12. 茶会(レグウィフ視点)
◇◇レグウィフ視点◇◇
武術大会。
新入生の実力を測る催しだ。
僕はその大会を前に、頭を悩ませていた。
「どうしよう……」
平民の僕は肩身が狭い。
すでに『平民レグウィフ・エラード』という名が広まっている。
入学して一月も経っていないのに、噂が広まるのは早いものだ。
貴族はそういう話が大好きだからな。
武術大会で目立つように振る舞えば……どうなるかわかっている。
出る杭は打たれる、それがウラクス騎士学園。
堂々と出ていい杭は高位貴族のみ。
「何か悩んでるの?」
ふと隣席から声をかけられた。
彼女はアリフォメン侯爵令嬢リア。
平民の僕にも優しく接してくれる人格者だ。
彼女がたまたま隣になってよかったと思う。
「一週間後の武術大会だよ。いっそ不参加でも構わないかと思い始めたんだ」
「えっ……もったいないよ? 参加した方がいいと思うけど……」
「そうだよね。不参加は不参加で嫌味を言われそうだし……」
平民のくせに怠けるな、とか罵られそう。
騎士学園に入学したんだから戦わないと。
「レグウィフ、あのね。負けることは恥ずかしくないよ。"敗者の中に強者はいない。だが、強者は必ず敗者になったことがある"……そういう格言もあるから」
「ああ、英雄王ランジャの格言だね。たしかに……うん、戦える機会は無駄にはできない」
「そうそう! ちゃんと勉強してて偉いね!」
リアは僕を気遣ってくれているのだろう。
負けて野次られるとき、落ち込まないように。
でも……その心配はしていない。
仮に出る場合、優勝以外を見据える必要はないから。
いいさ、たとえ僕が勝って疎ましく思われたとしても……リアのように応援してくれる人がいるのなら。
……相手を殺さないように注意しないとな。
「君」
急に背後から声がかかる。
この声は……。
「トリスタン様。何かご用でしょうか?」
「私の名を覚えている点だけは評価してやろう。君の名前は……レグウェンだったか?」
「レグウィフ・エラードです……」
「そうか。まあ、平民の名など覚えるに値しないが」
金髪碧眼の貴公子。
アイニコルグ伯爵令息トリスタン。
近づくといつも香水の匂いがする人だ。
容姿はすごくかっこいい。
彼がこの学級で唯一、貴族と平民を峻別する考えを持っている。
しかし悪意をもって差別しているわけではなく、『貴族は平民を庇護するもの』という思想のもとで接してくるだけだ。
根は悪い人じゃない。
「レグウィフ、君は騎士になりたいと自己紹介していたな。もちろん武術大会には参加するんだろうな?」
「はい、するつもりです」
「ちょうどいい。私と当たった場合は素直に負けておけ。万が一にも平民に負けるとは思わんが、君が勝つようなことがあれば、被害を受けるのは君自身。身の程を弁えるように忠告しておこう。私とて、他の貴族から君を守るのには限界があるからな」
……うん、トリスタンは僕を心配して言ってくれている。
そう解釈するほかない。
返答に窮する僕にリアが助け舟を出してくれる。
「トリスタン。それでも誇り高き貴族なの? 相手に忖度させず、健闘を称えるのが統治者の誇りでしょう。仮にレグウィフが勝ったとしても守ってあげるべきだよね?」
「知らん。平民ごとき構う意味がない」
なんか言い合いが始まりそう。
毎度のことだが、僕を侮蔑する貴族と、守ろうとする第三者で口論になるんだよな……。
「ちょっと、あなた」
透き通った声が鼓膜を叩く。
向かい合うトリスタンのさらに後ろに、彼女は立っていた。
イシリア……?
彼女はどこか怒ったような表情でトリスタンを睨んでいた。
「イシリア嬢。私に何か用か? 私はいまレグバフと話をしているのだが」
「……彼の名前はレグウィフです。話を聞いていましたが、あなたの提案は失礼極まりないですね」
「なんだと? 貴族が平民に礼を尽くす必要はないだろう」
「そういう姿勢ですよ。相手も同じ人間です。一方的に提案を押しつけられて、愉快に思う人はいません。自分の行いを鑑みて出直したらどうですか?」
前もこういうことがあったけど……妙だ。
イシリアは他人の言い合いに干渉するような人ではない。
少なくとも、人となりを全く知らない他者には干渉しない。
ただ、彼女は正義感が強い人だ。
困っている僕を見かねて庇ってくれたのかもしれない。
「はあ……理解しかねる。だが、君の言葉を今一度考えてみるとしよう。ではレグウィフ、私の提案について検討してみるがいい」
トリスタンはかぶりを振って去っていった。
彼の後ろ姿を呆然と眺め、僕は慌ててイシリアに頭を下げた。
「セフィマ伯爵令嬢、ありがとうございます。少し困っていたので、助かりました」
「あ……いえ、トリスタンも悪い人ではないんですよ。ただ、ああいう人なので……困ったらいつでもわたしに助けを求めてくださいね」
「前回も助けていただいて、本当に助かります。なにか僕にお返しできることがあればいいのですが……」
「ぅ……そ、そう畏まらないでください。ああもう、どうしよう……」
どこか困った様子でイシリアは俯く。
なにか失礼があっただろうか……?
