1-7
シェリルさんが転校してきて、1カ月が経った。
元の世界で次期魔王と呼ばれていただけあり、コミュニティ能力は高いみたいで、たったひと月で、学校に……、いや、この世界に適応していた。
「田所さん、このクラスに馴染んちゃったね。鬼子母神さん、知ってる?」
「え? なにを?」
「私も聞いた話なんだけど、田所さんって、ファンクラブとかできているらしいよ」
「はぁ? ファンクラブ?」
ファンクラブって、漫画やドラマの世界だけの話だと思ってたんだけど、まさか身近な人のファンクラブの話を聞くと思わなかったよ。
そんな話を、田中さんと話していると、シェリルさんが近づいてくる。
「お二人とも、何の話をしていたんですか?」
「あぁ、シェリルさんのファンクラブの話」
「えぇ!?」
ファンクラブって話を聞いて、シェリルさんは顔を真っ赤にする。ここで一つ疑問を感じた。
「シェリルさん、自分の世界では、次期魔王だったんだよね。しかもその顔でしょ? 向こうでも、ファンクラブとかあったんじゃないの?」
「あぁ、シェリルさんは、異世界から来たって言ってたもんね」
実は、このクラスメイトには、シェリルさんが異世界から来たことは話している。
普通は、こんな話、信じないだろうと思うんだけど、シェリルさんの髪の毛は、まるで染めたみたいに真っ赤だ。そこまで赤い髪は、現実世界ではそうはいないと思う。
それでも信じないやつらがいたんだけど、シェリルさんに魔法で炎を出してもらい、浮遊魔法を使ってもらい、ちょっと浮いてもらって信じてもらった。
ここまでして信じさせたのは、どこかでもボロを出すよりは、最初っから知ってもらっているほうが良いと、爺さんから言われていたからだ。
「私のファンクラブというのは聞いたことはありませんね。そもそも、私は次期魔王と言うだけで、表舞台には、あまり顔は出していませんから」
「え? 次期魔王ということは、田所さんって、お姫様ってことだよね? それなのに、人前には出ていないの?」
「はい。私の世界の他の国のことはよくわかりませんが、私の住んでいた国では、王や王直属の四天王しか、表舞台に立つことはありません。
特に、現魔王のお父様には、特別な使命もありますから、おいそれと表舞台に立つわけにもいかないのです」
「特別な使命? あ、ごめん。別世界とはいえ、簡単にいうことはできないよね」
私がそう言うと、シェリルさんは少し困った顔をしていた。
「いえ、実際は関係がないとは言えないのですが……。
あ、そういえば、昨日のニュース観ましたか?
連続されているお墓荒らしの現場、この近くじゃありませんか?」
「あぁ、そういえばそうだね」
シェリルさん、露骨に話題を変えたな……。
そこをツッコむことは止めておこう。
今、シェリルさんが言っていたニュースなんだけど、最近、全国の霊園のお墓が荒らされているそうだ。
迷惑動画を作るために、墓を荒していると思っているんだけど、そういった動画が流行っているなんて聞いたことがない。
「でも、お墓を荒している人たちって、祟りとか怖くないのかな?」
「あぁ、後先を考えないバカがやることだから、気にしていないんでしょ」
そもそも、そんなことを考えられる頭があれば、やって良いことと、悪いことの区別くらいはつくはずだ。
私と田中さんとは別に、シェリルさんは、別のことが気になったようだ。
「え? この世界では、死者の魂は、死界に行かないんですか? 祟るということは、その場にとどまるのですか?
うーん。世界が違うので、私の世界とは勝手が違うのでしょうか?」
「死界?
初めて聞くけど、こっちの世界の天国と地獄とは、また違うの?」
「天国と地獄ですか。そういえば、最近読んだ本に書いてありましたね。
私もこの世界に来て、宗教というものに触れましたが、私の世界には、宗教の概念がないんです。一般的に、死者は、死界の門をくぐり、死界に逝くことになります。
仮に死界に逝けなかった魂は、魔物へと変質してしまいます」
魔物への変質という言葉も気になるけど、その死界というのは、どういう物なのだろう?
