21. 動機
アイゼンバッハ先生は現在"四週目"だという。
まさか何度も人生をやり直しているとは思わなかった。
ということは私が死んでも三週目が始まる……?
「かくして俺は学園の二年半を、三回も繰り返して……今は四週目になる。俺が推測するに、『犯人』は相当に熟達した魔術師だ。レオンに対する精巧な洗脳、魔力によって空中で暗器を繰る技量……その実力は教師をも凌ぐかもしれない」
「なるほど。となると、必然的に候補は絞られてきますね。学級の中で魔術を得手とする者はトリスタン、イシリア、ロマナ……くらいでしょうか」
私も魔術を使えるが……よもや自分でも気づかぬうちに『犯人』になっているということはないはず。
それに、人を洗脳する術など知らない。
毒にはそれなりの覚えはあるが。
「ああ、煌羽の中で言えばその三人だな。だが、俺は学級の生徒たちは疑わしくないと思う。彼らはそんなことをする人間ではないだろう……おそらくな。さきほどリアを襲っておきながら言えたことではないが」
……?
それはそうだ。
私とて友人を疑うような真似はしたくない。
「しかし『犯人』は煌羽の中にいますよね?」
「何……? すでに『犯人』の情報を掴んでいるのか?」
「え? まだ特定はできていませんが……」
「ああ、ちょっと待って。先生とリアには認識の違いがあるようだね。僕もどちらかと言えば帝国の生徒が怪しいと踏んでいるんだけど……どうしてリアは公国の生徒が怪しいと思ったんだ?」
まだ認識の齟齬がある。
私も今の詳説で先生の情報を理解できたわけではない。
落ち着いて、ひとつずつ話していこう。
「まず、神に提示された条件で……"『犯人』は学級の中にいる"とありましたよね?」
「いや、俺はなかった。『犯人』が学園の中にいる……という条件のみが提示されていたな。そこで学園全体の生徒や教師を、包括的に疑っていたのだが……そうか。公国の生徒、しかも俺の学級に『犯人』が……」
普段は感情を表出させないアイゼンバッハ先生。
しかし、今の彼の声色は露骨に悲哀に染まっていった。
私も神に事実を告げられたときは衝撃を受けたものだ。
複数の輪廻にまたがって生徒と交流している先生からすれば、その衝撃は測り知れないものだろう。
「……先生」
「いや、大丈夫だ。覚悟はしていた。俺の暗殺に使われた短剣も……公国の貴族が持つものだったからな」
先生は気丈に振る舞う。
ここまで混沌した状況に置かれてなお、前を向いている。
私もまた彼を慮る必要はないだろう。
「『犯人』の候補はある程度絞れた。でも、まだ証拠が足りないよね。そこでレグウィフ……思いついた策があるんだけど、どうかな?」
「さすが前世で軍の参謀を務めていただけあるね。僕に協力できることがあるなら、なんなりと」
今まで生徒のみなを観察してきた。
トリスタン、イシリア、ロマナが『犯人』候補だとして……従来どおりの性格であり、同時に不審な点もいくつか見受けられた。
王手をかけるために、まだ勝負手は打たねばならない。
「私や先生には"『犯人』に時間が遡っていると知られてはならない"という制約がある。けれど、レグウィフに制約はない……はずだよね?」
「たぶん。僕は蝶の形をした神様……には会っていないし。単純に制約を聞かされていないだけで、実際はあるのかもしれないけれど」
「それを承知のうえで。レグウィフ、あなたには"餌"になってもらおうと思うの」
「餌……なるほどね」
レグウィフは得心がいったようにうなずいた。
どうやら異論はないらしい。
しかし疑問を感じているのか、先生が口を挟む。
「待て。俺には理解が及ばないのだが」
「僕は"時間を遡っていると知られてもいい"――だから、あえて『犯人』を釣り出すのです。僕が未来を知っていて、戦争を止めようとしているのなら。『犯人』は僕を始末しにかかるでしょう。そういうことだよね、リア?」
私は首肯を返す。
ああ、前世でもこんなことがあったかな……生存能力が高いレグウィフを囮にして、帝国軍を釣り出した戦が。
あれも私からの献策だった。
