大人の心得?
周囲を見回すと、僕を中心に二メートルほどの距離を置いて灰色のスライムが取り囲んでいた。
いつでも襲いかかれる状態で待機しているようだ。
まあ、襲いかかってきても無駄だけどね。
僕には、死神ロックさんからもらったお守りがあるのだから。
僕は首から銀色の鎖でぶら下げてある緑色の勾玉を握りしめた。
もう一度周囲を見回し、スライム包囲網の様子を確認する。
ん? ほぼリング状のスライムの輪が、一か所だけ内側にへこんでいるな。
そのへこみにはダンボール箱があり、スライムはダンボール箱を避けるように僕を取り囲んでいた。
なぜ、あのダンボール箱を避けるのだろう?
まあいいか。今の状態なら、ヒルコは自分が圧倒的に優位だと思っているのだろうな。
この状況を利用しない手はない。
「ヒルコさん。僕がおとなしく捕まらなかったら、このスライムが一斉に襲ってくるのですか?」
「そうさ。だけど、こんなネチョネチョしたキモいスライムに捕まるのは嫌だろう?」
いやいや、スライム使いのあんたが、スライムを『キモい』とか言っちゃうの。
「だから坊や。おとなしく捕まっちまいな」
「一つだけ教えてください。なんでこんな事をやるのですか?」
「それは言えないな。それを教えたら、坊やを殺さなきゃならなくなる。さっきも言ったが、俺は坊やに危害を加えたくはない」
ううむ、やはり冥土の土産は無理か。
「なるほど。よく分かりました」
そう言ってから、僕は退魔銃をショルダーホルスターに戻した。
「分かってくれたか。それじゃあ、おとなしく……」
「捕まりはしませんよ」
「なに?」
「ヒルコさん。僕はあなたが思っているほど性格はよくありません。僕はただ、あなたのほうが圧倒的に有利だと錯覚している間に、冥土の土産にいろんな事を教えてもらえるかな? と期待していただけですので、あえて抵抗しなかったのです」
「はあ? 錯覚? おいおい。まさか、この状況を覆せるとでも思っているのか?」
「思っていますよ。疑うなら、スライムの触手を僕に当ててみて下さい」
「良いのか? 『キモいから止めて』と言うなら、今のうちだぞ」
またキモいなんて言う。そりゃあ粘液まみれのスライムなんてキモいけど……ん?
「あのう、ヒルコさん。あなたまさか、スライムをキモいとか思っているのですか?」
「当たり前だろ。こんなキモいもん、仕事でなきゃ使わねえよ」
なんか……自分のことを、『キモい』と思っている人に使役されているスライムが可哀そうな……
「だがな坊や。どんなに嫌な事でも、仕事ならやらなきゃならないんだよ。それが大人ってものだ」
変なところで大人の心得を教えられちゃったよ。




