16. 不審(リア視点)
◇◇リア視点◇◇
頭がおかしくなりそうだ。
『犯人』はいったい誰だ?
入学してから数か月が経過したが、未だに断定できない。
『犯人』が戦争を起こす理由は?
それを詳らかにしなければ、特定は不可能だ。
一人ひとり調査に当たっている。
現時点での言動を確認し、前世の性格と照合する。
そして齟齬があれば『犯人』候補となるはずだ。
しかし、私の記憶も完璧ではない。
仲間たちが死に絶えた戦争の記憶を強引に引きずり出し、咀嚼して味わう地獄の繰り返し。
『久しぶりじゃな。いや、久しぶりか?』
……苛立ったときに、この神は舞い降りる。
頭を悩ませながら寝台に身を沈めた瞬間、今日はすんなりと眠りに落ちた。
神が導いたからだったか。
――"前回に会ったときから三ヶ月経っている"
『なるほど、それは人間の尺度で言えば長いのか? で、犯人は? おもしろい回答を聞かせてもらおうかの』
――"最有力候補はレグウィフ・エラードだ"
『……ふむ』
私の言葉に、神は蝶の羽をゆらゆらと揺らす。
それは納得か、失望か。
しかし私とて断じているわけではない。
あくまで候補だ。
――"彼は明らかに前世との実力が乖離している。武術大会でみた彼の剣術は、まさしく前世のそれに等しかった"
『なるほど。『犯人』がレグウィフ・エラードだと判断したのならば、殺せばよい。闇討ちするもよし、堂々と殺すもよし。ただし……お主が時間を遡行していると『犯人』にバレた瞬間、お主は消える。それだけは心得ておけ』
――"まだ犯人を断定したわけではない。導きを与えてくれないか"
『うーむ。無理じゃ。ああ、だがお主の推理は間違っていないぞ。レグウィフ・エラードは時間を遡っている。我に言えるのはそれだけじゃな』
やはり……傍目に見ても明らかだ。
『犯人』は自分の計画を阻止する者がいることを知らない。
私が殺しにくることも理解していないだろう。
仮にレグウィフが犯人なら、自分以外に時を遡っている者はいないと思っているはず。
ゆえに前世で得た実力を隠す必要もないと判断しているかもしれない。
だが、動機は?
彼が戦争を起こす動機は、貴族への怨み……なのか……?
『ま、せいぜい考えることじゃ。ではの』
神はゆるりと羽を伸ばして消えていく。
興味を失われただろうか。
私の推理が凡庸すぎて失望されたのかもしれない。
あの態度そのものが手がかりと言える。
やはり、私の推測は間違っているのか。
推理の過程は書き留めないようにしている。
すべて頭の中で考え、『犯人』から私に前世の記憶があると悟られないように。
そのせいか常に意識が混線していた。
「……吐きそう」
夜中に目を覚ます。
神に呼ばれたので半端な睡眠になってしまった。
机に立てかけてあった木製の杖を叩く。
頭の中に声が響いた。
『あ、リア。ようやく話しかけてくれた。他の精霊の風をたどって、こんな話を聞いたんだけどさ』
杖に宿る精霊。
彼と話すのも久しぶりな気がする。
最も信頼できる精霊にさえ、私が未来から戻ってきたこと、『犯人』を捜していることは明かしていない。
「……なに?」
『最近、アリフォメン侯爵領の治安が悪くなっているらしいよ。リアが入学してから徐々に荒れているらしい』
「そう……まあ、仕方ないよ。そこは兄上やアルバンが何とかしてくれることを祈ろう。今の私は暇じゃないんだから」
『暇じゃないって? 学業のこと?』
「ああ、うん……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく今は放っておいて。少し寝たらまた出かけるから……」
私は嘆息して夜風に当たった。
もう一度推理を練り直そう。
***
……寝過ごした。
ああ、時間がもったいない。
私は時刻を確認し、慌てて身支度を整える。
寝る前は何をしていたのだったか。
――精霊と会話をしていた。
そう、たしかアリフォメン侯爵領の治安がどうとか。
今はどうでもいい。
それよりも逼迫した問題があるのだから。
……とはいえ、あの兄のことだ。
及び腰に対処に取りかかり、ことさら領地を衰退させるかもしれない。
仕方ない、ひとつ手を打とうか。
大は小を兼ねる。
領地の問題を解決しつつ、本懐も果たそうではないか。
『……何しに行くの?』
「ほら、領地の治安が荒れてるとか言ってたでしょ? その件で少し動こうと思って。すぐに戻るよ」
木製の杖をこつんと叩き、私は部屋の出口へ向かう。
杖は置いていく。
***
さらさらと筆を走らせる。
私はアリフォメン侯爵家の印章を押して、しっかりと書簡に封をした。
「これでよし」
「あの、リア……さっきから何を?」
背後でレグウィフが値踏みするように尋ねた。
彼の部屋に押しかけた私は、半ば強引に連れ出して事務室へとやってきた。
騎士団の手配。
誉れ高き貴種のみに許された武力の行使。
わが指先で動かした勢力を、ウラクス選良騎士団という。
