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15. 想起――リアという人物

リア・アリフォメン。

ウラクスに入学して以来、どうにも彼女の様子がおかしい。

利発で優雅な侯爵令嬢という印象を抱いていたが、どうにも静かで。


彼女はずっと焦っている気がした。

さながら見えない幽霊の影でも追っているかのように。


そういうわけで彼女は寝不足だ。

水天一碧の瞳、その下にはクマがついている。

講義をうつらうつらと眠そうに受けていて……アイゼンバッハ先生が何を言っているのか理解しているのだろうか?


「……戦火に包まれたルイムファム王国にて、国王は閲兵に耽った。王政と地方貴族のいがみ合いの結果、戦の準備に時間がかかったのだ。さて、反乱軍に対して恐慌する傀儡国王に、忠誠のない近衛に囲まれた集権貴族……結果はどうなったと思う? そうだな……リア、答えてみろ」


……不運にもリアに指名が飛んだ。

アイゼンバッハ先生はべつに眠そうな生徒を指したわけではない。

適当に指名した結果、船を漕ぐリアが当たってしまったのだ。


彼女は目を見開く。

ハッ……と意識を取り戻した彼女は、黒板に書かれた几帳面な文字と、自分の帳面に綴られた蛇のような文字とを瞬時に見比べている。


彼女は賢い。

それでもこの一瞬で、講義の内容をすべて把握することはあまりにも難しく……。


「は、はひっ! 貴族は伏兵の報せを受けて保身に走り、議論は紛糾……国王はろくな教育を受けていなかったため、臣下に判断を押しつけて逃亡しました!」


……馬鹿な。

まるで講義の内容を眠りながら聞いていたかのように。


いや、完璧主義な彼女のことだ。

きっと念入りに予習でもしてきたのだろう。

……それとも精霊の声を聞いて不正したか?

彼女は精霊術師だし、その可能性もある。


「正解だ。これまでの講義内容をよく捉えているな。予習も済ませているようで何よりだ。では、反乱軍を結成した者の目的は何だったと思われる?」


「ええっと……それは不明です。後に反乱を企てたのがノート伯だったことが明らかになっていますが、理由は明らかになっていません。なので断言することは不可能です」


「すばらしい。反乱軍の狙いはもちろん圧政からの解放だが、指導者であるノート伯の狙いは不明だった。あまりにも不自然すぎる彼の行軍、そして振る舞いに……後の研究者からは懐疑の声が上がっている。……戦を起こそうとする者の心理は、いつの時代もわからぬものだな」


リアは安心したように視線を落とした。

今の一瞬で完璧な回答をするとは……やはり優秀。

講義をほとんど聞いていないのに成績は常に優れている。


視線を感じ取ったのだろうか。

リアはこちらを向いて得意気に微笑んだ。


 ***


未来の戦争において、リアは参謀を務めていた。

頭脳明晰、才徳兼備、おまけに精霊術師ときた。

彼女の他に参謀に適した人物はいないだろう。


……まあ、私も聡明で才ある人間なのだが。

他の役割があるのでリアに参謀役の席を譲ることにしてやった。


軍議で数手先を読むリアの熱弁は頼もしい。

今となっては戦争に勝つための有能な仲間だ。

しかし、私がウラクスに通っていたころは……彼女の聡明さに恐怖していた節がある。


洞察力に優れるリアの目に怯えていた日々。

とりわけ入学してからの一年目は、彼女に接触しないように気を遣っていたものだ。

二年目以降はあまり警戒する必要もなく、親交を深められるようになったが。


「うぅ……頭が……痛い!」


リアと二人きりの天幕。

ある日、彼女は唐突に叫んだ。


――"藪から棒にどうした"


「昨日まで徹夜して策を練ってたから……寝不足かな? 鎮痛剤は飲んだはずなんだけどなぁ……」


……心配だ。

彼女は完璧主義で、無茶をするきらいがある。

もしもリアが機能不全に陥れば公国軍は敗走だ。


私は立ち上がり、彼女のそばへ。

手のひらをリアの額に当ててみた。


――"熱はないようだ。少しじっとしていてくれ"


瞳を閉じて集中する。

リアの体を流れる魔力に……異物は混じっていないか。

入念に調べて……そして『ぶつかった』。


「うわっ!? いま何をしたの?」


――"敵兵の洗脳干渉などを受けている可能性があるため、魔力を流して調べさせてもらった。リアの体に流れる魔力は問題ないようだが、変なのと衝突してしまった"


「変なの……あ、私の精霊がわめいてる。他人の魔力が流れてきてぶつかったって」


リアは木製の杖を叩きながら笑った。

そうか、彼女には精霊の加護がある。

遠方から魔力を飛ばされて洗脳魔術を受ける……なんて憂いもないのか。

余計に参謀に最適な人材で、少し羨ましくなってきた。


――"おそらく頭痛の原因は単純な寝不足。とにかく寝てくれ"


リアは困ったように首肯した。

寝てくれと言っても、素直に入眠してくれる彼女ではない。

そう思い悩んでいると、彼女は意外な提案を持ち出した。


「あのさ……一緒に寝てくれない?」


これは異なことを。

私の息が詰まった。

これからリアの仕事を肩代わりしてやろうと思っていたのに……たしかに私も寝不足ではあるが。


――"それはまたどうして"


「……友達と一緒にお休みしたい。ほら、戦争が始まってから煌羽(ブリリアント)の生徒とゆっくり過ごす機会はなくなったでしょ? 今日は帝国軍も攻めてこないみたいだし、一緒に休もうかと」


……少し心が痛んだ。

友達、か。

私のような人間をそう思ってくれるのか。

私の本質を知ったらリアはどんな反応をするだろうか。


――"……わかった。それで満足してくれるのなら"


「うん。誰かがそばにいてくれるって、それだけで安心できるし!」


聡明なのに、変なところで子どもくさい。

彼女の実家の事情も関係しているのだろうか。

情けない兄に寄り添い育ってきたリアは、ほとんどの領地経営を己が手で行ってきたという。

甘える対象のなかった彼女は、ときに友人たちに子どもらしさを発露する。


それが悪いことだとは思わない。

むしろ信頼してくれて嬉しいと思う。

私とは真逆の人間……表層は賢しく、深層では純粋無垢。


水面下で募っていく背徳感、猜疑を抱える私は。

真逆の性質をもつリアのそばにいても良いのだろうか。

私の魂が彼女を腐らせてしまう気がして。


「……ねえ」


彼女は天幕に敷かれた毛布にくるまってこちらを見た。

私もまた彼女の隣に座る。


「きみにとっての"幸せな未来"ってなに?」


唐突に尋ねられた。

いや……違う。

彼女は私がずっと前にした話を覚えているのか。


――"わたしにとっての幸福な未来。それはきっと大切な人と過ごすことだけ、だろうか"


「……その未来がいつ途絶えたとしても?」


――"おそらく。高望みはしない"


「そっか。きみの幸福な未来……そこに私もいられたら……すぅ」


寝た。

なんだか心に響く話をし始めたかと思えば、いきなり眠るとは。

それほど我が軍の参謀殿はお疲れなのだろう。


――"ああ、きっと。わたしの罪過を許してくれるのなら"


独り言ちる。

願わくば来世もまた、リアと友に。

そう願ってやまないが、はたして彼女を恐れずにいられるかどうか。

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