14. 屈辱(トリスタン視点)
◇◇トリスタン視点◇◇
ふざけるな……!
腹が立って仕方ない!
「クソッ!」
拳を壁に叩きつける。
なんという屈辱だ……この私、トリスタン・アイニコルグが敗北するとは……!
しかも相手は帝国貴族。
武術大会の試合でまみえた際、正直余裕だと思った。
帝国貴族は腑抜けの集まりだと聞く。
幼少より鍛錬を重ねてきた私が負けるわけないと。
現実は違った。
鋭い相手の一撃が、私の魔術を容易に退けたのだ。
敗北した瞬間――飛来したのは帝国貴族の侮蔑。
「荒れているな、トリスタン」
「誰だ……ああ、ヴァレリアか。なんだ、君も私に罵声を浴びせにきたのか?」
「誰がそんな悪趣味なことをするか。誇り高き戦に正々堂々と挑んだ者を馬鹿にするわけがないだろう」
どうだかな。
どうせ内心では私を侮辱しているのだろう?
人を信じるのは難しい。
最近になって私の人間不信はますます募っていた。
「全力でやったんだろう? それなら恥じる必要はない」
「サナパガの土俗を私に押しつけるな……! いいか、公国貴族が帝国貴族に負けたんだぞ!? これは公国貴族全体の恥、見過ごせぬ失態だ! アルトンに何と詫びればよいか……」
サナパガの民は戦を信仰している。
しかし、戦は神聖なものなどではない。
人間の欲望を押しつけ合う、ただの現象だ。
勝者は貪る資格を得る。
敗者は文句なしに搾取される。
今回、私が敗北したことで奪われたのは……公国の誇りだ。
「……まあ、あたしたちの文化を貶されるのは慣れてるからな。そう言われるのはなんとも思わないが……他人に暴力的に当たるのはやめろよ。あたしも思いのほか苦戦したしな……誇りを傷つけられたさ」
「そ、それはそうだな……乱暴に振る舞うのは自制しよう。忠告、感謝する」
「……恋人にフラれたから荒れてるのか?」
……貴族の間で噂は一瞬で広まる。
つい最近、私は愛人に逃げられたのだ。
「……あんな女など、もう忘れた。汚らわしい平民が」
「やれやれ……お前の平民嫌いが加速してしまうな」
私を愛していると媚びてきた平民……彼女はウラクスに入学するや否や、私から縁を切った。
彼女の狙いはウラクスへの入学費だったらしい。
私に入学費を工面させ、入学できればそれで用済み。
あとは私よりも高位の貴族を狙って媚びるだけだ。
かつての婚約者を切り捨ててまで、あの平民に傾倒していたというのに……!
奴は私のことを道具だとしか思っていなかった。
別の学級に所属していることが不幸中の幸いか。
奴は西方の王国出身だから、学級も違う。
奴の悪評を広めて、次なる被害者を減らすことが私の役目だ。
もう平民なぞ信じるものか……!
「まだ煌羽の生徒が戦っている。早く訓練場へ応援しに行くぞ」
「……ふん。声援などに何の意味がある。まあいい、見にいってやるか」
***
ざっと戦績を確認する。
私は三試合中、一勝二敗。
……これでは面目が立たない。
「…………」
……まさかとは思うが。
私は弱いのか?
いや、そんなはずはない。
辺境の領地では私に敵う者などいなかった。
剣術に魔術、嫡子として優秀な成績を収めてきたのだから。
う、運が悪いだけだろう……おそらくな。
「トリスタン、顔色が悪いな。大丈夫か?」
アルトンが心配そうな表情でやってきた。
私は気丈を振る舞って肩をすくめる。
「いや、今日は少し調子が悪くてな。本来の実力であれば帝国貴族ごときに後れは取らないのだが……」
「そうか。公国貴族が負けた際、罵声を浴びせる帝国貴族がいるが……気にするなよ。ああいう厄介な連中……いや、蛆虫どもはいつか駆除してやればいい」
少し違和を感じた。
アルトンが苛立っているというか……いや、違うな。
これは殺気か?
普段の彼では決して見せないような気配を纏っている。
「アルトン。素が出ているようだ」
「っと……すまない。気をつけてはいるんだがな」
「君が幼少の砌より、帝国によからぬ感情を抱いているのは承知している。だが相手は大国だ。悔しくとも歯を食いしばれ」
「そう、だな……絶対に喧嘩を売ってはいけない相手だと理解しているさ。トリスタンでさえも帝国貴族には言い返さないのだからな」
私はアルトンと付き合いが長い。
一見して完璧に見える彼にも、負の側面はあるものだ。
彼の負の側面が正となったとき、帝国との戦端が開かれてしまってもおかしくはない。
「今のところ、君は三試合して無敗か。さすがの技量だ。終わったら祝勝と帝国貴族への憂さ晴らしを兼ねて、葡萄酒でも開けようではないか」
「ははっ……そうだな。できれば優勝祝いとしたいところだ。そろそろ次の試合が控えているので失礼するよ」
「ああ、行ってこい」
アルトンを見送り、再び試合状況を見る。
煌羽の状況は……おおむね想定どおりか。
不参加者はリアとイシリア。
アルトンが三勝、ヴァレリアが二勝、私とレオンが一勝、ロマナが零勝。
「……ん?」
下の方を見ていなかったな。
レグウィフ・エラードは……三勝だと!?
アルトンと並び、今のところ無敗だ。
書き間違いではないか?
平民が三勝もするなどあり得ない。
貴族は幼少から専門の家庭教師がつき、剣術や魔術を教えられる。
しかし平民はそもそも血に魔術の素養がなく、剣術の型すら学べないのだが……?
