はあったか? 俺は教師として全員を平等に見てきたつもりだが、不審なのはリアくらいなものだった」
「……私、そんなに変な動きしてました?」
「まあ、多少はな」
不本意だ。
自分ではうまく振る舞っていたつもりなのだが。
先生の慧眼は瞞着できなかったらしい。
「些細な変化だけど。レグウィフ、あなたはイシリアと接するに当たって……前世から明らかに変化している点を感じ取っているはず」
「さあ。特に前世と変わりはないけど……」
しらを切るしかない、そんなところか。
イシリアが『犯人』だと決め打ちしてから集めた証拠がある。
私は再び鞄からひとつの紙束を取り出した。
「……それは」
「茶会用の露台の利用履歴。トリスタンの発言に気づかされてね、複製を取らせてもらったんだ。元来イシリアは茶会になど欠片の興味もない令嬢だった。でも、彼女はレグウィフを定期的に茶会に誘ってるみたい。まるで婚約者になることを目指して距離感を縮めているかのように」
図書館の一件も同時に想起する。
入学したばりの日、私が図書館に赴いたとき……イシリアが恋愛指南書とやらを読んでいた。
あの光景は衝撃的すぎて忘れられない。
「たしかに……僕とイシリアは茶会をしたよ。けれど、それはすべて僕から誘った茶会だ。また彼女と婚約者になりたい、そんな願いをこめてね。前世で愛した人と再び結ばれたい……そう願って行動を起こすのは、特におかしいことではないだろう?」
「日付を見て。レグウィフが最初にイシリアと茶会をしたのは、武術大会の前のこと。トリスタンに嫌味を言われているところをイシリアに庇われて、そのあとに茶会に行ったんだよね。あの場面には私もいたからよく覚えてるよ」
「それがどうした?」
「騎士団への従軍活動も解禁されていないこの時期、レグウィフにはあまりお金がなかったんじゃない? そんな状況下で自分から茶会に誘うのは妙かなって。茶葉とか菓子とか、用意しなければならないものがたくさんあるでしょう?」
「……それくらい買うお金はあったよ。少し切り詰めれば」
無理がある。
貴族の茶会で用いられる茶葉や菓子を揃える費用は、平民の一ヶ月分の給料に相当する。
履歴によればレグウィフとイシリアは武術大会前にも、茶会を一月につき数回行っているようだ。
さすがに破産するだろう。
となると、諸費はイシリアから出ていたとしか考えられない。
興味関心すら寄せていない相手に無償で振る舞うほど、貴族の茶会とは薄っぺらいものではないのだ。
沈黙して話を聞いていた先生が口を挟む。
「イシリアが『犯人』だと仮定して。真実を知ったレグウィフはもちろん婚約者を守るため、『犯人』の候補を別の人物に誘導しようとするだろう。だが、どうしてだ? イシリアが戦争を起こそうとする動機がまるで理解できん」
私は先生の問いに迷わず答えた。
そうだ、こればかりは私が代弁してやらなくては。
「愛です」
「……なんだと?」
「愛なんですよ、先生」




