霊の気配
走り去っていく先生の姿を見ていた樒が、不意に僕の方を振り向く。
「優樹」
「な……なにか?」
「先生に、手を握られていたわよね」
見られていた!
「あ……握手だよ。握手」
「私が声をかけなければ、どうなっていたかしらね? 握手だけじゃ済まなかったかもよ」
「そ……そんな事はないよ」
「どうして言い切れるの?」
「だって……先生の事は僕の片思いだし……僕なんかに好きになられても先生は迷惑だし……」
「そう思っていたんだ」
「え?」
「まあ、いいわ。それより昨夜の報告よ」
「ああ、どうだったの?」
「結論から言って、霊は姿を現さなかったわ」
姿を現さなかった? それって……
「気配はあったって事?」
「そうよ。昨夜はあの後、メイインちゃんの部屋に泊めてもらったのだけど……」
「メイインちゃん? 誰?」
「ああ! 柳さんの事。下の名前は美しい音と書いて美音と読むんだって」
「ああ、そうなんだ。ミオンと読むのかと思っていた」
「若く見えたけど、彼女は今十九歳で医大生なのよね」
どうりで難しい本があると思ったら……
「私達の前で幽霊なんか怖くないと言っていたけど、本当は幽霊なんか信じないと言いたかったようね」
なるほど、僕達が霊能者だと聞いてそこは忖度していたわけか。
おそらく『医学を志す者が、幽霊なんて非科学的なものを信じてどうする!』と言いたいのだけど、本音はやはり怖いのだろうな。
「昨夜は食事の後、九時頃までメイインちゃんとお茶していたのだけど、その後メイインちゃんは勉強を始めて、私も結界用のお札を用意していたのよ」
その時にワイシャツを汚してしまったのか。
「私は十一時頃には布団に入ったのだけど、寝てる途中に気配で目を覚ましたの」
「それって何時頃?」
「二時頃ね。その時になっても、メイインちゃんは起きて勉強していたの」
偉いなあ、メイインちゃん。僕だったら絶対無理。
「霊の気配は、部屋の外からだったわ。部屋に入って来たら、九字を放ってやろうと待ち構えていたのだけど、一向に入ってくることはなかったわ」
「樒の方から見に行かなかったの?」
「私が部屋から出たら、メイインちゃんが怖がるからね。霊はそのまま部屋に入ってくることはなくて、周囲をぐるぐる回ってどっかへ行っちゃったわ」
「まるで、様子を探っているみたいだな」
「そう。まさにそんな感じ。今朝は彼女の部屋に結界を張っておいたから、今夜は大丈夫だと思うけど……」
しかし、なぜ霊は部屋に入らなかったのだろう?
まるで、樒を警戒しているみたいに……
待てよ。魔入さんが泊まっていたときに霊が現れなかったのも、霊が魔入さんを警戒していたからではないか?
魔入さんには、樒のように霊を払う能力はない。
しかし、テレビで有名になっている彼女なら、過大評価されているかもしれない。
そうだとすると……
僕はスマホを取り出して冬青さんに電話をかけた。
「朝早く失礼します。霊能者協会の社です。今夜アパートで僕が番をするのですが、その時に用意してほしい物が……」




