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20. 時を刻む者(アイゼンバッハ視点)

◇◇アイゼンバッハ視点(回想)◇◇



俺はただの冒険者だった。

高貴な血筋も、莫大な資産も持っていない。

有するは蛮勇と無謀のみ、あのころは教師になるなど微塵も思っていなかったのだが。


昔の仲間が学園に雇われ、彼女の紹介で俺も教師となった。

俺の名はアイゼンバッハ。

苗字はなかった。


ゆえに貴族学園に入るにあたり、学園長から姓を授かったのだ。

イクジィマナフ――『時を刻む者』という意味を。


 ***


教師を始めて二年半。

この仕事も板についてきたか。

始める当初は務まるか不安だったが、やってみれば意外と何とかなるものだ。


煌羽(ブリリアント)の生徒も俺と同じく入学し、共に学び育ってきた。

残るところ半年で卒業。

愛すべき七名の生徒たちとの別れを惜しみつつ、俺は日々を過ごしていた。


「先生」


「アルトンか。何か用か?」


「いきなり変なことを言って申し訳ない。最近、学園全体の雰囲気が妙じゃないか?」


講義の後、アルトンは急に尋ねてきた。

取り立てて変な問いだとは思わない。

俺も雰囲気の違和を感じていたからだ。


「ああ。この緊迫した雰囲気は、『敵意』だな。何名かの生徒が敵愾心を抱いている。それが誰から発せられるのか、誰に対して向けられているのかはわからないが」


冒険者の勘というやつだ。

俺は長い歳月をかけてこの勘を培ったが、アルトンのそれは自前の感覚だ。

彼は周囲の空気を読むことに長けている。


次期支配者の器というやつだろうか。

それとも……彼が"同類"だからなのか。


「やはりか。その……これは先生に対してのみ打ち明けるんだがな。近ごろ誰かに尾行されている気がしてならないんだ。この異様な雰囲気も、それと関係があるのかと思って」


「ふむ……護衛をつけた方がいいな。お前が感じている気配に関しては俺が探りを入れておく」


煌羽(ブリリアント)は健常だ。

しかし帝国貴族から成る翔翼(ウィング)と、他国の賓客から成る嵐眼(ストラグル)は徐々に歪んできている。

各々の生徒が殺気立ち、何かを警戒しているかのように。

彼らの目は危険な領域に入る冒険者のソレと酷似していた。


貴族の情勢はよくわからない。

しかし、複雑な権力争いがあることは承知している。

俺の生徒が争いに巻き込まれるのならば、障害は取り除かねば。

彼らを無事に卒業させてあげるために。




「か……はっ……!」


――しくじった。

深夜、無人の中庭で膝をつく。

なるほど、これは余程の事態とみた。

いま俺の背には暗器が突き刺さっている。


アルトンを尾行する存在。

真相を探るために動き始めた矢先のことだ。

『帝国が戦争を起こそうとしている』……その事実を知った瞬間に、俺は命を狙われた。


「…………」


周囲を見渡す。

人の影、気配はない。


暗器に塗布されているのは魔術による毒か。

引き抜き、強引に傷口を縛る。

柄に刻印されているのは帝国ではなく公国の印章。

直接の刺突、あるいは投擲によるものではない。

おそらく魔力による操作で、遠方から飛来した。


「ならば――」


瞬間、続けざまに飛来した暗器。

読めている、回避。


相手はこちらを観測し、暗器を飛ばし続けている。

ならば俺からも観測できる地点にいるはずだ。

飛来してきた方角を考えれば容易なこと。


棟の一角、暗闇の中。

窓に映る人影が見えた。


「……そうか、お前か」


レオン。

お前が俺を殺そうとしているのか。


いいや、違うな。

お前はきっと……


 ***


神が悪辣だと知った日。

俺が死んだ日、そして二度目の生を受けた日だ。

されど両日は同じ時を巡っていない。


暗殺によって命を落とした瞬間、俺は入学式の日に戻された。

俺を『転生させてやる』とのたまった神。

奴はいくつかの条件を俺に突きつけた。


一、戦争を起こそうとしている『犯人』が学園にいる。俺はその『犯人』に障害と見なされて殺された。

二、『犯人』に時間を遡っていると知られてはいけない。

三、実質的な刻限は一年が過ぎるまで。


実質的な刻限……というものが何を指し示しているのか。

神に尋ねたが奴は答えずに嗤った。


煌羽(ブリリアント)の担任になった、アイゼンバッハ・イクジィマナフだ。生徒諸君、入学おめでとう。これからの三年間を実りある日々とすべく、俺も尽力しよう。教師としての歴は浅いが、容赦してもらえると助かる」