「この世界では、死後の世界というのを信じない人もいるんだけど、シェリルさんの世界の人たちは、死界というものを信じているの?」
「そうですね。私の世界では、死界を信じているのが、一般常識となりますね。なにせ、死界の門が普通に見えますからね。その、死界の門を管理しているのが……あ、これは機密事項でした。忘れてください」
「え? あ、うん」
なるほど。シェリルさんのお父さんは、死界の門とやらを管理しているんだろうな。きっと、それが特別な使命ってやつなんだろうな……。
まぁ、別の世界の機密事項を聞いたところで、私にはどうすることもできないしね。
それに、私たちが知らないだけで、この世界の人たちも、死ねば死界に逝くかもしれないし……。
「それで、話は戻りますが、田中さんの言うような、祟るということはないと思います。そもそも、死界に逝けない魂は、魔物へと変わりますし……。お二人は、死霊系の魔物というのは聞いたことがありますか?」
「そういえば、さっき魔物への変質と言っていたね。
死霊系と言えば、ゲームか小説なんかの知識で悪いけど、ゾンビやスケルトンのことかな?」
「はい。そのとおりです。やはり、この世界でも、その場にとどまってしまった魂は、死霊系の魔物になってしまうのですね……」
うん?
私が話したのは、あくまで漫画やゲーム、いわゆる、ファンタジーの世界の話だ。
「いや、この世界には、死霊系の魔物……、そもそも魔物というのが存在していないよ」
「えぇ!? 魔物もいないなんて……。本当にこの世界は、不思議だけど、平和な世界ですね」
確かに、漫画やゲームに出てくる魔物が蔓延っているのであれば、危険な世界と言えるだろう。
まぁ、私たちの知らないところで、魔物なんかがいて、退治されているのかもしれないけどね。
「魔物とかはよくわかんないけど、この近所でも、荒されたお墓があるらしいよ」
「そうなのですか? 今日の放課後、行ってみませんか?」
お父さんが、死界の門を管理しているから、やはりお墓とかそういうのが気になってしまうのかな?
私たちは放課後に、荒されたというお墓のある霊園に向かった。
まぁ、行くのは、私とシェリルさんだけだと思っていたんだけど、田中さんもついてきている。
「田中さん。興味本位でついてきたみたいだけど、こういうのに興味があるの?」
「怖いのは好きじゃないよ。でも、荒された霊園の近くって、風景が良いの。私、美術部だから、よく絵を描きに行くんだよ」
「じゃあ、心配しているのは、風景の方?」
「それもあるけど、荒されたって聞いて、ちょっと気になってね。
それに、一人で行くのは怖いけど、お墓を荒すような人がいるかもしれないけど、鬼子母神さんがいれば、怖くないからね」
うーん。
まぁ、頼りにされているのは悪い気はしないけど、それは私が凶暴だと言っているようなものなのでは?
しばらく談笑しながら霊園に向かっていると、前から顔見知りの男が歩いてくる。
「ひっ……」
田中さんは、男の姿を見て後ずさる。
まぁ、田中さんは普通の女の子だ。学校でも有名なアイツのことを見たら、怯えても仕方がない。
男の名前は、【橘敬】
私たちの一個上の先輩で、喧嘩っ早い性格で、狂犬と呼ばれ、恐れられている。
まぁ、私にとっては、ただのバカなんだけど。
狂犬は、私にも何度か、喧嘩を売ってきたことがあるのだが、その度に返り討ちにしている。
「よぅ、狂犬!」
「あ、悪魔のネコミミ……、お前、こんなところで何してんだよ」
「なにって、散歩?」
「はぁ? お前が散歩なんてするたまかよ。獲物でも探してんのかと思ったぞ」
「獲物って、人をなんだと思ってるんだよ」
私は売られた喧嘩には、喧嘩を売ってきたことを後悔させるほどに傷めつけはするけど、自分からは喧嘩を売ることはない。そもそも、シェリルさんと田中さんが一緒なのに、喧嘩なんてするわけない。