「レグウィフ、先月から騎士団に従軍する活動が解禁されたのは知ってる?」
「ああ、知ってるよ。僕も生活費を稼ぐためによく参加している。講義に支障が出ないように、簡単な征伐や護衛の仕事を」
要するに日雇いの労働だ。
ウラクス騎士学園の生徒は、実際の騎士団の活動に奉仕して賃金をもらうことができる。
奉仕とは名ばかりで、ウラクスの生徒は騎士団にとってはお荷物なのだが。
実際は護衛対象がひとり増えるだけだ。
生徒に騎士としての経験を積ませるという名目。
実態は生徒を困窮させないための慈善事業。
とはいえ、レグウィフのような実力者なら役に立つだろう。
彼が本当に未来からきた人間なら、戦争だって経験しているのだし。
「実はね……私の領地の治安が悪化しているらしいの。そこで騎士団を手配して、賊の討伐や治安維持を行おうと思ったんだけど……レグウィフにも参加してほしいなって」
「べつに構わないけど……なんで僕?」
「武術大会の優勝者さん。その実力を買って、将来はアリフォメン侯爵領で雇うことも視野に入れてるの。今のうちに有望な人材に目をかけておこうと思って……レグウィフも騎士になりたいのでしょう?」
「あ、あぁ……なるほど。まあ……そうだけど」
歯切れ悪くレグウィフは返事する。
嘘はついていない。
実際、レグウィフの実力は買っているのだ。
「リアの兄上……アリフォメン侯爵様は治安維持に動くつもりはないのか?」
「あ、うん……色々と事情があってね。たぶん私が動かないと、治安は悪化していく一方だと思う。私の従弟にソーニッジ子爵アルバンって人がいるんだけど……兄上は彼を恐れていて、思うように騎士団を動かせないんだよね」
「"玉虫色の悪魔"か……」
「……へぇ、知ってるんだ」
――平民のくせに。
……なんてね。
だけど遠く離れたアリフォメン侯爵領の政情を、平民の出自であるレグウィフが知っているのは妙な話なのだ。
家内ですら憚られる話なのに。
瀬踏みだ、少し話を搔き乱してみるか。
「レグウィフはちゃんと勉強してるんだね! 辺境の領地に引き篭もっている子爵だけど、彼の影響力は測り知れない。周辺諸侯に嫌われていたオクタヴィア侯を出し抜き、勢力を広げている子爵。各領地に取り入りながらも、政治的な野心はない。その不気味さがかえって兄上を恐れさせている……それが私の従弟のアルバンだよ。かろうじてアルバンと通じている私くらいしか、アリフォメン侯爵領に騎士団を手配できる人間がいないんだ」
「実質的にアルバン子爵の侵攻を、リアが食い止めてる感じになってるんだよね。君が家督を継がなければ領地が乗っ取られそうだけど……? でも、アルバン子爵もアリフォメン侯爵領を狙ってはいないんだよね。建前上は」
「そうそう。アルバンは治安維持とか興味ないだろうし、自分の領地に引き篭もるだけだろうし。私がなんとか騎士団を派遣して対処しないとね。でも人手が不足していて……一人でも多く騎士団の協力者を得たいの。従軍に参加してくれそうな学級の生徒は、レグウィフしか思いつかなくて」
「なるほど……そういうことなら僕も騎士団に従軍しよう。人手は多い方がいいだろうし。リアが困っているなら、レオンも誘ってみようかな。だけど講義は出なくても大丈夫かな?」
「うん、アイゼンバッハ先生には私から許可を得ておくよ」
ああ、やはりおかしい。
おかしすぎてボロが出そうだ。
そうだ、きみがこの複雑な政情を理解できるはずがないのに。
どうして理解できる、レグウィフ・エラード。
アルトンやトリスタンでさえも頭を悩ませる政情を。
「盗賊退治は慣れたものだよ。任せてくれ」
「ありがとう! 依頼が終わったら、個人的に私からも報酬金を出しておくね」
「助かるよ。最近は金欠気味だったから……それじゃ、支度を整えてウラクス選良騎士団にも挨拶をしてくる」
金欠か。
正味、侯爵令嬢の私からすれば無縁の問題だ。
しかし下級貴族や平民はウラクスで活動するだけでも苦しいのだろう。
茶会に舞踏会、教材費に武器の修繕費……考えたらキリがない。
ウラクスでの金回りは、平均的な貴族の財布に合わせたものなのだから。
さて、厄介払いは済んだ。
本命に取りかかろう。
***
空が白みはじめる。
騎士団がウラクスから派遣され、中にレグウィフが紛れていることも確認。
レグウィフの隣には大商人の息子のレオンもいた。
彼は金欠ではないと思うが……レグウィフと隣室なので仲がいい。
私は鳥打帽を目深に被り、長い髪を内側にしまう。
そして闇に溶けるような黒手袋をつけた。
生徒たちが起きてくる前に動かねば。
「…………」
自室を出て、平民用の寮へと向かう。
何度も何度も振り返り、自分以外に人影がないことを確認。
平民用の寮ともなれば警備は緩い。
わざわざ平民の部屋に盗みに入るような輩はいないからだ。
だが、私は違った。
昨日も訪れた部屋の前に立ち、懐から針金を取り出す。
鍵穴に細い針を通して解錠を始めた。
……どうして鍵開けの技法を知っているのかって?