三歩持てば端に手あり。
孤独から抜け出した私にとって、これが最善の策だ。
しかし先生は難色を示した。
「……レグウィフが命を落とす可能性が二重にある。『犯人』に未来から来たことを知られ、消滅する可能性。仮にその制約が発動しなかったとしても、『犯人』に直接殺される可能性がある。いたずらに命を投げ出す手は……俺は同意しかねる」
先生の意見ももっとも。
私だって非情な策だと理解はしている。
しかし私の浅い思慮では、これ以上の手は思いつかないのだ。
「実はさ……二人の話を聞いていると、いくつか思い当たることがある。不誠実に思われるかもしれないけど、僕はまだ語るべきではない気がする。そして、僕が始末をつけるべき問題な気がするんだ」
それは……どういうことだろう。
レグウィフもまた戦争を止めるために奔走していた。
だから私にも視えていない局面があるはずだが。
「だから先生、僕に"餌"をやらせてほしい。実力には自信があるし、それに……『犯人』は僕を殺せないだろうしね」
「……了解した。お前の実力は知っている。どうか頼んだぞ」
細かい指示はしない。
レグウィフは何か得心がいったようだし、彼の裁量に任せよう。
思考が混濁している。
一度、冷静になって考え直してみよう……。
***
レグウィフばかりに任せてもいられない。
私は私で動くべきだ。
先生の話を聞いてから、どことなく焦燥を感じていた。
実質的な期限は一年間……この言葉が何を指し示すのか。
戦争が起こるのは入学から二年半後のことだ。
一年半の「ずれ」に何がある?
それは恐らく「戦争が起きる要因」を詳らかにすれば明らかになる。
『犯人』の動機ではなく、要因そのものだ。
要因に関しては検討がついている。
私は推測を確定すべく、大商人の息子のもとに向かった。
「こ、これはこれは、アリフォメン侯爵令嬢! 公国いちの品揃え、アルミルブ商会にお買い求めですか?」
学園のそばで開かれている市場にやってきた。
相変わらず貴族に諂うレオン。
貴族ばかりの学園は居心地が悪いのか、普段はよく市場にいるようだ。
彼の振る舞いを見る限り、やはり彼は『犯人』でもないし、時間を遡ってきたわけではないと思う。
初期のレオンは貴族を露骨におもねて畏怖していた。
しかし慣れ親しむにつれ、普通に接してくれるようになるのだが……今の彼は明らかに貴族に対する恐れがある。
「こんにちは、レオン。いきなりで悪いんだけど『洗脳を防ぐ魔道具』とか売ってる?」
「……!?」
***
確証を得た私は次なる場所へ向かった。
レオンに話を聞いたことで、戦争が起こった「要因」ははっきりした。
いまだに『犯人』の動機は不明だが。
次いで「実質的な刻限」の確認を行う。
これは「要因」ほど推理の自信はないのだが……行動するしかない。
今回の推理には危険が伴う。
確証を得るためには『犯人』の筆頭候補と接触する必要があるからだ。
やってきたのは図書館。
今日も勉強熱心な生徒が勉学に励んでいる。
しかし勉強熱心とは程遠い生徒の影があった。
図書館の奥も奥、埃臭い古書ばかりが詰まった棚のそばに彼女はいた。
「ロマナ」
「ぴぃっ!? な、な、なんですか? あっ、リアさんこれはどうも……へへへ」
「何を読んでるの?」
「あ、いや……なんでもないれす。適当に本を漁っていただけですよ。あははははは」
嘘が下手すぎる。
彼女を『犯人』と呼ぶにはあまりにも稚拙だ。
しかし欺瞞の巧拙は、今回ばかりは関係ない。
私が問うのは、私自身の魔術の知啓。
今ばかりは前世から続く自分の知識を信じるばかりだ。
「ここら辺の本はおもしろい魔術書が多いね」
「そ、そそ、そうですね! いやぁ……さすがは名門ウラクスの大図書館! ここら辺の書棚は毒とか爆発とか呪いとか、物騒な魔術書が多いですけど……一般に公開しても大丈夫なんですかね、これ」
「そういった禁書紛いの書物を閲覧するのも、騎士学園に通う生徒の特権じゃない? 莫大な入学費には図書館の利用料も含まれているだろうし」
