オバケなんか怖くない
「落ち着いて! 柳さん。オバケが出たのですか?」
冬青さんに『柳さん』と呼ばれた少女は、冬青さんに抱きつきそうな勢いで駆け寄ってきた。
かわいそうに、よほど怖い思いをしたようだな。
「あ……あの……その……いえ、私オバケなんて怖くないです。怖くないですからね」
本当は怖いのね。そんなに無理しなくても……
「分かりました。分かりましたから、部屋にオバケが出たのですか?」
冬青さんは三号室の扉を指差す。
そこには『柳 美音』と書かれた表札がかかっている。
「はい。いえ……私の部屋じゃなくて……隣の部屋から、物音と話声が聞こえてきて……空き室のはずなのに……」
え?
彼女が指差したのは四号室。
それじゃあ、その物音と話し声って……もしかしなくても……
四号室で霊視していた僕達が出した音……すんませんでした。
「ゴメンね、脅かしちゃって。それ私達だから」
「え?」
樒に言われた事を、彼女が理解するのに数秒を要した。
「あら、やだ。なあんだ。隣は空き室だと聞いていたから、てっきりオバケかと……いえ、怖くなんかないですよ。オバケなんか怖くないです」
怖いなら、無理しないで『怖い』と言えばいいのに……
何かプライドが邪魔して言えないのかな?
「柳さん。このお二人は……」
落ち着いたところで、冬青さんは僕達を紹介した。
「霊能者さん? じゃあオバケを追い払いに来てくれたのですか? あ! 別に怖くなんかないですよ。でも、追い払ってもらう事に、越したことはないし」
「次は柳さんの部屋を調べたいので、部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか? 男性が入るのが嫌でしたら、こちらの女性だけでも……」
「え? あ! いいですよ。見られて困るような物はないですし。まだ……」
お言葉に甘えて、部屋に入らせてもらった。
部屋に入ると、ダンボール箱がいくつか積み上がっている。
今日、引っ越してきたばかりらしい。
だから、まだ幽霊には会っていないんだな。
「見られて困るような物は、まだダンボールの中ですから」
蓋が開いている箱もあったが、そこから見えているのは本だけ。
中国語の本だが、使われている漢字は簡体字ではなくて繁体字。
台湾の人かな?
「本の箱しか開いていませんので、今なら男の人が入って来ても困りません。それより、オバケを追い出してくれた方が助かります」
「あのう……ここで幽霊が出る事は知っているのですよね?」
「ええ、知っているわよ。坊や」
坊やじゃないって。
「幽霊が出るのに、どうしてこのアパートを選んだのですか?」
「私はオバケなんか、怖くないからです」
いや、あきらかに怖がっているだろう。
「私は怖くないけど、私のお母さんがオバケを怖がるので『アパートを変えろ』としつこくメールしてくるのです。だから霊能者さんがオバケを追い払ってくれたら、お母さんも安心して、メールも来なくなって助かります」
そういう事にしておこう。
それから、樒と霊視して見たが、室内には悪霊はいなかった。
柳さんの三号室を調べた後、さらに二号室と一号室を調べたが霊などどこにもいなかった。
「霊がいないですって?」
報告を聞いて冬青さんは、絶望したような顔をする。
「冬青さん。落ち着いて下さい。僕は別に、あなたが嘘を言っているとは思っていません」
「しかし……」
「確かに、このアパートに地縛霊はついていません。しかし、多くの人が霊を目撃しているという事は、何かがあるはずです」
「何かとは?」
「いいですか。よく聞いて下さい。こういう所に現れる霊は、地縛霊が圧倒的に多いです。しかし、土地に縛られていない霊がまったくいないのじゃありません」
「え? そうなのですか?」
「実はこうしている間も……」
僕は空中の一点を指差した。
「そこを、子供の霊が通り過ぎているのです」
「え!?」
冬青さんは、僕の指差す先を見つめた。
そんな事したって、霊能者じゃないと見えないけどね。
「たいていは、無害な霊ですけどね。でもこうした浮遊霊なら、僕達がいる間はどこかへ行っていて、深夜に戻ってくる事もありえます」
「そうなのですか?」
「ええ。それに妙だと思ったのですよ。アパートにいる地縛霊は普通、決まった一部屋にしか現れません。ところが、ここに現れた霊はすべての部屋に現れている。変わった地縛霊だなと思いましたが、そもそもこの霊が土地に縛られていないのなら変でも何でもありません」
「なるほど。しかし、そうだとすると、どうすれば?」
僕は樒に目配せした。
「大丈夫よ。私はお泊まりセット用意してきたから」
準備が良い。
「僕と樒が、交代で空き部屋に泊まり込んで番をしようと思います。霊が現れたら、すかさず駆けつけて除霊という事で。そのために、空き部屋を使わせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんです。ぜひ、使って下さい」
「じゃあ、一日目は私が泊まるわね。明日は優樹が泊まるのよ」
「ああ」
話がまとまりかけた時、背後から声がかかった。
「あのう……」
振り向くと、そこにいたのは三号室の柳さん。
「どうしました?」
「今の話、聞いていたのですけど、あなた達泊まって行くのですか?」
「そうですけど……」
何か、不満でもあるのかな?
「それでしたら、私の部屋に泊まってください」
え?
「あ! 違うのです。幽霊が怖いからじゃないのです。ただ、霊能者の人が一緒にいてくれた方がお母さんが安心するというか……だから、決して、私が怖いから一緒にいてほしいわけでは……」
はいはい。怖いから一緒にいてほしいのね。
「樒。いいかい?」
「私はかまわないわよ。でも、今夜はいいけど明日は無理ね」
「そうだね。男の僕がいっしょに泊まるわけにはいかないし」
「そうね。いっしょに泊まったら、優樹が襲われかねないし」
「あのなあ、樒。僕は襲う方で、襲われる方じゃない」
「でも、あんたいつも襲われているじゃない。色情霊とか、呪殺師ヒョーとかに」
う……言われてみれば……
「それは特別な例。とにかく、明日は無理だという事を言っておいて」
「大丈夫。今夜中に、三号室には結界を張っておくから。悪霊だろうと、下着ドロだろうと入れないわ」
いや、結界で下着ドロは防げないだろう。




