22. 推論
平静を装う。
二週目の入学以来から気をつけていたことだが、近ごろはとりわけ難しい。
『犯人』に悟られないよう慎重に。
色々と嗅ぎ回っているから、怪しまれているかもしれない。
疑心暗鬼になりながら今日も講義を終える。
先生はこんな状況なのに落ち着き払っていて感服する。
四週目ゆえの泰然自若か。
「リア、ちょっといいかい?」
講義後、残って日直の仕事をしているとヴァレリアが話しかけてきた。
肢体に緊張が走る。
しかし私は微笑を湛えて彼女に接した。
「こんな紙、あんたの部屋に届いたか?」
ヴァレリアは一枚の手紙を差し出した。
恐るおそる受け取ると、どこか手触りに感興を催した。
ざらざらとした質感。
これは……レグウィフと先生が交わしていた手紙と同じものか?
読んでみろ、とヴァレリアは視線で促す。
従って私は紙面に目を落とした。
『拝啓 胡蝶の同志よ。
【解放、抗争、平和】
本日、炭火の刻。
約束の月輪にて貴君を待つ』
瞬間、体の芯が震えた。
これは……『標語』か?
解放、抗争、平和。
そうだ、未来で公国軍が掲げていた標語だ。
これの書手は未来を知る者に違いない。
"約束の月輪"とは……ウラクス騎士学園の屋上にある銅像だ。
帝国にウラクスが占領された際、取り戻そうと約束した三日月型の銅像。
これも未来を知る者、特に公国軍の兵でなければ解せない単語だ。
まさか……レグウィフの仕業か?
『犯人』を釣りだすための策として、全員にこの手紙を配った可能性がある。
「昨日の夕食のあと、あたしの部屋にこんな手紙が入ってたんだ。でも何のことかわからなくてね。トリスタンとロマナに聞いたら、同じ手紙が入っていたと。で、レオンとイシリアに聞いたらそんな手紙入ってなかったって……」
「……ううん、私もわからない。こんな手紙も知らないし……ごめんね」
「そうかい。ま、帝国貴族か誰かの悪戯だろうな。気にせず燃やしておくか」
「あ、ちょっと待って。この手紙、私がもらってもいいかな?」
「構わないよ。じゃ、あたしは訓練があるからこれで」
ヴァレリアは片手を挙げて去っていく。
まったく奇妙な手紙だ……おそらくレグウィフの仕業だろうが。
ずいぶんと回りくどいやり方をしたものだ。
仮に『犯人』にこの手紙が届いたとしても、不審に思われて来ない可能性もあるだろうに。
たとえ『犯人』であろうと、相手を実直に信じていることにレグウィフらしさを感じる。
これで彼は証拠を掴めただろうか。
……いや、掴めなかったのだろうな。
もしも『犯人』が判明したのなら、レグウィフは真っ先に私と先生に話を通すはずだ。
それがないということは、おそらく『犯人』に警戒されて収穫を得られえなかったのだろう。
深夜に"約束の月輪"で待ち続けるレグウィフの姿が浮かんだ。
きっと今日の彼は寝不足だろう。
***
わからない。
理解できない、どう考えても解せない。
『犯人』が戦争を起こすまでの手法は理解できた。
だが、考えれば考えるほど動機が遠のいていく。
動機さえわかれば『犯人』を特定できそうなものだが……。
『犯人』候補を何名かには絞り込めているのだ。
『リア。さっきからずーっとうなってない? 君が頭を悩ませること数時間、朝と夜がひっくり返っちゃったよ。あと僕の杖を肩たたきに使うのはやめて』
木製の杖で肩を叩いていると、精霊の声が響いた。
部屋に籠って推理を続け、気がつけば夜が明けている。
薄明。
『寝不足はよくないよ? 何か悩みごと?』
「あー……ねぇ、精霊のきみに聞いても仕方ないかもしれないけど。戦争を起こしたいときの心理ってなに? 世界のすべてが憎くなるとか、戦争によって生じる利益が欲しかったとか、色々あると思うけど」
『んぇ……そうだねー。リアはさ、どうして争いが生まれるのか知ってる?』
急に哲学的な問いを。
やはり精霊に人の感情を問うた私が馬鹿だったか。
もういい、と私は杖を床に突き立てる。
『精霊は長いこと生きてるからわかるんだけどさ、弱者には争いを望む人も多いんだよ。争いによる社会の初期化をね。貴族の君にはわからないだろうけれど、平民は常に死と隣り合わせだ。その日の食物を手に入れることも難しい。僕の前の契約者も平民だったから、苦しい暮らしは君よりも知っているさ』
「それは……理解してる、つもりだけど」
私の想定している『犯人』は貴族なのだ。
平時は貴族が幅を利かせ、豪奢を極めた生活を送っている。
王族でもない限り、貴族が戦争を望む理由はない。
煌羽の平民階級はレグウィフだけだし……一応レオンも平民に属してはいるが、実質貴族のようなもの。
『争いを望む人はね、多くは共感性が高い人なんだ。精霊は人の感情を読めるから、その性質をよく理解している。誰かの痛みがわかるから、痛みを感じないように心を塞いでいく。大切な人の痛みがわかるから、救うための争いを起こす。歴代の偉人だってそんな感じの人間ばかりだよ』
……ほう。
なかなかに首肯しかねる一家言だ。
私とは根本的に価値観が違うな。
そもそも人の痛みがわかるなら、戦など起こすなと言いたいが。
しかし、人の心に棲む精霊が言うのならば理はあるだろう。
大切な人の痛みがわかるから。
――ああ、そうか。
なるほど理解した。
ならば学級の全員が『犯人』になり得る。
それでいて、"その推論"が真実であるならば――候補はひとりに絞られるか。
「…………最悪だ」
だとすれば私は戦争を止められない。
『犯人』を、殺せない。
もしも私が神の傀儡となって『犯人』を殺せば、私は何よりも『犯人』から遠ざかる人間になれるだろう。
すなわち他人の痛みがわからぬ、共感性のない人間に。
『何が最悪なのー?』
「……ううん、なんでもないよ。寝ようか。今日の講義はさぼっていいや」