「そ、そうだ! せっかくですから、わたしとお茶でもどうですか?」
お茶に誘われた……?
イシリアが他人を茶に誘うなんて、明日は雪でも降るのか?
「…………」
「どうかしましたか……?」
「あ、いえ! ぜひお願いします!」
「よかった。どうぞ、こちらへ」
温かいものが手に触れる。
気づけばイシリアが僕の手を取っていた。
白くて綺麗な手から彼女の体温が伝わってくる。
リアが目を丸くしてこちらを見ていた。
そんな彼女を置き去りにして、教室を後にする。
どうにも調子が狂うな……。
迷わずに茶会用の露台へ向かうイシリアに続き、僕もまた歩みを進める。
去り際、振り返るとリアが笑顔で手を振っていた。
***
入学してから初めての茶会だ。
普通は男性側が茶葉や菓子を出すものなのだが、今回はイシリアが用意してくれていたらしい。
とてもじゃないが、平民の僕には茶会用の茶葉や菓子なんて買えない。
放蕩貴族たちで露台は賑わっている。
僕たちは空いている席に座るが……物珍しそうに視線を送られていた。
ティーカップに注がれた琥珀色の茶。
匂いを嗅いでハッとする。
「これは……高級茶葉のセフィマフレーバーでは?」
「あら、知っているのですか? モチムツの花びらにダークオレンジの皮、そしてキャラメルをブレンドした我が領地の名産品です。それにしても……よくわかりましたね」
「え、ええ……前に飲んだことがあるので。こんなに高級な茶や菓子を用意していただいて、本当にありがとうございます」
ケーキスタンドにも豪華な菓子が揃っている。
中には僕の好きな種類のチョコレートも混じっていた。
ほぼ初対面の平民をここまで歓待するなんて……!
イシリアが他の人と茶会をしている場面を見たことないので知らなかったが、どんな人でも全力でもてなす性格なのだろう。
ひと通り準備を終えたイシリアが正面に座る。
一つひとつの所作が洗練されていて美しい。
「あ、あの……わたしの顔に何かついているでしょうか?」
「……あ、すみません。何でもありません」
相手を見すぎないように注意しよう。
不審に思われてしまう。
「改めて、セフィマ伯爵令嬢。お招きいただきありがとうございます」
「落ち着いてお茶でも飲みましょう。あなたもトリスタンに日頃から絡まれて大変ですね」
「あはは……まあ慣れたものですよ」
紅茶に口をつける。
……懐かしい味だ。
「一応言っておきますと、ケーキスタンドのお菓子は下から順に食べるのがマナーらしいですよ。わたしとの茶会では気にする必要はありませんが、覚えておいてくださいね。あと、そのフィンガーボウルに入った水は飲むものではなく、指を洗うためのものです。ご存知かもしれませんが、一応」
「あ、ありがとうございます……」
すごく的確な指摘だ。
平民が理解していなさそうな作法をあらかじめ注意してくれる。
さて、何から話そうか。
当たり障りのない話題を……あまり嫌われたくないからな。
「セフィマ伯爵令嬢はどうして騎士学園に?」
「親の意向です。別に騎士になりにきたわけじゃないですけど……ウラクスが誇る大図書館で研究をしたくて」
「…………」
騎士学園と言っても、べつに騎士になる必要はない。
多くの貴族にとってはただの用兵が学べる社交場だし。
研究か……僕も彼女の研究を助けられたら嬉しいのだが。
「トレッシャ大公国の有力貴族の家系であるからには、ほぼ必ずウラクス騎士学園に通わなければなりません。リアス帝国の貴族も同様に。特に目的もなく入ってくる人も多いでしょうね」
「そのようですね。ただ……目的がなくとも、この騎士学校で学ぶ知識は無駄にならないはずです。……絶対に」
在学中に得た経験、そして広げた人脈がこれから役に立つはずだ。
何ひとつとして取りこぼしはしない。
茶を飲みながら雑談していると、ふと校舎の窓を通り過ぎる人物が目に入った。
茶髪の陰険な雰囲気の男。
頬には十字の切り傷が入っている。
周囲には側近を侍らせていた。
リアス帝国第一皇子、ネトバス。
「……レグウィフ? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
……イシリアの前で殺気立つわけにもいかない。
だが、僕は奴を知らねばならないのだ。
ネトバス・ハール・ロクフォス第一皇子がどのような人間なのかを。
戦火に包まれた未来。
アレがどのような意図で作られたのか。
時を遡る僕は、知らねばならないのだ。