「この先に霊園があるだろ? あそこのお墓が荒らされたらしいじゃん。それを見に行こうと思ってね」
「あぁ、今はやめておいた方が良いと思うぜ」
「うん? あんたも霊とか怖いの?」
「あぁ? 別に怖くはねぇよ。ただ、少し嫌な予感がするんだよ。俺の嫌な予感というのは、当たりやすいんだ」
「その割には、私に喧嘩を売ってきたけどね。嫌な予感はしなかったの?」
「お前のその姿を見て、まず警戒しねぇよ。後輩が、ギャーギャーいうから、ちょっと怖がらせようと思っただけだ」
「その結果が、逆にボコボコだもんね」
「うっせぇよ」
私と狂犬が言いあっていると、シェリルさんが狂犬の前に立った。
狂犬、シェリルさんに見惚れないだろうな……と思っていたのだが、狂犬は少し後ずさる。
「な、なんだ? この女、妙な迫力? いや、気迫? 違う。なんか知らねぇけど、凄い何かを感じるぞ……」
「え? 狂犬さんも魔力を感じることができるんですか?」
「魔力? なんだそりゃ? ゲームのし過ぎか何かか?」
まぁ、普通はそう思うよね。
狂犬は、シェリルさんが別世界から来たことは知らない。それなのに、何かを感じることはできるんだな。
「あの、狂犬さん。霊園に嫌な予感を感じるというのは、どういうことでしょうか? 何を感じていらっしゃるんですか?」
「あぁ? なんて言ったらいいんだろうな。背中が凍り付くというか、空気が重いというか……」
背中が凍り付く?
それって、ただ怖がっているだけじゃないの?
「なるほど……。らなさん、今日は、いえ、しばらくは、霊園には近づかないほうがいいかもしれませんね」
「うん? 何か気になることがあった?」
「はい。私の取り越し苦労ならいいのですが、死界に逝けずに、留まり続けた魂は、やがて死霊系の魔物の核に変貌します。その時に感じる死の気配が、背中が凍り付くような感覚と、その場が負の魔力により汚染されていく。魔力を持つ人間には重く感じるかもしれません」
シェリルさんにその話を聞いた直後、私は霊園の方から、なにか嫌な気配を感じた。他に反応したのは、シェリルさん……。そして、狂犬や田中さんも霊園をじっと見ている。
「お、おい……。なんか、ヤバくないか?」
「そうだね……。今すぐにどうにかなるとは思えないけど、得体のしれない何かが生まれようとしているね」
自分で言っていても、何を言っているのだろう? と思う。
しかし、シェリルさんが困ったようにこうつぶやく。
「死霊系の魔物が、生まれるかもしれません。
さっきのらなさんたちの話を聞く限り、魔物と戦える人はいないみたいですね。私がしばらく警戒しておきます。
ですから、しばらくは、この霊園には、近づかないほうが良いと思います」
確かに、魔物のいる世界から来たシェリルさん。
逆に私たちの世界に魔物はいない。そう考えたら、危険なのかもしれない。
でも、だからと言って、シェリルさんを一人で行かせるわけにはいかない。
「狂犬、今日からしばらく霊園に泊まり込めよ」
「なんでだよ」
「怖いのか?」
私がそう言うと、狂犬はジッと霊園を見つめて、ため息を吐く。
「わかったよ。
泊まり込みまではしねぇけど、数日間通ってやるよ。
ヤバくなったら、そっちの赤毛に言えばいいのか?」
「はい……」
「いや、私に言ってくれ」
シェリルさんが答えると同時に、私もそう答える。
「シェリルさんには、私から伝える。だから、狂犬、私に言ってくれ」
狂犬は、シェリルさんをチラっと見て、ため息を吐く。
「あぁ、悪魔のネコミミ、お前に伝えるよ……」
ふーん。なかなかちゃんと周りが見えてるじゃんか。
シェリルさんは、自分が戦うと言っていたけど、かすかに震えていた。
魔王の娘で次期魔王とは言え、シェリルさんはまだ16歳の女の子だ。魔物が怖くても仕方ない……。
私?
死霊系の魔物かなんかは知らんけど、結局は、死んでるか生きてるかだけの違いでしょ?




