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23. 乖離

――『犯人がわかった』


その日の午後、私はレグウィフから告げられた。

鉛を塗りたくったように重い灰空。

彼の報告を聞いたとき、私の胸は締めつけられる。


だが何も言うことはできない。

私は黙ってレグウィフに続き、アイゼンバッハ先生のもとへ向かった。


「来たか」


旧校舎の誰も使わない教室で。

アイゼンバッハ先生は私たちのことを待っていた。

三人で向かい合うように朽ちかけた椅子に座る。

古木の軋む音が響いた。


『――さて』


「っ!?」


会話を始めようとした瞬間、異質な声色が届く。

たしかに聞き覚えのある声でありながらも、ここに響くはずのない音。

燈色と水色の羽を持つ奇怪な蝶。

ゆらゆらと羽を揺らして窓辺に佇んでいる。

窓から射す光に、埃を被った蝶の羽が透けていた。


『久しぶりじゃな、お主ら。そう珍妙な顔をするでない。最後も最後の推理、大詰めの局面じゃ。主催者である我も見にきてやっただけの話よ』


相変わらず不快感を煽る物言いだ。

その煩わしい羽をもいでやりたい。触覚でも可。

アイゼンバッハ先生が警戒を露にして尋ねた。


「そうか。神よ、お前は議論に口を挟むのか?」


『いいや、傍観者じゃ。なにか聞きたいことがあれば我に聞いてもよいが、返答があるとは限らんぞ?』


「……だそうだ。レグウィフ、リア。あの神のことは気にせず話を続けてくれ」


私とレグウィフはこくりとうなずいた。

私は何度か会っているが、レグウィフは神と初対面。

しかし彼は特に驚愕した様子はなかった。


私は気を取り直してレグウィフに向き直る。


「……こほん。さて、レグウィフ。きみは『犯人』がわかったと言っていたけれど……教えてもらえる?」


神妙な顔でうなずくレグウィフ。

その表情が彼の感情を正確に反映したものなのか――すなわち演技であるのかどうかは、話を進めていけばおのずと明らかになるだろう。


「先日、僕はリアを除く煌羽(ブリリアント)の生徒たちにこんな手紙を送った」


レグウィフは一枚の手紙を取り出す。

ああ、件の手紙か。


『拝啓 胡蝶の同志よ。

【解放、抗争、平和】

 本日、炭火の刻。 

 約束の月輪にて貴君を待つ』


「……手紙の内容はこうだ。未来の公国軍にいた人にしかわからない内容だね。『犯人』は戦争を起こそうとしているから、未来を知る者がいるとなれば排除しにくるはずだ。そう踏んで、僕は深夜の炭火の刻に月輪の銅像の前に立っていた」


私の予想では「誰も来なかった」という結果に終わったのだが。

……もしかして、誰か来たのか?

わざわざ『犯人』がその姿を見せにきたと?


「それで誰か来たの?」


「うん。来たのは……」


レグウィフは言いよどんでいた。

本当にこれ(・・)を言ってよいものか、そんな葛藤。

傍目にも見て取れた。


そんな彼の心情を汲み取ったのだろうか、先生が言葉をかける。


「レグウィフ。ためらう必要はない。お前は優しすぎるゆえに、『犯人』を庇いたくなるのだろう。しかし『犯人』を言ってくれなければ、戦争で多くの人が命を落とすことになる」


「……わかりました。でも、その前にひとつ明らかにしたいことがあります。バッハ先生はロマナを入学させる必要があった……これは事実ですよね?」


話がロマナに飛んだ。

彼女がレグウィフの言う『犯人』か、はたまた別の人物か。

レグウィフの問いを先生は認める。


「そうだ。俺はロマナを入学させなければならなかった。経緯は複雑だが……必要ならば話そうか」


先生は常変わらぬ調子で、ぽつりぽつりと話し始めた。

この佳境にもかかわらず落ち着き払っている。


「……俺は四週目だと話したな。おそらくお前たちの前世は、俺で言うところの三週目だ。一週目、二週目の煌羽(ブリリアント)の生徒数は七名。ロマナ・ムイネレフは俺が三週目にして招き入れた八人目の生徒だ」


息を呑む。

ロマナは……本来存在しないはずの生徒だった?

