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19. 同胞

「リア」


講義を終えて荷物をまとめていると、不意に声がかかった。

視線を上げた先には灰色の偉丈夫が立っている。


「先生?」


「個人面談をしよう。この後、予定は空いているか?」


面談……はて。

前世ではそんな出来事があっただろうか。

良くも悪くもアイゼンバッハ先生は放任主義で、生徒には干渉しない教師だったと思う。

もちろん生徒から救援を求められれば、すぐに救いの手を差し伸べてくれるが。


「はい、空いてますよ。今日にしますか?」


「ああ。朱の刻になったら音楽室に来てほしい。音楽室など普段使わないだろうから、場所がわからなければアルトンやヴァレリアなど、個人面談を終えている生徒に聞いてくれ」


「わかりました。それでは午後にお会いしましょう」


いつの間にか一部の生徒は個人面談を済ませていたらしい。

さすがに前世で三年間も在籍していたのだから、教室の場所くらいはわかる。


不審者騒動があったことが関係しているのだろうか。

生徒がみな不安な中、緊張を和らげようとしてくれているのかもしれない。


まさか私が犯人であるとは……バレていない、はず……!


 ***


「リア。レグウィフの部屋に入ったのはお前か?」


面談を始めて開口一番。

アイゼンバッハ先生は淡々と尋ねてきた。


一瞬で汗が噴き出た。

どうしよう、ここで殺しておくか?

妙案だが先生を殺せるほどの実力は私にはない。


自分で言うのもなんだが、私は合理主義者だ。

徹頭徹尾『犯人』を特定するという目的を追っている。

そのために、アイゼンバッハ先生をどう利用すべきか?


いまの一瞬で私は思考しなければならなかった。

永遠にも錯覚する逡巡の果て、私は長く息を吐き――


「……私が入りました」


白状した。

正直に申し上げると、先生に嘘が通用するとは思えない。


今この瞬間、これは面談ではなくなった。

私の罪を精査するための詮議に等しくなったのだ。


アイゼンバッハ先生は静かにうなずいた。

すでに完全に予想していた……そんな表情だ。

一切の動揺、驚愕を見せていない。


「そうか。では……」


先生はゆっくりと立ち上がる。

――揺らぐ。

ふと、先生の影がブレた。


何が起きたのか私には理解できず。

眼前で閃光が瞬く。

一拍遅れて、金打の音色。


背筋に這い上った悪寒。

アイゼンバッハ先生が……私に刃を振り下ろしていた。


「ぇ」


しかし、先生の刃が私の首を断つことはなく。

寸前で現れたもうひとつの刃に受け止められている。


どこからともなく現れた刃の主は……レグウィフだった。

彼の鉄剣が、アイゼンバッハ先生の凶刃を防いでいる。

そばの楽器棚が開いており、その中にレグウィフは潜伏していたのか?


あまりの事態に理解が追いつかない。

私の十八番は不足の事態に対する、迅速な対処だというのに。


現れたレグウィフに対して、先生は冷ややかな視線を向けた。


「なぜ邪魔をする」


「先生……まだ彼女を『犯人』だと決めつけるのは……早いんじゃないですかね……! そもそも僕はリアを殺すつもりで呼んだわけじゃないんですよ……」


「もしもリアが『犯人』であれば」


「潔く死にますよ。でも、だからと言って……罪のない人を殺してまで未来がほしいとは思いません……!」


先生はレグウィフの言葉を受けて力を緩める。

そして諦めたようにフッと笑った。


「そうか。やはりお前はお前だな」


「リア、大丈夫?」


「あ、えっと……うん。大丈夫というか、あんまり大丈夫じゃないけど怪我はしてないよ……?」


思考、推理、思索。

先生とレグウィフは『犯人』と呼んだ。

いや、まさか……だが。


思い出せ、神の言葉を。

神は『時間を遡っている者が私と犯人だけ』とは一言もいっていない。

時間を遡っている者が私だけではないとしたら……?


前世と比較して変化している状況があまりに多い。

常々感じていた違和だ。

レグウィフが時間を遡っているのは、神の証言から確定している。

仮に先生も時間を遡っていて、『犯人』を特定するために動いていたのならば……前世と異なる状況が多いのもうなずける。


「先生、レグウィフ。あなたたち……未来を知っているの?」


瞬間、さらなる緊迫が走った。

何を恐れているのだろう。

先生とレグウィフは目を見開き、それから数秒間沈黙した。


一秒、二秒……時が流れる。

沈黙を最初に破ったのはレグウィフだった。


「先生が死なないってことは、リアはやっぱり『犯人』ではありませんね」


「……そう、だな。リアには悪いことをした」


そうか……!

今の沈黙に得心がいった。

私が『犯人』に時間を遡っていると知られてはいけないように、先生たちも同じなのか……!


