10. 不和(ヴァレリア視点)
◇◇ヴァレリア視点◇◇
ウラクス騎士学園に入学してから一月。
光陰矢の如し、油断していると月日は瞬く間に過ぎていく。
あたしは覚悟を持ってここに入学した。
次期サナパガの民の当主として、立派な教育を受けるために。
だが、現実とは意外とくだらないもの。
騎士になるための武術・魔術を学ぶための養成機関……そう聞いていたが、実際は貴族連中の社交場と化している。
柔な貴族がたむろし、遊び呆ける環境だ。
いっそ潰れてしまえばいい。
ウラクスは公国の腫瘍と言っても過言ではない。
ここがある限り、騎士階級を貴族が独占する現状は変わらんだろう。
「講義を終了する。さて、月末が近づいてきた。もうすぐ生徒対抗の武術大会が始まる」
アイゼンバッハ先生が講義の終わり際に告げた。
そう……武術大会!
あたしの唯一の楽しみだ。
新入生の実力がどの程度のものか。
それを見極めるため、初月には新入生同士が戦う武術大会が開かれる。
「皆、無理はするな。他の先生から聞いたが、例年のように無茶をして大けがする生徒がいるそうだ。誇り高いのは結構だが、戦えない体になってしまっては元も子もない」
先生は忠告する。
あたしは……そうだな。
自分がけがすることよりも、相手をけがさせないことに注意すべきだ。
軟派な貴族どもを一蹴し、実力を知らしめてやる。
サナパガの民の代表、ここに在り……とな。
特にサナパガの民を舐め腐った帝国貴族には見せつけてやらねばならん。
戦闘技能には自信がある。
ろくに実戦経験すら積んだことのない放蕩貴族ばかりだろう、ここは。
戦だけがあたしの魂を震わせる。
そう、本物の戦いだけがな……!
負けはしない、絶対に!
***
「ううむ……うーーーむ!!」
……うるさいな。
さっきから鍛錬場の隅でうなる男がいる。
これでは鍛錬に集中できないじゃないか。
あたしは剣を振るう腕を止め、男に話しかけた。
「レオン、さっきからうるさいぞ。何をうなってるんだ?」
男の名はレオン・アルミルブ。
あたしと同じ煌羽の生徒だ。
中肉中背、茶色い髪と緑色の瞳。
端正な顔立ちで、いつも緊張感のある絶妙な表情をしている。
大商人の息子だそうだ。
爵位はないが、実質的に貴族みたいなものだろう。
「おお、ヴァレリア! そうだ、お前の手をひょろりと借りようか、そうしよう!」
「な、なんだ……? 厄介事ならよしてくれ」
「月末に武術大会があるのは知っているだろう? それで一部の貴族から、もぞっと根回しを要求されたんだが……」
「もぞっと……? お前、たまに意味のわからない擬音を使うよな……というか根回しってなんだ?」
レオンは周囲を見渡す。
それから他の生徒の耳に入らないよう、こっそりとあたしに耳打ちした。
「不正だよ、不正。検査に引っ掛からない強化用の魔道具とか、訓練用の剣に偽装できる魔剣とか。アルミルブ商会に融通してほしいって相談を受けてるんだ」
「なっ……!?」
そんな馬鹿げたことが……!?
貴族が意地汚い生き物だということは知っていたが、そこまで性根が腐っていたとはな。
統治者ながらに匹夫の勇……度し難い!