二度目の挨拶は血反吐の味がした。

七名の(・・・)生徒たちと紡いだ絆を失ってしまった喪失感。

彼らを守りきれるかという憂い。

夢かはたまた現実か、あまねく境界が曖昧で。


真っ先に俺はレオンに注視した。

そうだ、前世の俺の死因。

しかし死に際、思ったことがあるのだ。

彼は俺を本当に殺そうとしていたのか――と。


まず、レオンは魔術が使えなかった。

暗器に塗布されていた毒は非常に精緻な殺人毒。

アレを付与するには相当な魔術の力量が必要だ。

そして、暗器を魔力で繰って飛ばす技量もないだろう。


かの悪徳なる神は言った。


『見世物じゃ。お主が思っているよりも、この戦争は複雑で馬鹿げた理由で引き起こされておる。みごと陰謀を暴き、『犯人』を仕留めて見せよ。退屈させてくれるなよ?』


要するに短絡な思考では届かぬ真実だということだ。

馬鹿げた……というのが気がかりだが。

性急にレオンを疑うのは下策だろう。



さて、そうして始めた推理だが。

まったく見当がつかない。

そもそも『犯人』の動機と正体を一年間で詳らかにすることなど、不可能に近いのではないか?


訝しんだのは帝国貴族の生徒だ。

俺が殺される直前、帝国貴族の生徒はとりわけ殺気立っていた。

まずは相手を知らねば。

そう思い立ち、俺は翔翼(ウィング)の担任に申し出をした。


「新任教師のアイゼンバッハ・イクジィマナフだ。剣術の実践授業に限っては俺が指導する。よろしく頼む」


「あの人、煌羽(ブリリアント)の教師じゃない?」

「公国特有の虫の臭いがするぜ……」

「平民上がりだろ? 帝国貴族の俺たちに教えるなんて上等だな」


剣術の実践授業、そこだけを俺の担当とさせてもらった。

これで帝国生徒も探れるだろうと。

しかし、口々に陰険な言葉が飛んだ。

誹りを受けているのは慣れている。


俺の目的は『犯人』の特定。

他学級の生徒と親交を深めるつもりはない。

あくまで淡々と、疑わしき人物を見繕えばいい。

とりわけ魔術に造詣が深く、毒や暗殺の知識に精通した生徒を。

そう思い、俺は適当に生徒同士で剣術の稽古をさせていた。


「ねぇ、せんせー。ぼくは剣術とかできないんだけど、どうしたらいいかな?」


不意に話しかけてくる生徒がいた。

他の生徒と剣を交えず、退屈そうにしていた少女。


「お前は」


「あの、この授業やる気ないのでサボってもいいですかー?」


「構わない。今後の授業の参考に、お前の得意な分野を教えてくれ」


「えぇーっ!? サボってもいいんだ、うちの担任と違って優しいですね!」


「得意な分野を。剣術か、魔術か?」


「あぁはい。得意なのは魔術ですね! 特に氷の魔術が好きで、あとは毒とか意識改編とか?」


……これまたずいぶんと物騒な魔術だ。

しかし、一人目ですでに毒を引き当てるとは。


加えて……意識改編か。

前世の今際に見たレオンは洗脳されていた可能性もあるな。

そう考えれば辻褄が合う。


「あ、せんせー。いま物騒だなって思いましたね? でも帝国の貴族なんて、魔術が得意なら大体そういう下法を使えますよ?」


「そうなのか」


「帝国貴族に限った話じゃないと思いますけどねー。公国貴族だって、自分から言わないだけでみんな下法の魔術を覚えていると思いますよ? あ、ぼくはここら辺で失礼しますねー」


女生徒は悪戯に笑い、ひらひらと手を振って去って行った。

まったく、調子のいい生徒だ。

煌羽(ブリリアント)にはいない性格だな。


「……」


俺は生徒のみなのことを知悉しているつもりだった。

だが、深層はどうだ?

