1-8
「……?」
「らなさん、どうしましたか?」
妙な視線を感じて、私は振り返る。
あの霊園に行ってから、なにかと妙な視線を感じる。もしかして、シェリルさんが言っていた、死霊系の魔物ってやつか? でも、それなら、シェリルさんが気付いていないのが、不思議だ。
いや、もしかしたら、心配かけないように気づかないふりをしているのかもしれない。一応確認だけとっておくか。
「シェリルさん、何も感じなかった?」
「え? 何もと言うと? えっと……、私には何も感じませんが……」
シェリルさんは目を閉じ、すぐに開き、首を振る。
「はい……。私も死霊系の魔物の気配を心配はしていたのですが、今は何も感じませんね
それに、この世界では死界の門の影響は、そこまで大きくないみたいで、死界の門の気配は何度か感じましたが、私の住む世界と違い、この世界には、魂が留まることが珍しくはないみたいですね」
「それって、幽霊とかは普通にいるってこと?」
「はい。特に悪霊化や魔物化するわけではなく、未練があってとどまっていることが多い気がしますね。
とはいえ、このまま放っておくと、悪霊化はしそうですけどね」
「そうなった場合はどうなるの?」
「もし、何も対処されていないのであれば、この世界にも、死霊系の魔物が溢れかえっていると思います。
おそらくですが、誰かが退治しているか、死界の門が強制的に引きずり込んでいるのかもしれません」
「引きずり込むって、死界の門は意思でも持っているの?」
「えっ!? あ、そ、そんなわけないじゃないですか!?
死界の門は、あくまで死界と現世をつなぐものであって、生物ではありませんから……」
ふむ……。
生物ではなさそうだけど、意思がないとは言い切れないみたいだね。
まぁ、私が直接かかわることもないだろうから、深く追求しないでいいだろうね。
とはいえ、死霊系の魔物じゃない以上、なにかがこっちを観察しているのは確かだろうね。
この妙な視線を感じるたのは、霊園に行った後からだから、シェリルさんが狙いなんだとは、思う。
うーん。ここは、当の本人に話を聞いたほうがいいかな?
私はシェリルさんを家まで送り届け、一人、人気のない路地に向かう。
相手がシェリルさんを監視しているだけならば、私に対し敵意のこもった視線送ってくる必要はないだろう。その証拠に、今も視線を感じる。
そういうことね。最初から、私が狙いか……。
気付かないふりをしてしばらく歩いていると、周りの風景が赤く歪み始める。
「……赤い……霧?」
赤い霧なんて自然現象、現実世界では聞いたこともない。漫画やゲームではよく聞くけどね。しかも、この臭い……、血の臭いか?
そう思って立ち止まってキョロキョロしていると、どこからともかく声がする。
「ふふふ……。この霧が不思議?
わかっていると思うけど、この赤い霧は、お前を逃がさないためのものだよ」
やっぱり、ターゲットは私だったか……。
しかし、聞いたことのない女の声だ。
「誰だ?」
「ふふふ……。お前のような誘拐犯に名乗る名などないよ」
赤い霧で視界は悪いけど、声がしたほうを見て見ると、若い女の影が近づいてくる。
「お前がシェリル様を誘拐した奴だな。
さっきもシェリル様の手を引き、アジトに連れて帰っていたし……
今日も一日見ていたけど、悪の組織の教育機関に閉じ込めて、洗脳するつもりだな?」
現れたのは、白いヘアバンドをつけた、赤い髪の毛、赤い目をした、私たちと同じ歳くらいの女だ。
しかし、想像力が豊かなやつだな……。
アジトに教育機関、それに洗脳って……。
ともかく、話を聞かないことには何も進展はしなさそうだね。
「事情も知らないくせに、人を犯罪者呼ばわりするのは、止めてほしいものだね。
まぁ、いいや。あんた、シェリルさんの関係者?」
私がそう聞くと、女は激昂する。
「貴様ごときが、シェリル様の名を軽々しく呼ぶな!!」
「そうやって怒るってことは、シェリルさんの関係者で間違いないみたいだね」
こいつにとって、シェリルさんは次期魔王なわけだし、名前を呼ぶだけでも不敬になるんだろうか?
いや、でも、こいつもシェリル様って、名前で呼んでるよな……。
「あんたが何者かは知らないけど、話が聞きたい。話はできるかな?」
「誘拐犯と、話すことなどない!!」
女は、いきなり殴りかかってくる。
ふむ……。なかなかの速さだね。まぁ、受け止めることも可能だけど。
私が女の拳をつかむ。拳をつかまれた女は、驚いたみたいだ。
「いきなり攻撃してくるなんてさ……。ちょっと落ち着こうよ。
もう一度聞くけど、話し合いは可能かな?」
「なっ!? りゅ、龍姫さんから、この世界の人間の力は非力だと聞いていたのに、私のパンチを受け止めるなんて!?」
「いや、だから、人の話を聞け……」
話を聞かないやつだなー。
しかし、新たな名前が出てきたな。
龍姫さん……か。
こいつが「さん」付けしているということは、上司か何かなんだろうか?
