あなべる荘
快晴の空の下、僕の原付バイクは浅川の堤防を走っていた。
ホルダーに固定したスマホのマップにチラッと目を走らせると、目的地まで三分と表示されている。
そのまま走り続けていると、ほどなくして白いアパートが見えてきた。
堤防の上にバイクを止めて、冬青さんからもらった写真を取り出す。
真っ白な二階建ての真新しいアパートと、写真に写っているアパートを見比べた。
アパートは、堤防から百メートルほど離れたところに建っているが、間にあるのは空き地ばかりなのでここからでもよく見える。
あれに間違いないかな? 冬青さんのアパート、あなべる荘は……
いや、間違いはない。
なぜなら、アパートの入り口付近に樒の赤いバイクが止まっているのが見えたからだ。
先に来ていたのか。
ん? よく見ると、樒本人もいた。
黒いスーツの男と立ち話をしているが、冬青さんかな?
いや、この距離だとはっきりとは見えないが、冬青さんではなさそうだ。
僕は再びバイクを走らせた。
堤防を降りて、アパートへつながる道に入った時、先行車がいる事に気がつく。
あれは冬青さんの軽自動車では?
軽自動車は右折してアパートの敷地へと入って行った。
敷地に入っていったという事は、冬青さんの車なのだろう。
少し遅れて僕もアパートの敷地に入り、邪魔にはなりそうにない場所にバイクを止めた。
待たせちゃ悪いと思って、フルフェイスのヘルメットをかぶったまま玄関へ向かうと冬青さんの声が聞こえてくる。
声の方へ歩いて行くと、建物の陰から冬青さんの姿が見えてきた。
その背後には樒が立ち、さっき樒と立ち話をしていた黒いスーツの男が僕に背を向ける形で立っている。
なんか近寄りにくいので、ここでしばらく様子を見ることにしよう。
「ですから、あなたにあなべる荘を売る気はありません」
「冬青さん、これは決して悪い話ではないのですよ」
どうやら、この男、あなべる荘を買い取ろうという気らしい。
しかし、樒とは何を話していたのだろう?
「相場の三割で売れという話の、どのあたりが悪い話ではないというのですか?」
こんな綺麗な新築アパートを相場の三割!?
不動産の事はあまり分からないが、かなり悪い話だな。
「ははは。そもそもあなべる荘が、今さら相場で売れるとでも思っているのですか? このアパートは、幽霊アパートという噂が広まっているのですよ」
なるほど。今回の幽霊話を聞きつけた同業者が、弱みに付け込んで安く買い取ろうという魂胆か。
悪質だな。
「ですから、これ以上傷が広がる前に、損切りされた方がいいと私は言っているのですよ。ねえ、悪い話ではないでしょう」
「おじさん、ちょっと聞いていい?」
冬青さんが答える前に、樒が話に割り込んできた。
「なんでしょうか? お嬢さん」
「おじさんは相場の三割で、このアパートを買い取ると言っているけどさ、そんなことしておじさんには利益あるの? いくら安くても、誰も借りてくれなきゃ儲からないでしょ」
「何かと思えばそんなこと。もちろん利益があるからこそ、買い取るのですよ」
「だからどうして利益が出るの? ここは幽霊アパートだっていう、悪い噂が広まっているのでしょ? 誰も入居しなかったら利益なんか出ないわよ」
「確かにこのままでは、三割どころか一割で買い取っても利益は出ません。しかし、わが烏頭不動産には、優秀な顧問霊能者がいます」
顧問霊能者? 顧問弁護士なら分かるが、霊能者にも企業の顧問とかやる人いるの?
聞いた事ないけど……