貴族の嗜みだ。
正確に言えば無聊をかこつ貴族の道楽だ。
「……よし、開いた」
再び周囲を確認し、そっとレグウィフの部屋に入る。
そして内側から鍵を閉めた。
盗人の気分を味わうのは初めてのこと。
この背徳感、なんだか癖になりそう。
すぐさま私は不審な点を探る。
まずは机の引き出しを……と思ったが、そもそもレグウィフの部屋には丸机しかない。
椅子もなく、地べたに座って丸机で勉強しているらしい。
机上には開き放しの教本が置かれていた。
続いて、乱雑に積まれた教本の山に目をつけた。
一つひとつの本を簡単に検める。
しかし……至って普通だ。
どの書物を取ってみても健全な内容しか書かれていない。
講義に関する心覚しか綴られておらず、予想外の事態に私は焦る。
彼がもしも公国に害為す人物、すなわち『犯人』であれば……その確証が欲しいのに。
まだ調べていない箇所はあるか?
だが、この寮の部屋は狭い。
調べられそうな場所はあらかた調べ尽くした。
「……!」
何気なく寝台の下を覗き込むと、あった。
小さな木箱だ。
これが年頃の男子特有の物でないことを祈りつつ、私は蓋を開ける。
中には……数枚の手紙?
ざらざらとした質感の封紙。
紙面には几帳面な文字で何かが書かれており……
「――誰!?」
「っ!?」
背後で響いた叫び声に肩を震わせる。
解読しようと夢中になったのが仇となった。
この声は聞き覚えがある。
ちらと後方を確認し、私はすぐさま窓を開け放つ。
帽子が飛ばないように抑え、窓辺に足をかけて一気に跳んだ。
「待ちなさい!」
背後の声の主は――イシリア。
なぜ彼女がレグウィフの部屋に……?
それに鍵をかけていたはずだ。
とりあえず数枚の手紙は持ち去った。
私の正体がバレていなければいいが……顔をできる限り見せないように逃げたので、バレていないと願いたい。
路地裏に逃げ込む。
「はぁ……っ!?」
雷鳴が轟き、そばに立つ木が朽ちた。
今のは……イシリアの雷の魔術だろうか?
それにしても規模の大きい魔術だ。
だが、ここまで来れば私の勝ち。
万が一に備えて離脱用の隠し通路を把握しておいた。
暗中、正確に場所を記憶しておいた鉄蓋に手をかける。
地下水路へ続く穴の中に飛び込んで、再び蓋をした。
「ふぅ……危なかった」
さすがにイシリアも地下水路の逃げ道など把握していないだろう。
あとは見つからないように自室へ戻り、手紙の内容を確認するだけだ。
当たり障りのない内容が書かれている手紙だったら……私が盗みを働いた意味はなくなってしまう。
友に異端であってくれと願うのもおかしな話だが。
レグウィフ、異端であれ。
***
『おかえりー。何をコソコソしてたんだい?』
「……」
頭に響く声は無視して、私はさっそく検閲に入った。
手紙は全部で四枚。
木箱の中にあった物はすべて持ってきた。
底に入っていたものから順に見て行こう。
まず一枚目。
【ネトバス皇子の暗殺未遂に関して。例の件は捜査が打ち切られることとなった。あのときは互いの事情を知らなかったので仕方ないが。今後、何か大事を起こすときは無茶をせず俺に相談してくれ】
中には几帳面な文字でそう書かれていた。
「……?」
皇子の暗殺……これはまた、きな臭いものが出てきた。
そういえば入学早々、リアス帝国の皇子が暗殺されかける事件があったな。
アルトンとロマナの手によって暗殺は防がれたが。
これがレグウィフに宛てられた手紙だと考えると。
彼が皇子暗殺未遂の犯人……?
とりあえず二枚目を見ようか。
【先日は協力ありがとう。騎士団を雇いたいところだったが、ロマナの入学費で金がなくなってしまった。これで治安は保たれるだろう。また財布が潤ったら飯でも奢らせてくれ】
これは……よくわからない。
ロマナの入学費とは?
そもそも手紙の送り主は誰なのだろうか。
続いて三枚目。
【武術大会の件。お前から相談を受け、俺も色々と考えてみた。結論から言えば、優勝することに何ら問題はない。レグウィフが優勝することにより不審に思う者が出てくるだろうが、そうなれば俺たちの思う壺だ。むしろ優勝してほしい。不正を施している貴族には俺も目をつけ、排除して動く。お前は心配せずネトバスと矛を交えてくれ】
……なんだ、これは。
あまりに不気味すぎる内容だった。
『レグウィフが優勝することにより不審に思う者が出てくる』……これは私のことではないか?
そして、ネトバス皇子が決勝に出ることが決まっているかのような……理解が及ばない。
震える手で四枚目を読み取った。
【リアが不審だ。警戒しろ】
「……え?」