しかし私の記憶にはロマナが生徒だったという記憶しかない。

彼女のいない煌羽(ブリリアント)など想像もつかなかった。


「一週目に俺は中庭で暗殺されて命を落とした。そして二週目で暗殺を回避し、その後に起こる戦争に参加することになったのだが……戦の半ばで死んだ。そのときの死因となったのが、ロマナの実家のムイネレフ男爵家だ。その辺の政情はリアの方が詳しいだろう」


ムイネレフ男爵家は帝国に寝返った。

それは私の前世でも変わらなかった事実だ。


「はい。ロマナの実家……ムイネレフ男爵家は戦争が始まると同時、帝国に臣従の意を示すことになっています。帝国に隣接するネシウス伯爵家に弱みを握られており、帝国側に寝返ることを強要されるのです。今回の人生では寝返る前に、従弟のアルバン子爵にネシウス伯爵家を潰させるつもりですが」


「そうだ。二週目で俺が戦争に参加した際、敵側に立ったロマナが猛威を振るった。二人も知ってのとおり、彼女の魔術の才覚はすさまじい。俺も戦場でロマナの大規模な氷魔術に巻き込まれ、二週目の命を落とすことになった。そこで考えたのが……ロマナの引き抜きだ。彼女を味方につけることができれば心強いからな」


なるほど。

ロマナが寝返らないよう、自分の学級に引き入れたということか。

仮に戦争が始まってムイネレフ男爵家が寝返ったとしても、最悪ロマナだけ味方についていれば脅威ではなくなる。

……まあ、前世ではロマナも結果的に寝返ったのだが。

先生の努力は徒労に終わったらしい。


レグウィフはさらに深く先生に質問する。


「三週目以降、先生の手によってロマナが学級に加わったと。では一週目、二週目で彼女が何をしていたかわかりますか?」


「引き入れる前は、ロマナはウラクスで雑用係をしていた。どうにも実家で冷遇されているらしくてな……ウラクスへ出稼ぎに出されてしまったらしい。あの才能を風化させるとは、ムイネレフ男爵は見る目がないようだ」


「――なるほど。これですべての辻褄が合った」


レグウィフは確信を得たようだ。

いまいち私は理解できていないのだが……よくも煩雑な経緯を理解できるものだ。


「ずっと気になっていたんだ。先生とリアに提示された条件の違いに」


窓辺に揺蕩う蝶を見るレグウィフ。

それから彼はひとつずつ説明し始めた。


「先生に提示された条件は"『犯人』は学園の中にいる"というもの。対して、リアに提示された条件は"『犯人』は学級の中にいる"というもの。神様……これは間違いないですね?」


『うむ。そのとおりじゃ』


神は鷹揚に答えた。


「条件が違う理由は、周回数の違いにあったんだ。バッハ先生が周回を始めた当初、ロマナは煌羽(ブリリアント)の生徒ではなかったけれど、たしかに雑用係として学園に在籍していた。しかしリアが未来から戻ったとき、すでにロマナは『三週目の先生』の手によって煌羽(ブリリアント)の生徒になっていた」


「……! そういうことか。『犯人』としての条件が違う人物を探せば、おのずと『犯人』の特定に至るわけだ。そして、その人物はロマナ以外にあり得ないと」


……なるほど。

たしかに理には適っている。

『犯人』としての条件の違い……それが神の意図しないものであったならば、レグウィフの言は正しい。


しかし、あの性質をもつ神がそう簡単にボロを出すだろうか?

私の胸中には得体の知れぬ違和があった。


「……そして極めつけは。昨夜、"約束の月輪"にロマナが現れたことだ」


――そこか。

今この瞬間、明らかな瑕疵が生じた。

そしてレグウィフは私と相対する立場に立ったか。

……こうなることはわかっていたんだ。


「ロマナは"約束の月輪"に現れたものの、特に何も言わずに去っていった。自分が未来から来たことも、僕に何かを言うこともなく……ただ手紙の差出人の正体が僕であることだけを確認して去っていった。それに前世を知る二人ならわかると思うけど……ロマナは寝返る。きっとすでに帝国と通じていて、この段階から寝返る準備をしていたのだろう。これらの証拠から、僕は『犯人』がロマナであると断言しよう」


レグウィフの表白を受けた私たちは沈黙した。

これは最初から『犯人』を特定するための論議ではなかった。

レグウィフが『犯人』側であるかを確認するための場だったのだ。

そうなれば必然的に候補も絞られることになるのだから。


……アイゼンバッハ先生はいま、何を思っているのだろうか。

四週目にもなればレグウィフの言葉の矛盾にも気づきそうなものだが。

しかし。


「わかった。お前を信じよう」


先生は席を立つ。

剣をひとつ携えて、教室の出口へ向かった。


「――ロマナを殺す。俺に任せておけ」


「先生……お願いします。僕を信じてくれて……ありがとうございます」


違うな。

先生はもう矛盾に気づいているのだろう。

それでも彼は"信じる"と言ったのだ。

あるいはレグウィフの心に正義を問うているのか。

今この瞬間も、レグウィフが過ちを認めることを待っているのだろうか。


だが私は待てなかった。

あいにく我慢は苦手な性質で。


もう……いいだろう。

もう息苦しい時間はたくさんだ。

終わりにしよう。


「先生、待ってください。レグウィフの発言には矛盾があります」


「……そうか。そうだろうな。知っているよ」


先生は逡巡を見せたのち、再び席に着いた。

さあ、『犯人』を暴くとしよう。

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