こいつバカそうだから、もう少し脅せばなにか情報でも吐いてくれるかな?
私は拳を握る力を徐々に強くする。
「……っ、い……」
「い?」
「痛い痛い痛い痛い!!!」
女は突然叫びだす。いや、確かに力は込めているけど、握りつぶす勢いじゃない。まだまだ、序の口なんだけどな。
「こ、この馬鹿力、放せ!!」
「放せって言われて、素直に放すバカがいると思う?
もう一回言うけどさ、とりあえず、話を聞く気にならない?」
「ぐっ……」
女は涙目で、私の問いに首を縦に振る。
やっぱり、人に話を強制的に聞こうと思ったら、脅すのが一番だな……。
私はこぶしを握る力を少し緩めた。しかし、それが間違いだった。
女は、私の手を振り払い、赤い霧を手のひらから発生させる。
「お、覚えていろ!! 今回は油断しただけだ。絶対にシェリル様は返してもらうぞ!!」
「あ、まて!? そもそも、シェリルさ……。き、消えた……?」
霧が晴れると、女はすでにいなかった。
「全く、何だったんだ?
話は聞かないし、いきなり逃げるし……。
まぁ、あの女のことは、シェリルさんに聞けばいいだろう。
シェリルさんに敬称をつけていたってことは、シェリルさんの敵ではないだろうし……」
私は、シェリルさんに話を聞くために、田所の爺さんの家を訪ね、女の特徴を話してみた。
「あぁ、らなさんが話してくれた特徴の人は、アスティさんです。
アスティ=ルドルフ=シュタイン。
シンクレアの三大公爵家の一つで、吸血姫なんですよ」
「公爵家ねぇ……」
貴族の爵位に関しては、ラノベなんかで読んで知っているくらいだけど、吸血姫だったから、あの血の赤い霧を発生させることができたんだろう。
今回は、アイツがバカだったから、逃げる手段として赤い霧を使ってきたけど、戦闘で使われてたら、かなり戦いにくくなるだろうな。
「ところで、そのアスティってやつは、どうやってこの世界に来たんだろうね。気軽に来れるってわけじゃじゃないんでしょ?
やっぱり、公爵家だから、別の世界にも気軽に行けるの?」
「いえ、そんなことはありませんよ。
確かに、次元を超える転移魔法陣は存在しますが、シュタイン家にはないはずです。
それに単独の転移魔法を使うにしても、アスティさんは、魔法もあまり得意ではありませんし……」
確かに、頭は悪そうだったな……。
他に何か……あ!
「シェリルさんは、龍姫って名前の人物は、知ってる?」
「龍姫さんですか? もちろん、知っていますよ。
私の住む国シンクレアでは、大魔王である、お父様に仕える四天王が存在します。
その方々をシンクレア四天王と呼ぶのですが、その他に、私個人を慕ってくれる四天王というのが存在していまして、龍姫さんは、その四天王の筆頭をしてくれています。
あ、龍姫さんが絡んでいるのなら、アスティさんを送り込んできた。とも、言えないことはないですね。
龍姫さんは、魔法にも長けていますし」
つまり、その龍姫ってやつが送り込んできた……と?
ってことは、アイツは捨て駒かなんかなのかな?
「あ、ちなみにアスティさんも、私の四天王ですよ」
「え!? アイツ、めっちゃバカそうだったよ?」
衝撃の事実だ……。
あの女、かなりバカそうに見えたんだけど、あんなのが四天王なのか?
「シェリルさんも、何気に苦労してきたんだろうねぇ……」
「え? あ、アスティさんのことですか?
アスティさん、とてもいい子なんですよ。でも、考えるより行動が先にくる子なので……」
「あー、そんな感じはしたね」
シェリルさんと話をしていると、インターフォンが鳴る。誰かが来たみたいだ。
「はーい」
今は爺さんは出かけているようなので、シェリルさんが出る。一応、私もついていってみる。
玄関の扉を開けると、そこにはアスティが立っていた。
「え!? あ、アスティさん!?」
「シェリル様!! 貴女の騎士が助けにきました!!」
アスティは、シェリルさんの肩をつかむ。その表情は必死だ。
そして、シェリルさんの後ろにいる、私に気付いた。
「あ!? お前!?
こんなに早く決着をつけることになるとは!?」
「あ、アスティさん!? こ、この人は……」
アスティという女は、シェリルさんの声が届いていないのか、目が血走っている。
「シェリルさん……、こいつ……。
本当に人の話を聞かないよね……」
私は呆れながら、シェリルさんの肩を叩く。シェリルさんは、困ったように笑っていた。
「は……、はい……」