そうだ、良くも悪くも俺が接していたのは光の側面。


生徒と教師の関係に留まっている。

何よりも『貴族』という生物を俺は知らない。

刃で争う平民とは異なり、言葉で争う社交界という戦場を生き残る者たち。

表層を穿ち、黒い深層を見なければならない。


俺は二度目の人生にして初めて、生徒の本質と向き合うことにした。


 ***


『実質的な刻限』が過ぎてしまった。

神の語っていた一年目が終わり、二年目に突入。

しかし戦争など起きる気配はない。

神は何を俺に伝えたかったのだろうか。

だが過ぎ去った時を気にしても仕方あるまい。


前世で俺は『貴族とは関わるべきではない』という方針で生きてきた。

だが、今回は煌羽(ブリリアント)の生徒と積極的に交流を図り、検討を重ねてみることにしたのだ。

自分の生徒を疑いたくはないが、『犯人』は学園のどこかにいるのだから。



生徒と交流を深めるうち、彼らの知らぬ側面を覗いてきた。


内に憎悪を秘めたる者。

アルトン、レグウィフ。


己の使命に苦心する者。

イシリア、ヴァレリア、レオン。


出自に縛られ生きる者。

リア、トリスタン。


「俺は……彼らのことを何も知らなかった」


知らなければ教え導くことなど不可能だ。

そして救ってやることも、疑うこともできはしない。

煌羽(ブリリアント)の生徒にも、おそらく帝国の学級の生徒たちにも。

戦争を起こそうとする動機は誰にでもありそうだ。



二年目。

残り半年で、俺が前世に死んだ日になる。

奔走して得た手がかりを振り返ろう。


第一に。

いま現在、レオンが洗脳されている。

表立っては正常な振る舞いをしているように見えるが、よくよく観察すれば異常だと判別できた。

常に発される微弱な魔力、胡乱げな目つき。

しかし洗脳を解除はしない。

レオンには申し訳ないが、あえて泳がせて彼を洗脳した『犯人』を見つけよう。


第二に。

前世と人間関係が変化していた。

トリスタンの交友関係が広がっている。

イシリアとレグウィフが婚約を結ぶのが数か月早まっている。


……変化はそんなところか。

積極的に生徒と関わろうとしたことが変化の要因となったか?

以上に挙げたレグウィフを除く二名は、前世に比して成績も優秀に感じられる。

なおさら注視していく必要があるだろう。



「先生、いきなり変なことを言って申し訳ない。最近、学園全体の雰囲気が妙じゃないか?」


「そうか? 俺は何も感じないが」


そしてアルトンからの相談だ。

今回は探りを入れず、関わらないように動いておく。

そうすれば『犯人』から警戒されず、俺の暗殺を回避できるのではないかと睨んだのだ。



結果として俺は殺されなかった。

平穏無事、命は取り留めたが……前世で死んだ日からしばし経ち、戦争は起きてしまった。

父皇帝を謀殺したネトバス第一皇子は、突如として公国に宣戦布告。

真っ先にウラクスが攻撃の対象となった。


帝国貴族はみな計画を知っていたようで、その時点で学園から姿を消していた。

しかしアルトンやトリスタンも異変を察知していたようで、攻勢に対する反撃は成った。

両国の規模は明白。

もちろん厳しい戦いになり、結果としては敗戦を喫することになるだろう。


レオンの洗脳は戦争が始まると同時に解除。

煌羽(ブリリアント)に潜む駒として使われていただけらしい。



戦いの半ば、俺は生徒を庇い命を落とす。

結局のところ、自分の命は捨てる運命にあったらしい。

後悔はない……といえば嘘になるか。


そもそも『犯人』を特定すれば命も落とさなかったのだから。

悔恨から意識を取り戻した時、俺は再び悪辣なる神の前に存在していた。


『二度目じゃ。もう一度、機会をやろう』


受け入れるか迷った。

このまま死んでしまえば楽になれるが。

やはり……生徒が悲しむ顔は見たくないものだな。

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