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13. 想起――トリスタンという人物

やれやれ……と嘆息する。

貴族の性質は嘆かわしい。

かくいう私も貴族なので、俯瞰して見れば嫌味なところがあるのかもしれない。


「まったく……なぜ君は平民を庇うんだ。アルトンやリアも同様に。私には理解が及ばん。平民なぞ使い潰すものだろうに。アレは場違いなんだ」


私は彼の独り言に反応しない。

黙々と書物を読みふけっていた。


煌羽(ブリリアント)の問題児こと、トリスタン・アイニコルグ。

規模の大きい辺境伯の令息ということで誇り高い。

相変わらず横柄に振る舞うトリスタンには、ほとほと嫌気が差していた。


特に今ごろは……恋人に逃げられて荒れているのだったか?

トリスタンの元恋人が平民で、たぶらかされたという話。

だから平民全体を毛嫌いし始めたらしい。


しかし彼は悪人ではないのだ。

そうだ、純粋に貴族として振る舞っている。

問題児という自覚がないぶん、さらに悪質とも言えるだろう。


説教を垂れても馬の耳に念仏。

自然と性格が丸くなるのを待つしかない。

幸い、この学級には彼の棘が取れる条件が揃っているのだから。


さて、前世の戦時。

トリスタンはどういう人だったかな。

別に思い出す必要もない(・・・・・・・・・)けれど、少し懐かしんでみようか。


 ***


「ああ、戦いの後に飲む酒は美味いな」


……熟柿(じゅくし)臭い。

強烈な酒の匂いに、私は思わず後退った。


顔を真っ赤にして酒を呷るトリスタン。

帝国軍を撃退して帰還した彼は、すぐに酒瓶を開け始めた。


地べたに胡坐(あぐら)をかいて座り、同じ部隊の兵と酒盛りしている。

戦時にも息抜きは必要だが……いま奇襲を受けたらどうするつもりなのだ。


――"酒もほどほどにしておけ"


「ん……? なんだ、君は飲まないのか? 私が酒を注いでやるが」


――"遠慮しておこう。この後、軍議がある"


「そうか。では君のぶんの酒を取っておこう。軍議が終わった後の労いとしてな」


私は酒を飲まない性質なのだが。

酒を飲むと精神が乱れ、お得意の魔術が鈍ってしまう。

私の殲滅魔術は軍の要ゆえ、冗談でも鈍らせることはできない。

毒を含んだ水を飲む感性……私には理解できなかった。


トリスタンは新たな酒瓶を取りに行き……すっ転んだ。

全身を砂まみれにしながら彼は立ち上がる。


「ああっ、トリスタン様! 大丈夫ですか!?」


「大丈夫だ。戦場で受ける傷に比べれば、この程度痛くもない」


駆け寄った兵に笑顔を向けながら、トリスタンは立ち上がる。

しかし彼も変わったものだ……成長したというべきか。

学園に通っていたころは砂が付けば舌打ちしただろうし、平民の兵士に話しかけられれば罵声を浴びせていただろう。


今や平民と同じように地べたに座り、酒を飲んでいる。

貴族の誇りは戦火で燃やしたらしい。

何が彼に変化をもたらしたのか……要因を挙げればキリがない。


貴族は猫も杓子も自分を過大評価している。

トリスタンとて例外ではない……というか最たる例だった。

一言でいえば敗北を重ねたのだ。


見下していた下級貴族に、平民に。

剣術や魔術、座学でも何から何まで負けて……身の程を知った。

極めつけは戦争が始まったこと。


トリスタンの辺境伯領は帝国に攻め落とされ、故郷を失う形となった。

あの瞬間、彼は心から貴族の誇りを捨てたのだろうと……私は勝手に解釈している。


歪んでいく仲間が多い中、彼はまともに矯正された。

非常に稀有な例だ。


今ばかりはトリスタンが頼もしい。

おかしくなる友たちを前に……私も疲弊していたところだ。


 ***


「少しいいか?」


深夜。

夜通し策を練っていると、トリスタンがやってきた。

相変わらず酒臭いので適切に距離を保っておこう。


――"まだ起きていていいのか"


「それはお互い様だろう? 明日に戦を残しているのは、私も君も同じこと。……兵のため夜を徹して頭を悩ませてくれていること、礼を言おう」


――"それがわたしの役目だ。そちらこそ前線で命を懸けてくれて感謝している"


「ああ、感謝してくれよ。領地と民を失った今、私が戦う理由はない。それでも公国のために戦っているのだから」


そうだ、トリスタンはいつ逃げてもいい。

すでに貴族としての特権を失い、今やただの武人。

狡猾な貴族ならば外国に転がっていてもおかしくない。


「それで用件なのだが。君、私の伝記を書くつもりはないか?」


――"何を言いだすかと思えば"


「いいだろう、それくらい? 地位も民も失ったいま、私の望みは英雄として讃えられることだ。はっきり言えば戦争への勝利は難しいだろう。だが、敗戦の将として語り継がれる存在にはなれるかもしれない」


――"できない相談だ。伝記を書きたければ、生き残って自分で書いてもらおう"


「なるほど。では、なおのこと勝たねばならないな。今しばらく私の戦いは続きそうだ」


謙虚なのか傲慢なのか。

学生時代はわかりやすい性格をしていた。

今は接しやすい性格になったが……腹の内が読めない。


「……私にはアルトンのような器も、レグウィフのような力も、リアのような聡明さも、君のような魔力もない。しかし名を残したいのだよ。一人の公国貴族として……いや、違うな。公国に生きた人間として、卑劣な帝国に抗った軌跡を残したい」


――"トリスタンがいなければ、とうに公国軍は潰走していた。功績は十分に残したと思うが"


「そうか? 歴史書に残そうとしても、端にすら書かれない些末な活躍だと思うが。やはり私は……この戦争に勝ちたいのかもしれないな」


その想いは誰もが抱いている。

一部の人間を除いて、帝国がトレッシャに攻め込んだ理由すらわかっていない。

……にも拘わらず、戦わされているのだから。


理不尽な戦を退けたい。

そして安寧に包まれた明日を掴みたい。


「戦争は悲劇を生むと同時、人の本質をあらわにする。……戦争が始まってからはつらいことばかりだ。だが、友人たちとの絆がより深まった。私の愛しき婚約者との情も深まった」


――"戦争を肯定するのか?"


「いや、肯定も否定もしない。ただ平和で生まれるものもあるし、戦争で生まれるものもある……というだけだ」


私は違う。

おそらく私は公国軍でただ一人、戦争を肯定する。

千金よりも武勇が重んじられる時代。

それが私の望み、ひいては幸福な未来と合致しているから。


「今が平時ならば、私は領地で婚約者と婚姻していただろう。そんな未来の方が幸せだったに違いないが……今も幸福はそばに横たわっている」


トリスタンは戦争が始まってから、かつて見捨てた伯爵令嬢と復縁したらしい。

今の彼が戦えているのも、恋人の支えがあってこそだろうか。


しかし……甚だ疑問だ。

なぜトリスタンは婚約者と共に逃げないのだろうか。

『公国のため』と喧伝しているが、それは真実か?


「さて、私は眠ろう。酒のせいで意識が朦朧としてきたからな」


――"おやすみ"


「おやすみ。君も睡眠は多めに取ることだな」


トリスタンは夜闇に消えていった。

私は眠らない。

いや眠れない。


今日も苛まれている。

明日にでも命を落とすのではないか。

得も言われぬ恐怖が私の安息を奪っていた。

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