表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

22. 推論

平静を装う。

二週目の入学以来から気をつけていたことだが、近ごろはとりわけ難しい。

『犯人』に悟られないよう慎重に。

色々と嗅ぎ回っているから、怪しまれているかもしれない。


疑心暗鬼になりながら今日も講義を終える。

先生はこんな状況なのに落ち着き払っていて感服する。

四週目ゆえの泰然自若か。


「リア、ちょっといいかい?」


講義後、残って日直の仕事をしているとヴァレリアが話しかけてきた。

肢体に緊張が走る。

しかし私は微笑を湛えて彼女に接した。


「こんな紙、あんたの部屋に届いたか?」


ヴァレリアは一枚の手紙を差し出した。

恐るおそる受け取ると、どこか手触りに感興を催した。

ざらざらとした質感。

これは……レグウィフと先生が交わしていた手紙と同じものか?


読んでみろ、とヴァレリアは視線で促す。

従って私は紙面に目を落とした。


『拝啓 胡蝶の同志よ。

【解放、抗争、平和】

 本日、炭火の刻。 

 約束の月輪にて貴君を待つ』


瞬間、体の芯が震えた。

これは……『標語』か?

解放、抗争、平和。

そうだ、未来で公国軍が掲げていた標語だ。


これの書手は未来を知る者に違いない。

"約束の月輪"とは……ウラクス騎士学園の屋上にある銅像だ。

帝国にウラクスが占領された際、取り戻そうと約束した三日月型の銅像。

これも未来を知る者、特に公国軍の兵でなければ解せない単語だ。


まさか……レグウィフの仕業か?

『犯人』を釣りだすための策として、全員にこの手紙を配った可能性がある。


「昨日の夕食のあと、あたしの部屋にこんな手紙が入ってたんだ。でも何のことかわからなくてね。トリスタンとロマナに聞いたら、同じ手紙が入っていたと。で、レオンとイシリアに聞いたらそんな手紙入ってなかったって……」


「……ううん、私もわからない。こんな手紙も知らないし……ごめんね」


「そうかい。ま、帝国貴族か誰かの悪戯だろうな。気にせず燃やしておくか」


「あ、ちょっと待って。この手紙、私がもらってもいいかな?」


「構わないよ。じゃ、あたしは訓練があるからこれで」


ヴァレリアは片手を挙げて去っていく。

まったく奇妙な手紙だ……おそらくレグウィフの仕業だろうが。

ずいぶんと回りくどいやり方をしたものだ。


仮に『犯人』にこの手紙が届いたとしても、不審に思われて来ない可能性もあるだろうに。

たとえ『犯人』であろうと、相手を実直に信じていることにレグウィフらしさを感じる。


これで彼は証拠を掴めただろうか。

……いや、掴めなかったのだろうな。

もしも『犯人』が判明したのなら、レグウィフは真っ先に私と先生に話を通すはずだ。

それがないということは、おそらく『犯人』に警戒されて収穫を得られえなかったのだろう。


深夜に"約束の月輪"で待ち続けるレグウィフの姿が浮かんだ。

きっと今日の彼は寝不足だろう。


 ***


わからない。

理解できない、どう考えても解せない。

『犯人』が戦争を起こすまでの手法は理解できた。


だが、考えれば考えるほど動機が遠のいていく。

動機さえわかれば『犯人』を特定できそうなものだが……。

『犯人』候補を何名かには絞り込めているのだ。


『リア。さっきからずーっとうなってない? 君が頭を悩ませること数時間、朝と夜がひっくり返っちゃったよ。あと僕の杖を肩たたきに使うのはやめて』


木製の杖で肩を叩いていると、精霊の声が響いた。

部屋に籠って推理を続け、気がつけば夜が明けている。

薄明。


『寝不足はよくないよ? 何か悩みごと?』


「あー……ねぇ、精霊のきみに聞いても仕方ないかもしれないけど。戦争を起こしたいときの心理ってなに? 世界のすべてが憎くなるとか、戦争によって生じる利益が欲しかったとか、色々あると思うけど」


『んぇ……そうだねー。リアはさ、どうして争いが生まれるのか知ってる?』


急に哲学的な問いを。

やはり精霊に人の感情を問うた私が馬鹿だったか。

もういい、と私は杖を床に突き立てる。


『精霊は長いこと生きてるからわかるんだけどさ、弱者には争いを望む人も多いんだよ。争いによる社会の初期化をね。貴族の君にはわからないだろうけれど、平民は常に死と隣り合わせだ。その日の食物を手に入れることも難しい。僕の前の契約者も平民だったから、苦しい暮らしは君よりも知っているさ』


「それは……理解してる、つもりだけど」


私の想定している『犯人』は貴族なのだ。

平時は貴族が幅を利かせ、豪奢を極めた生活を送っている。

王族でもない限り、貴族が戦争を望む理由はない。

煌羽(ブリリアント)の平民階級はレグウィフだけだし……一応レオンも平民に属してはいるが、実質貴族のようなもの。


『争いを望む人はね、多くは共感性が高い人なんだ。精霊は人の感情を読めるから、その性質をよく理解している。誰かの痛みがわかるから、痛みを感じないように心を塞いでいく。大切な人の痛みがわかるから、救うための争いを起こす。歴代の偉人だってそんな感じの人間ばかりだよ』


……ほう。

なかなかに首肯しかねる一家言だ。

私とは根本的に価値観が違うな。

そもそも人の痛みがわかるなら、戦など起こすなと言いたいが。

しかし、人の心に棲む精霊が言うのならば理はあるだろう。


大切な人の痛みがわかるから。

――ああ、そうか。

なるほど理解した。


ならば学級の全員が『犯人』になり得る。

それでいて、"その推論"が真実であるならば――候補はひとりに絞られるか。


「…………最悪だ」


だとすれば私は戦争を止められない。

『犯人』を、殺せない。

もしも私が神の傀儡となって『犯人』を殺せば、私は何よりも『犯人』から遠ざかる人間になれるだろう。

すなわち他人の痛みがわからぬ、共感性のない人間に。


『何が最悪なのー?』


「……ううん、なんでもないよ。寝ようか。今日の講義はさぼっていいや」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