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11. 回想――レグウィフという人物

――レグウィフ・エラード。

端的に言えば『努力の人』だろう。

煌羽(ブリリアント)の生徒だった者ならば、誰もが彼の魂を認めるだろう。


貴族学園にぽつりと迷い込んだ子羊。

だが、内に秘めたる精神はすべてを凌駕する獅子であった。


レグウィフには才能がない。

剣術、魔術、用兵術、あらゆる観点から見ても彼は凡人に過ぎなかった。

最初は文字の読解や簡単な算術すら危うかったのだ。


初め、多くの貴族がレグウィフを馬鹿にした。

平民、最弱、無能などと。

何かと使い走りにされ、暇を見つけては馬鹿にされる日々。

彼は文句も言わず悪辣な環境に身を置いていた。


入学以来、レグウィフは夜通し剣を振っている。

昼間は訓練場を避けて人気のないところで鍛錬し、夜間は誰もいない訓練場でとにかく鍛錬する。

そんな日々を続けていたらしい。

いつしか彼を笑う者は一人もいなくなっていた。


私が彼の励行を知ったのは、ウラクスに入学して一年経ったころのことだが。

彼が気絶するまで努力を続けていたころ、私は適度に勉学に勤しみ、主に魔術や精霊術、用兵術に磨きをかけていた。


「僕にはこれしかない。ただ積み重ねることでしか、未来を築く術はない」


自嘲するように彼は言った。

他の貴族を剣術で凌駕しても、学園最強と謳われるようになった三年次でも、彼は相変わらず自信がなかった。


ただ強くなることが目的なのではない。

私には見えない何かを見据えて、邁進を続けているようだった。


「力がなければ何も守れない」


レグウィフはその文句を執着への"言い訳"とし続けている。

私はそのうち、尊敬を通り越して彼を恐怖した。

明らかに常軌を逸している。


彼のそれは努力ではない。

ある種の妄執であった。

そして戦争が始まって……研がれた彼の牙が本性を剥き出しにした。


 ***


『トレッシャの剣』――レグウィフ・エラードはそう呼ばれた。


「よし、今日も戦果を挙げることができた。君も指示をありがとう」


真っ赤に染まったレグウィフは屈託なく笑った。

すべて敵兵の返り血だ、彼自身の血は一滴もない。


私は若干の畏怖を覚えつつも、レグウィフに応対した。

大丈夫……彼は味方に剣を向けるような人ではない。


――"お疲れさま。疲れていないか"


「疲れ……? ああ、大丈夫だ。このまま別の戦線にも連れて行ってほしい」


相変わらず公国は不利な状況だ。

しかし、レグウィフがいる戦場だけは問題なく制圧できる。

彼が何人もいれば戦争には勝てていただろう。


とはいえ、レグウィフも人間だ。

あまり酷使するわけにはいかない。


――"感じていなくとも疲労は蓄積するものだ。今日は休むといい"


「ん……わかったよ。ひとまずアルトンの天幕に戻ろう」


素直な人間だ。

命令には徹底的に従順。

そんな性格だからこそ、貴族に囲まれた学園でも受け入れられたのだろう。


レグウィフは頭から浴びた血を気にしていない。

私はため息まじりに彼の血を拭った。


――"この血、気にならないか?"


「ああ……ありがとう。最初は人を斬ることに抵抗があったし、血も見るだけで失神しそうだったんだけど。……今は何も気にならなくなった」


帰路を歩きながらレグウィフは語る。


「この生温い血。殺めてしまった敵兵の生きた証だ。多少なりとも彼らの温度を感じて、自分の罪を自覚しないといけない……僕はそう感じている」


――"攻めてきたのは帝国だ。敵兵に情けをかける必要はないのでは"


「まあ、そういう考え方をしてもいいかもな。でも、帝国兵がみんな争いを望んでいるわけじゃない。ウラクスで僕に親切にしてくれる帝国の人だっていた。僕の剣を指導してくれたのも、帝国出身の先輩だった。……悪いのは侵攻を命じたネトバスだ」


言葉の端にだけ殺意が籠っていた。

リアス帝国の第一皇子、ネトバスに対する殺意だろう。


――"だが、そう血を浴びていてはイシリアに怖がられるだろう"


「そ、そうだね……拭かないと。臭いのも嫌われるよな……」


イシリアという名を出した瞬間、彼はすぐに身を清めようとした。

レグウィフはいつしかセフィマ伯爵令嬢イシリアの婚約者になっていた。

平民の彼がどうやって婚約者に認められたのか?


