画期的な悪霊対策?
冬青さんは、五号室のブザーを鳴らした。
「葦原さん。いらっしゃいますか?」
呼びかけても、中からはまったく反応がない。
「留守かな?」
冬青さんの言う通り、室内には誰もいないようだ。
もし中に人がいるとしたら、僕と樒には気配で分かる。
「ちょっと駐車場の様子を見てきます。ここで待っていてください」
冬青さんが離れた後、僕は樒に話しかけた。
「樒、この中から霊の気配とか感じる?」
能力的には僕より樒の方が強いので、僕に分からなくても樒には分かったかもしれないと思って聞いてみたのだが……
「ううん。この中からは、霊の気配なんて何も伝わって来ないわ」
「そうか」
「こういう時、ミクちゃんがいると便利よね。式神で部屋の中を探られるし」
「そうだね」
「それより、この葦原って人おかしくない?」
「え? どうして」
「今はちょうど五時よ。普通に働いている人なら、まだ帰ってくるには早いと思うけど」
「無職という事は?」
「いや、引っ越し費用は無くても、家賃は払っているのでしょ」
「そうだった。でも働く時間って、人によって違っていたりするし」
冬青さんが戻って来たのは、ちょうどその時。
「いや、お待たせしました。車がありませんでしたので、どうやら買い物に行っているようです」
「冬青さん。そもそも、この葦原さんという人は、仕事をしているのですか?」
「え? ああ! この時間にいるのはおかしいという事ですね。葦原さんは在宅で仕事をしている方なので、昼間でも家にいるのですよ」
ああ! そういう事か。
「ふうん。それは分かったけど、いくら引っ越し費用がないからといって、幽霊が毎晩出るような部屋に、よくいられるわね」
「その事ですが、葦原さんは画期的な悪霊対策を思いつきまして」
画期的な悪霊対策?
「幽霊が現れるのは、夜中の十時から翌朝三時までの間です。葦原さんはその時間だけこの部屋を出て、駐車場に止めてある車の中で寝ているのです」
「はあ? そんな方法で……?」
樒は懐疑的な顔で返事をした。
まあ、そうだろうな。
一般的に幽霊は夜になると現れると言われているが、昼はいないのか? というとそうではない。
幽霊は夜になると見えやすくなるが、昼間でもいる事はいるのだ。
地縛霊もたいていは無害だが、人の生気を吸ったりする有害な悪霊もいる。
そんな悪霊がいる部屋に、昼間は見えないからといって長時間いたら、気がつかない間に健康を害し、最悪死に至る事もありうるわけだ。
だから、幽霊が見える夜間だけ部屋を離れていれば安全なんて事はありえない。
しかし……
「入居者に無断で部屋に入る事はできませんので、この部屋を調べるのは後回しにして先に二階を調べましょう」
冬青さんにそう言われて、僕らは二階へと続く階段を登っていった。
途中で樒が僕に話しかける。
「葦原さんって人、本当に大丈夫だと思う?」
僕は首を横に振る。
「ここに悪霊がいるなら、霊の見えない昼間だけ滞在していても無事なはずはないよ」
本当に悪霊がいるのなら……
二階に登ると、まっすぐな通路に同じような五つの部屋が並んでいた。
どの部屋にも、玄関前には二つの盛り塩が置かれている。
ん? なんか違和感……
あれ?
「冬青さん。一階五号室の扉の前だけ、盛り塩が無かったような気がしますが……」
そう。さっき一階で葦原さんの部屋の前を見たときから、何か違和感があったのだが、あの部屋の入り口だけ盛り塩が置かれていなかった。
「ああ、その事ですか。なんだか分かりませんけど、葦原さんが盛り塩を嫌がったのですよ」
「なんで?」
「さあ? 古臭いとでも思ったのでは……まあ、あの人は画期的な悪霊対策をしているから、盛り塩は必要ないと思ったのでは」
いや絶対に良くないって……
見えないからと言って、その部屋に悪霊がいれば住民になんらかの悪影響があるはず。
とは言っても、こうして実際に見ても悪霊がどこにもいないんだよな。
いやいや、二階のどこかに隠れているかもしれないし……
二十分経過……
二階の五号室と四号室を調べたが、悪霊はいなかった。
いや、そもそもそんな悪質な悪霊がいるなら、建物の外からでも僕は気配を感じ取れる。
しかし、このアパート自体から悪霊の気配などまったく感知できない。
魔入さんは二日間いても、動物霊一ついなかったと言っていた。
魔入さんの霊能力は確かに低いが、彼女は泊まり込むときに撮影機材を持ち込み、二十四時間常時撮影していたらしい。
しかし、映像には何も映っていなかったという。
実際に悪霊なんかいなくて、すべて何かの見間違いなのでは?
しかし、それならなんで、こんなに多くの人が同じ霊を目撃しているのだ?
多くの人が、同じ見間違いをするだろうか?
いや、そもそも同じ霊だったのだろうか?
「では、三号室へ行きましょう。三号室は入居者がいますので、許可をもらってから入って下さい」
そう言って四号室の玄関へ向かう冬青さんに、僕は話しかけた。
「冬青さんも霊を見たのですよね? どんな姿でした? 太った女という以外に、何か有名人に似ているとか」
冬青さんは、扉の前でしばし考え込む。
「言われてみれば、あの女……どこかで見た顔だなとは……」
それを聞いて樒が言う。
「冬青さんが、過去に会った事のある人とか?」
「いえ……実際に会ったのではなく、テレビで見たような……」
そう言いながら、冬青さんは扉を開き僕達は通路へ出た。
最後に部屋を出た僕が扉を閉めた後、不意に隣の三号室の扉が開く。
中から出てきたのは、髪を三つ編みにして大きな眼鏡をかけた女の子。
年の頃は十七~八、身長は僕より……やや高い。
さっき聞いた三号室の住民かな?
女の子は周囲をキョロキョロ見回してから、僕達に気がつくと蒼白な顔をして歩み寄ってきて言った。
「お……大家さん」
大家さんって、冬青さんの事だと思うが……
「どうしました? 柳さん」
「お……オバケが……」
なに!? ついに出たか?