「莫大な入学費……そうですよね。本来、私のような貧乏男爵家には通えるような場所じゃありませんし……」
ロマナの入学費か。
おそらくアイゼンバッハ先生が払ったのだろう。
手紙にロマナの入学費云々が書いてあった。
何かしら先生がロマナを入学させたい理由があったのだと思われる。
「そういえばロマナって最近、先生と交換日記をしてるんだっけ?」
「あ、はい……趣味の話題ばかりですけど。週に一回、天体観測の結果を報告してます。先生、やけに天体に詳しいんですよね」
「へぇ。さすが先生だね!」
世間話をしつつ……自然な所作を心がけながら、書棚ににじり寄る。
ロマナは私の行く手を塞ぐように平行移動した。
後ろめたいことがあるにはあるのだろうが、それが戦争に関わるものだとは限らない。
彼女は挙動不審なきらいがあって意図が読めないのだ。
「ああ、もういいや。ロマナ……さっきまで読んでいた本を見せてもらえる?」
「え、いやそれはちょっと」
「お目当ての魔術は習得できた? 一年間も魔力を注ぎ続けるなんて……ロマナだけだと倒れそうで心配だよ。私もよかったら手を貸そうか?」
「……!?」
***
合点がいった。
「実質的な刻限」の正体は半ば確信に近い見え方となった。
私の推測は合っていると信じたいが。
さりとてロマナが『犯人』である疑いが晴れたわけではない。
やはり『犯人』の動機は不明のまま。
点と点が線でつながり、事実が明らかになっていくに伴って……『犯人』がどうして戦争を起こしたいのか理解できなくなっていく。
煩悶とした気持ちで私は教室に足を運んだ。
特に目的はなく、思考を澄ますために。
放課後の教室には二人の姿がある。
あれは……トリスタンとイシリアだ。
二人は向かい合って波斯象棋に耽っていた。
水晶で出来た駒が、とんとんと盤面を忙しなく動き回る。
私は自習しにきた素振りで、机に座って耳を傾けた。
「……難しいものだな、色恋というのは」
「そうですね……まあ、わたしは恋愛とか興味ないので。婚約者すらいないわたしに恋愛の話をされても困りますけどね」
なんだ、恋愛話か。
そういえばトリスタンは半年前に失恋していたな。
失恋というか……平民に上手いこと利用され、捨てられただけなのだが。
盤を挟んで二人は浮いた話を続ける。
イシリアは恋愛に興味はなさそうだが、友人のトリスタンの愚痴に付き合っているのだろう。
「べつに……後悔はしていないがね。元婚約者も、私のことは愛していなかったしな」
「そうですかね……いや、どう見ても献身的に愛していたと思いますけど。傍から見たらあなた、本当にクズ男ですよ。一方的に婚約破棄して寄り添ってくれていた令嬢を捨てるって」
「……あ、愛は伝わらなければ意味がないのだ。いまさら言われてももう遅い。私は真に愛してくれる婚約者を探すぞ」
話だけ聞いていると、トリスタンは清々しいクズだ。
未来では反省して人格者に様変わりしているのだが、この時点だと本当に救いようがない。
「しかしイシリアはどうなのだ。婚約者の一人も作らず、家を継がないつもりか。兄弟もいないのだから、セフィマ伯爵家は君が継ぐしかあるまい。然るべき相手をそろそろ見つける頃合いだろう?」
「いえ、お構いなく。わたしはトリスタンと違って、誠実ですてきな人と恋愛をしたいので。焦って相手を見つけるつもりはありません」
「ほう。君の父上が悠長な恋愛を許せばいいがね。せいぜい夢を見ていることだ」
「ははぁ。そんな文句を垂れているうちに"途方に暮れて"いますよ。わたしの勝ちです」
「ぬ……! また負けただと……!?」
勝負あったか。
トリスタンは読みに強いはずだが、それでもイシリアの頭脳明晰には敵わないらしい。
「それでは、そろそろ私用にて失礼します」
「待て! 勝ち逃げとは卑怯な……」
「愚痴を聞く相手が欲しいなら、そこにいるリアに頼んではどうですか? 自習に励みながら聞き耳を立てているようですし」
「……!?」
バレていた。
私もあまり演技が得意な部類ではないのかもしれない。
……さすがにロマナほどではないと思うが。