私が『先生たちが時間を遡っている』と知っても何も起こらないということは、私が『犯人』でないという証明になる。

逆もまた然りだ。

先生、レグウィフは『犯人』ではないと。


「リア、まずは謝罪させてくれ。お前に刃を振り下ろしたこと……言い訳もできない」


「いえ……仕方ないことだと思います。私が先生と同じ立場でも、同じ行動を取っていました。まずはお互いの情報を出し合いましょう。先生とレグウィフがどういう状況に置かれているのか、何を狙って私を呼んだのか……私からも包み隠さずお伝えします」


 ***


すべて話した。

そう、一片の虚偽もなくすべて。


初めて味方を見つけたという高揚。

少し警戒が足りなかっただろうか。

まだ二人が『犯人』の協力者という可能性も拭えてないというのに。


私の話を聞いた先生はうなずいた。


「俺もリアと同じ……『犯人』を探すため、神に時間を巻き戻してもらった人間だ。だがレグウィフは違う」


「え……? でも、レグウィフは明らかに前世よりも強くて……」


「ああ。僕にも前世の記憶と経験はある。ただし、僕はリアや先生のように神様に会っていないんだよ。『犯人』に時間を遡っていると知られてはいけないとか、神様に時間を戻してやるとか言われずに……未来の戦争で死んだと思ったら、入学日に時間が巻き戻っていたんだ」


なるほど……何の制約もない時間遡行か。

だが、未来の戦争を止めたいという思いはレグウィフも同じだろう。

……推測に過ぎないけれど。


「同じく未来を知る者同士、俺とレグウィフは協力して『犯人』の特定に勤しんできた。しかし、いまだに『犯人』の目途はついていない」


「先生がレグウィフに未来の記憶があると確信を抱いたのは、武術大会で優勝したときですか?」


「いや、それよりも前だ。入学式から数日後に行った体術の訓練で、明らかに前世と動きが違うことを悟った。入学当初のレグウィフは成績最底辺だったからな」


私はひとつの可能性に思い当たる。

先生が武術大会の前からレグウィフの本質を知っていたのなら。


「レグウィフに手紙を書いていたのは先生ですか?」


レグウィフの部屋から盗んだ手紙。

手紙には暗殺未遂の件や、武術大会の件が書いてあった。

武術大会で優勝して構わない……そう書くからにはレグウィフが圧倒的な強さを持っていて、ネトバス皇子が決勝に進むという未来を知っている者でなければならない。

当てはまるのは先生だけだ。


「そうだ。リアはなぜレグウィフの手紙を盗んだ?」


「私は武術大会でレグウィフが優勝してから、彼が『犯人』ではないかと疑っていたんです。だから騎士団に従軍させて、留守の隙に部屋を探ろうと思って……」


「ということは、ネトバス皇子を暗殺しようとしたのが僕っていうのもバレてるんだね」


ああ、そうだ。

そこが気がかりだったのだ。

どうしても腑に落ちない部分がある。


「どうしてレグウィフはネトバス皇子を殺そうとしたの?」


最初は(・・・)本当に無計画だったんだ。とりあえずネトバス皇子を殺せば、未来で戦争が防げるんじゃないかってね。暗殺を試みた後にバッハ先生と語り合って……自分の行動が失敗だと悟った。ネトバス皇子が公国内で暗殺されれば、それは公国の責任となって帝国との戦争に発展する。そう先生に咎められて、軽率な行動を反省したよ。その後は先生が火消しに動いてくれて、なんとか事なきを得たというわけ」


要するに考えなしの阿呆だったというわけか。

何も恐れず行動に動くのがレグウィフらしい。

『犯人』であれば、戦争を起こすためにあえてネトバス皇子は生かそうとしていただろう。


皇子を殺しても殺さなくても戦争が起こる可能性は高い。

だから『犯人』を殺すこと以外に、戦争を回避する手段はないのだ。


「しかし、これで振り出しに戻ったか」


「いえ、違いますよ先生。新たにリアという味方を得たのですから」


「そうだな。三人寄れば文殊の知恵。リアの見識は重要な武器になるだろう」


アイゼンバッハ先生は前世で早々に亡くなった。

帝国が戦争を起こしてからすぐ、生徒の盾となって。


先生にとっては、自分を殺す相手を特定するための戦いでもあるのだ。

神経過敏になっても仕方ないだろう。

先の行動も……まあ、水に流すくらいはしてやってもいい。


猜疑にばかり駆られていても良くないという先例だ。

レグウィフが緊張を緩和するように笑う。


「しかし、三人も……いや『犯人』も含めれば四人も未来の記憶があるのか。僕たち煌羽(ブリリアント)の生徒、みんな時間を遡っていたりして?」


「いや、それはないと思うよ。だってトリスタンとか棘のある性格だし、未熟さが目立つというか」


「……あえて未熟を演じているだけかもしれないがな。リア、お前も『犯人』に時間を遡っていることを悟られないように実力を隠していただろう?」


「そ、そうですね……たしかに」


試験であえて問題を間違えたり、鍛錬で稚拙な魔術を披露したり。

武術大会も優勝は目指さず、前世と同じく不参加とした。

他の生徒も私と同じように……?


いや、それは可能性のひとつだ。

ひとつの思考に囚われてはいけない。


「とにかく、これで『犯人』の候補は絞られたな。学級のみなには個人面談で話を聞いたが、特に不審な点は見つけられなかった。いくつか鎌をかけてみたが、すべて意味を為さなかったな」


私たちでどうにか『犯人』を暴いてみせよう。

しかし……誰も『犯人』の目途がついていないか。

もう少しアイゼンバッハ先生の話を聞いてみよう。


「先生。先生の知り得た情報を窺いたいのですが……」


「ああ、共有しよう。その前にリア……お前は何週目だ?」


「……え?」

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