「それで、お前は不正に協力するのか?」
「それなんだよなぁ……商人として金は欲しいし、貴族とのつながりもがっつり作っておきたい。特に帝国貴族と縁を結べれば、俺としては万々歳なんだけど。ただ、一方で商人には信用も大事。不正が露呈すれば、アルミルブ商会の信用はバコンと地に落ちる……」
「不正に手を貸すっていうなら、あたしが告発するぞ」
「んなぁ!? そんなこと言われたら、断るしかないじゃないか……! ああ、俺に舞い降りた商機が消えていく……」
レオンは膝から崩れ落ち、泣きの演技を始めた。
当たり前だろう。
神聖なる戦に対して不正など許されるはずもない。
「ついでだ。不正を行おうとした貴族の名を教えろ。あたしが全力でしばいてやる」
「い、いや……それだけはできん! 顧客の情報を売るなど、商人にあるまじき愚行! 今回の商談は見送るとしようか……はぁ……」
生意気な貴族どもが。
あたしが真正面から叩き潰してやる。
***
いつもどおり講義を終える。
やはりアイゼンバッハ先生の講義は良い。
目的がわかりやすく、論理立った説明をしてくれる。
戦で勝つにはどうすればいいか。
強くなるためには何をすべきか。
漠然としていた道筋が、輪郭を帯びて明瞭なものになっていく。
さて……今日も午後は鍛錬だ。
武術大会に向け、より己の技に磨きをかけなくては。
そう思い、席を立った瞬間のことだ。
不快な音色が聞こえてきたのは。
「平民。道を開けろ」
教室の廊下で堂々と。
先生や他の生徒がいる状況で、平民のレグウィフ・エラードに敵意を向ける者がいた。
奴の名はトリスタン・アイニコルグ。
それなりに規模の大きい辺境伯の令息だという。
気障な印象をこれでもかと与える長めの金髪。
切れ長の青い瞳は、露骨に嫌悪の意識を湛えてレグウィフを見下していた。
トリスタンの刺々しい言葉を受けたレグウィフは慌てて脇に逸れる。
「す、すみません……トリスタン様」
「ふん……平民ごときが私の名を呼ぶな。高貴なるわが名が汚れるではないか」
――我慢ならん。
これだから貴族は嫌いなんだ。
おおかた武術大会でレオンに不正を頼んだのも、トリスタンのような輩なのだろう。
殴り合うなら正々堂々と殴り合え。
奴の高慢な態度は腹に据えかねる。
ここはひとつ、あたしが喝を入れてやるか。
そう思い、勇み足でトリスタンとレグウィフの下に向かったのだが……。
「トリスタン。それが同じ学級の仲間に向けた態度ですか?」
あたしよりも先にトリスタンを咎める者があった。
セフィマ伯爵令嬢イシリア。
絹のような白い長髪に、紫紺の瞳を持つ令嬢だ。
イシリアはいつも教室で独り静かに過ごしている。
驚いたな……他人に無関心な彼女が仲裁に入るとは。
いや、これは仲裁というよりは……アレか?
――喧嘩か!?
一方的な攻撃は嫌いだが、喧嘩は好きだぞ。
「ほう、なんだイシリア。私に文句があるのか? 私は貴族として、無礼な平民に躾を施してやろうと思っただけなのだが?」
「いいですか? このウラクス騎士学園では、身分の差はないことになっています。これから三年間を共にする同志に対して、そのような罵言は看過できませんね。あなた一人のせいで学級全体の調和が乱れることになるのですから」
どちらも退く気はない。
トリスタンとイシリア、互いに誇り高い性格だ。
要するに喧嘩腰で、あたしの大好きな殴り合いが見られるかと期待して足を止めた。
「あ、あの……セフィマ伯爵令嬢。僕はトリスタン様のことを気にしていないし、そこまで怒らなくても……」
「なんだと? 私は視界に入らない塵芥だと? レグバフ・エラード……ずいぶんと偉い身分になったものだな?」
「彼の名前はレグウィフです。人の名前もろくに覚えられないなど、貴族として恥ずかしいですね。知性を欠片も感じられません」
困惑するレグウィフ。
より敵意を激化させていくトリスタンとイシリア。
これは……面白いことになってきたな!
「二人とも、そこまでだ。レグウィフが困っているだろう」
……しかし、私の興奮に冷水が浴びせられる。
仲裁に入ったアルトンのせいで。
アイゼンバッハ先生すら状況を静観していたというのに……とんだお人好しだ。
まあ、学級が崩壊するよりはマシか。
「トリスタン。最近のお前の態度は目に余る。貴族は民に支えてもらう代わりに、民を庇護するものだ。見下す対象ではない。平民の愛人に裏切られて落ち込んでいるのはわかるが、そもそもお前の浮気から始まったことだろう?」
「はっ……どうだか。アルトン、君こそ人を見下すきらいがあるんじゃないか? まるで蛆虫でも見るかのように、一部の人間をないがしろにする。君だけは『人の権利云々』を語る権利はないと思うが?」
今度はアルトンに敵意を向けたトリスタン。
本当に傲慢だな、あいつは。
その一方でレグウィフはイシリアに手を引かれて教室から抜け出していた。
……意外な側面もあるものだな。
せいぜい夜会程度の付き合いしかないが、イシリアはもっと冷たい性格だと思っていた。
他人に関心を寄せず、自分の道だけを邁進するような性格だと。
とりあえず不和の元凶となりそうなのはトリスタンか。
あたしも奴には注意しておかねば。




