キスマーク
「信じてほしいでちゅ。主は、二度と優樹君の前には現れないって」
「じゃあ、ヒョーの素顔の写真を見せてよ。そうしたら、信じる」
「う……それは……優樹君、意外と意地悪でちゅね」
不意にネズ子は、僕のネクタイを引っ張る。
「放せ!」
振り払おうとした途端、ネズ子はネズミの姿になった。
そのまま、僕のネクタイを伝って頭の上に登り下駄箱の上にジャンプ。
「逃がすか!」
樒が咄嗟に猫を下駄箱の上に投げて追わせたが、すでに手遅れ。
虚しく降りてきた猫を樒は抱き上げる。
「今日はもう無理ね」
「そうだね」
ネズ子に逃げられた後、僕と樒は別れてそれぞれの教室へ向かった。
それにしても、普段は遅刻ギリギリで来るから知らなかったけど、こんな時間に学校へ来ている人も少なくはないんだな。
ほとんど、運動部の朝練のようだが……
「おはよう」
教室に入ると、先に二人の生徒が来ていた。
渡辺君と、女子生徒の司馬さんだ。
僕が入った時、渡辺君はスマホを操作していて、司馬さんは窓際の席でノートパソコンに何かを打ち込んでいる。
二人ともゲーム中かな?
渡辺君がスマホを降ろして僕の方を向く。
「おはよう、社君。こんな早い時間に珍しいね」
「バイト先から直行したから」
「バイト先? ああ! 霊能者協会か。おや?」
渡辺君が怪訝な顔をする。
どうしたのだろう?
「社君。ネクタイが曲がっているよ」
「え?」
さっきネズ子に掴まれた時か。
「直して上げるよ」
渡辺君は、席を立って僕のネクタイに手をかけた。
「ありがとう」
不意に渡辺君は右を向く。
「司馬さん。勝手に僕たちの写真撮らないで」
見ると、司馬さんがいつの間にかスマホを構えていた。
「ええ! せっかく美少年二人のツーショットなのに」
「やめないと、君のペンネームをばらすよ」
「それだけは、ご勘弁を」
司馬さんはスマホをポケットに戻し、再び机についてパソコンを操作し始めた。
「ペンネームって? 司馬さんって、小説でも書いているの?」
「そうだよ」
「名前からして、歴史小説かな?」
「と、思うでしょ。彼女が書いているのはBL小説」
い!
「あれ? 社君。ネクタイの裏に……」
え?
「キスマークが」
なぬ!?
今まで、ネクタイに隠れていて気が付かなかったが、ワイシャツにキスマークがついていた。
誰がこんな……て、ヒョーしかいない。
なんちゅう事、してくれたんじゃ!
「え!? なに! なに! 渡辺君が、社君にキスマークを付けた」
いつの間にか、司馬さんが渡辺君の背後からのぞき込んでいる。
「司馬さん。悪質なデマを流したら……」
「はいはい! 分かってます。それより、そのキスマークどうしたの?」
「バイト先で会った、変な人に付けられたのだと思うけど……」
司馬さんがウエットテッシュで拭いてくれたが、全然落ちない。
「こりぁあ、ちゃんと洗濯しないとだめね」
しょうがない。まだ、時間もあるし近所のコンビニへ走って、ワイシャツを買ってこよう。
でも、お金足りるかな?
財布の中に現金はほとんどなかった。
ただ、昨日出かける前に母さんから渡されたパスモがあるが、いくら入金されているか分からない。
とりあえず、スマホで母さんに聞いてみるか。
『パスモなら、二万チャージしてあるけど』
良かった。
『それより、ワイシャツにキスマークって? 誰に付けられたの?』
え? やば! 母さん怒ってる。
『樒ちゃんなら、許すけど……』
「その……呪殺師に捕まった時に……」
手短に事情を話したところ……
『なんですって!』
コワ……
母さんがここまで怒るとは思わなかったな。
電話を切ってから、僕は昇降口を出た。
バイク置き場に向かって走る。
途中、職員用駐車場の近くを通った時、赤いオープンカーが入ってくるのが目に入った。
あれ? 運転しているのは、氷室先生。
ちょうどいい。お礼を言いにいこう。
でも、今行ったらキスマークを見られちゃうし……
いや、ネクタイに隠れて見えないよね。
今行かないと、職員室か教室じゃないと会えないし……
僕は駐車場に入って行った。