「こ、これはおかしい……何か不正をしているのか? 私が確認してやろう……」
***
結論から言おう。
レグウィフ・エラードは化け物だ。
ウラクスに入学している時点で只者ではないと思っていたが……平民の皮を被っているだけだったか。
つまり奴は実質貴族だ。
ならば何も問題はない。
そういうことにしておこう。
非常にムカつくが。
決勝戦。
今年の入学者の最強を決める一戦だ。
『レグウィフ・エラード』対『ネトバス・ハール・ロクフォス』。
今年は平民が決勝に出るときた。
物珍しさから、相当な人数が見物している。
まだネトバス皇子は来ていないようだ。
手持ち無沙汰に剣をいじるレグウィフ。
やはり品がないな、奴には。
強さがあっても品格がない。
頬に傷を刻んだ茶髪の男がやってくる。
私は若干の敵意を籠めてその男を見た。
彼こそがリアス帝国第一皇子ネトバス。
「待たせたか」
「ネトバス、殿下……」
どちらを応援するかと言えば、仕方なくレグウィフだ。
平民とはいえ公国の代表として出ているのだからな。
ネトバスは試合前に尋ねる。
喧騒の中、私は耳を澄まして二人の会話を聞いていた。
「レグウィフ・エラードといったな。貴様はなぜウラクスへ来た」
「……大切な人を、守るためです」
平民にも大切な人がいるのか。
私にだって……いや、彼女のことは忘れよう。
自分から見捨ててしまったのだから。
レグウィフの言葉を聞くと、ネトバスはくつくつと笑った。
とても皇族とは思えん。
あの不気味さでよく国の代表を名乗れるものだ。
アルトンの爽やかさを見習え、陰険皇子が。
リアの兄君の方がまだマシ……かもしれない。
「よい、始めるとしよう。リアス帝国第一皇子、ネトバス=ハール=ロクフォス」
「レグウィフ・エラード」
互いに剣を構える。
勝負が始まり……一瞬で決着はついた。
速攻戦を狙ったのだろう。
ネトバスが作り出した闇の魔術に臆さず、レグウィフは懐へ潜り込んだ。
そして一閃、確実にネトバスの武器を叩き落して一本を取る。
鮮やかな動きだった、見とれてしまうほどに。
たしかに奴の剣技に華はない。
それでも流麗な剣筋を見た。
「…………はぁ」
短く嘆息して訓練場を去る。
煌羽の生徒たちが喝采を送る中、私はまだ素直になれない。
まるで私が凡人のようではないか。
***
食堂で開かれた祝いの席。
煌羽の貴族だけではなく、他の学級も来ている。
帝国貴族を中心とする翔翼。
ほか近隣諸国の貴族から成る嵐眼。
まあ……夜会のようなものだな。
夜会といえば私は張り切るものなのだが、今日はどうにも活力が出ない。
この機会に縁のない貴族とつながりを持っておかねば……。
「珍しいな。お前が宴席から外れているとは」
外に出て夜風に当たっていると声がした。
アイゼンバッハ先生……宴会を抜け出してきたのか。
わざわざ私なんかのために、ご苦労なことだ。
「おや、先生。私のことは気にせずに酒でも飲んでいてくれ」
「ああいう雰囲気は苦手でな。何度経験しても慣れないものだ。だが、トリスタンは逆だろう? お前は夜会の類が好きなはずだ」
アイゼンバッハ先生は物静かで真面目な性格だ。
顔が良いためよく女性の生徒に言い寄られているが、それゆえ宴会の類はなおさら苦手なのだろう。
年齢が生徒とあまり変わらないことも接しやすい要因になっている。
「……やはり苦しいか。自分の理想が遠のいていくのが」
「おわかりなのか。先生は生徒をよく見ているのだな。まあ……多少の衝撃は受けたよ。幼少から研鑽を重ね、崇高な技量を重ね上げてきたつもりが……平民にすら勝てないのだからな」
「貴族には青い血が流れているとか言われるが、それは嘘だ。人はみな同じ土俵に立っている。違いがあるとすれば、施される教育だろうな。上等な教育を施され、なおかつ向上する意識と才覚があれば実力は伸びる。そんな人間が貴族に多いというだけだ」
知っている。
だが、平民は下賤だ。
礼節がなく、魔術もうまく使えず、文字すら読めないこともある。
それらは厳然たる事実なのだ。
見下したくもなるさ。
「では、例えば今回の優勝者……レグウィフは立派な教育を受けたと?」
「ああ、そうだな。レグウィフは俺の授業を真剣に受けていた。そして血のにじむような鍛錬を重ね、戦場に身を置いた」
「……?」
たしかにレグウィフは講義を真剣に受けているが。
まだ入学して一か月だ。
短期間であそこまで強くなるのは不可能だろう。
「トリスタン、お前は伸びる。それだけは約束しよう」
「何を根拠に言っているんだ?」
「教師の勘だ」
「ううむ……」
教師が理詰めではなく、勘に頼るとは。
だがアイゼンバッハ先生の勘は当たる気がした。
そう、私は大物だと。
先生は振り向き、食堂内の宴席を眺めた。
そして……眉毛が八の字に曲がっていく。
「困った……ロマナが逃げ出している。ヴァレリアも帝国貴族と喧嘩を始めたようだ。ついでにレオンが他の生徒に怪しげな商品を売りつけようとしている。アルトンにすべて解決させるのは気が引けるな」
「そうだな。私はロマナを連れ戻すので、先生は喧嘩の仲裁を頼む」
「ああ。厄介事を片づけたら席に戻れよ」
「承知した。では」
まったく、世話の焼ける連中だ。
貴族もなんだかんだで問題児だらけではないか。
人はみな同じ土俵に立っている……か。
なるほど、そのとおりかもしれないな。