答えは簡単。

レグウィフの武功を見たアルトンが、戦後に彼に叙爵を決定したためだ。

つまり、レグウィフは戦争を生き延びれば貴族となれる。

そして婚約者であるイシリアと婚姻が叶うことになっていた。


しかし馴れ初めは聞いていない。

純朴なレグウィフが、気難しいイシリアの気を惹いた過程は聞きたいのだが。

あいにく戦時……そのような余裕はない。


「よし、帰ったらまずは水浴びをしようか。明日までに臭いが落ちてるといいけどなぁ……」


戦場にいることを忘れているかのようだ。

レグウィフの精神の硬さは軍の支柱となる。

いつも安定した健全、気配りを兼ね備えている。


つい先日、ロマナとヴァレリアを失ったばかりだというのに。

何ら表情や態度に変化を起こさない。

まったく変わらない。


 ***


あれはそう、私が死ぬ一週間ほど前のことだ。

私が死ぬとほぼ同時にアルトンが戦死し、公国の敗北が決定した。

そして神に導かれて過去に戻るという形になるわけだが……敗北の一週間前、奇怪な報せが舞い込んだことを覚えている。


『帝国の砦が壊滅した』


おかしい。

その砦には攻め入ることができず、二の足を踏んでいたのだ。

前線の押し上げを阻止する難攻不落の砦。

私もほとほと困り果てていた。


目の上のたんこぶが突如として消えた。

いったい何が起きたのか。

私は己が目で真実を見極めるべく、件の砦へ馬を走らせた。




砦は噂どおり、壊滅している。

風に血のにおいが混じり吐き気を催す。

内臓をぶちまけた死体が散乱しているので、口元を布で覆って砦に入った。


そこに生者の鼓動はない。

さながら死神が通った跡のようだ。

公国軍には念のため立ち入りを禁止している。

私が何があったのかを確かめなくてはならない。


……内紛だろうか。

だとしても、ここまで死人が出るのは不自然。


馬を入り口で待機させ、砦の内側に入る。

灰色の壁に血が絵具のように飛んでいた。

どれだけの多くの者がここで命を散らしたのか。


本能が継承を鳴らし続けている。

警戒していたおかげか、私は人影に気づくことができた。

二階へ上がった瞬間、立ち止まったのだ。


――"…………そこで何をしている"


「……? ああ、君か。こんなところで何を?」


――"言葉をそのまま返そう。レグウィフ、君には休養を命じていたはずだが"


返り血どころではない。

被り血、と形容すべきだろうか。

笑顔の戦鬼が佇んでいた。


「どうしても我慢ならなくて。軍が攻め落とせないのなら、個人で攻め落とせばいい。一人なら警戒されづらいだろうし。時には寡兵が衆兵に勝ることもある。……バッハ先生に習っただろう?」


ただ一人で……砦を落としたというのか?

私はレグウィフを評価しているつもりだった。

だが、それでもなお過小評価だったようだ。


――"見事な活躍だ。しかし命じた覚えはない"


「……悪かった。でも気持ちよかったよ。そういう意味では休養になった」


――"気持ちよかった?"


「ひとり残らず殺したよ。こんなに爽快なら君も誘えばよかったかな?」


咄嗟に身構えた。

薄々感じていた疑念。

信頼の表層を突き破って漏れ出た恐怖。


――"人を殺すことに快感でも感じているのか"


「いや、酷いな。僕を殺人鬼みたいに。僕は帝国貴族を殺すことが好きなだけだよ」


レグウィフはかぶりを振った。

だが、その返答は否定になっていない。

だって、


――"帝国兵がみんな争いを望んでいるわけじゃない。悪いのはネトバス皇子だと……そう語ったのはレグウィフだろう"


「正確に言えば……ネトバス皇子と、それに連なる貴族かな。平民と貴族は違う生き物なんだよ。平民の兵を必死に戦わせて、安全な場所から見物しているのが悪辣な貴族だ。この砦だって、まず前線に出てきたのは平民の兵ばかりだった。ウラクスで見た帝国貴族はほとんど出てこなかったよ」


レグウィフの言葉を咀嚼する。

彼の論理はどうなっている?

いや、論理ではない。

……倫理だ。


「でも虫の巣を掘り返すみたいに、奥まで進むと大物が出て来たんだ。見慣れた顔があった。僕をよく使い走りにしていた帝国貴族の顔が。久しぶりです、と軽く挨拶をした。それから首を撫で斬ってやった。素直に気持ちよかったね」


――"貴族を、恨んでいるのか"


「うん。普段は偉そうに振る舞っている貴族が、死に直面して泣き叫ぶのは面白いだろ? 溜まった鬱憤を晴らしてやり返す……そんな展開、誰だって好きだよね。僕も好きだよ」


頭の中に声が響く。

その声は全力で私に警告を告げている。


しかし、私は警告を無視した。

レグウィフを不気味に感じながらも、彼は私を襲わないという半ば確信に近いものがあったからだ。


「……ロマナやヴァレリアが殺されたんだ。そろそろ僕も精神を保つのが限界になってきたよ。どうしても帝国貴族を壊滅させないと気が済まない」


ロマナが裏切ったことは伝えていない。

ヴァレリアと共に帝国軍に殺されたことにした。

あの事実は……私だけが知っていれば十分だ。


――"私たちをも恨んでいるのか"


「あ、公国貴族は別だよ。僕の仲間はみんな命を張って戦っている。だから僕も大切な彼らを守るために全力を尽くす。もちろん君も守りたい」


――"重畳だ。さあ、帰ろう"


「そうだね。もうここに敵はいない。留まる理由もないだろう」


獅子を飼っている気分だった。

猫のように従順なのに、いざ牙を剥くと恐ろしい。

私の喉元が噛み千切られないことを願う。


切に願いながら、血まみれのレグウィフを撫でた。

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