2. 回想――アルトンという人物
教室に向かうと懐かしい光景が見えた。
"トレッシャ大公国"の出身生徒から成る学級。
学級名を『煌羽』という。
思わず入り口で立ち尽くした。
教室の中でみなが座っている光景を見て、涙が零れそうになる。
三年間の学園生活で絆を育み、戦時では結束してさらに強固な仲間となり。
そんな彼らが、今は互いを気にして他人行儀に座っているのだから。
……ああ、あの絆はもう戻らないのだ。
それでも彼らを救うためならば、私は。
この中に潜む――『犯人』を見つけ出してやる。
私は席に座って名簿を確認した。
学級の生徒は八名、みな公国出身だ。
以下のとおり。
『アルトン・イマドコッド(公爵令息)
リア・アリフォメン(侯爵令嬢)
トリスタン・アイニコルグ(辺境伯令息)
イシリア・セフィマ(伯爵令嬢)
ロマナ・ムイネレフ(男爵令嬢)
ヴァレリア・サナパガ(男爵令嬢)
レオン・アルミルブ(大商人嫡男)
レグウィフ・エラード(平民)』
……この八名の中に『犯人』がいるというのか。
最初は嫌な部分も多かったが、付き合いを深めるうちに誰もが素敵な心を持っていると知った。
そんな彼らを疑うなど……本当ならしたくはない。
戦争を望む者がこの中にいるなど……あり得ないはずなのだ。
ああ、ちなみに『私』も上の八名に属している。
ゆえに私は『犯人』候補から除外。
実質的に七名から暴くことになる。
席がすべて埋まったころ、長身で細身の男性が入ってきた。
灰色の瞳と長めの髪。
彼は担任のアイゼンバッハ先生。
トレッシャ大公国の出自から成る学級だが、担任の先生だけは他国の出身だ。
年齢はこの時点だと……二十五歳と若手だったはず。
教師を示す黒ローブを着ている先生がきた瞬間、教室に静寂が訪れる。
彼は壇上に立ち、ぐるりと教室を見渡した。
「煌羽の担任になった、アイゼンバッハ・イクジィマナフだ。生徒諸君、入学おめでとう。これからの三年間を実りある日々とすべく、俺も尽力しよう。教師としての歴は浅いが、容赦してもらえると助かる」
簡潔な自己紹介。
先生らしい名乗りだ。
寡黙だが、実力はたしかな教師と言えよう。
剣術、魔術、学術。
すべてにおいて欠点がないのがアイゼンバッハ先生だ。
かつて冒険家として活動しており、学長の伝手で教師として誘致されたらしい。
「まずは煌羽の生徒諸君に、自己紹介をしてもらおう。一人ずつ壇上に立ち、簡単な自己紹介を頼む。最初にアルトンから」
「はい」
先生に指名された、最前列の生徒。
彼こそがトレッシャ大公の嫡子、アルトン・イマドコッド。
美しい銀髪に紫紺の瞳を持つ貴公子だ。
「顔見知りの者も多いが、アルトン・イマドコッドだ。騎士学校では身分によらず、みな同じ学徒。三年間、長い付き合いになるんだ。気軽に接してほしい」
彼はまさしく「模範的な王族」と言える。
落ち着いた性格ながらも正義感が強く、不正を決して許さない。
この学級の要の一人になるだろう。
私は自己紹介を聞きながら、前世のアルトンについて思い出した。
***
「ふざけるな、蛆虫が」
それがアルトンの口癖だ。
彼は変わってしまった。
「お、お願いだ……許してくれ! このとおり、何でもあんたの言うことは聞く! だから、だからどうか……俺を許してくれよ!」
首元に刃を突きつけられた帝国兵。
彼は目元に涙を滲ませて、必死にアルトンに懇願する。
「黙れ。お前たちがどれだけ人の命を奪ってきたと思っている? 何の罪もない民を蹂躙するのは楽しかったか? 女子供をいたぶって殺すのは楽しかったか?」
抉るように。
アルトンは首に刃先を射し込んだ。
「ぁ……ああっ! お願いだ、俺が悪かった! 何でもするから!」
「都合がいいな、お前たちは。そうして命乞いをする民を殺して楽しんでいたんだろう? 俺もいま、最高に楽しいよ……こうしてお前が苦しむのを見るのはなぁ!」
「ひぃいいいっ!」
アルトンは公国の御旗となって戦った。
帝国に苦戦しながら戦う間におかしくなっていった。
味方には学園にいたころと同じように、屈託ない笑顔を向ける。
しかし帝国兵に対しては鬼のように攻め立てる。
最初は敵兵に対する慈悲もあったというのに。
「まずはどこだ、爪か、目か? それとも舌の方がいいかな? お前の全神経を潰してから、じっくりと火の中で燃やしてやる……」
忍耐の限度を超えた。
恐怖に失禁する帝国兵。
私はためらわずに兵の首を落とした。
「……何のつもりだ」
――"時間の無駄だから"
「そんなことは知っている。だが、帝国兵は少しでも苦しんで死ぬべきだ。お前はそう思わないのか?」
――"思わない。戦争を早く終わらせることだけを考えるべきだ"
「それは……俺に、公国に早く負けろと言っているのか!? まさかお前も裏切るつもりじゃないだろうな、寝返った狡猾な貴族どものように……!」
――"黙れ。私は絶対に祖国を裏切らない。だから閣下、あなたも私を信じてくれ"
私の言葉を受けてアルトンは口を閉ざした。
それからしばらく沈黙し、剣を鞘に収める。
「もう、疲れたよ……俺は疲れた。あと何日、何年……こんな戦を続ければいいんだ」
何も言えなかった。
労いの言葉も、同情の言葉も、何も。
この戦争の目的がわからない。
どうして帝国は豊かでもない、戦略上重要でもない公国に侵攻を開始したのか。
「俺は死ぬまで、いや……死んでも帝国に勝つ。そのためにはお前の力も必要だ。俺と……ともに最後まで戦ってほしい」
――"無論だ。いまさら言うまでもない"
私がそう告げると、彼は穏やかに笑った。
彼の笑みは本物だったのか?
仲間を信じていたのか?
どこまでが嘘で、どこまでが本当?
結局、彼は私を信じてくれていたのだろうか。
もう戻れない未来のこと……確認する術はない。
彼は帝国皇子の刃に貫かれ、死んだ。
死ぬ瞬間の彼はわめき、延々と帝国に呪詛を吐き――死んでいった。




