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霊能者のお仕事  作者: 津嶋朋靖
事故物件3

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田中美咲(仮名)さんの場合

 田中(たなか)美咲(みさき)(仮名)さん二十五歳は大手商社に勤めているOL。


 今まで、両親と兄と一緒に暮らしていたが、今年から一人暮らしをする事になった。


 美咲が住むことになったのは、日野市内に建つ新築アパート。


 六畳の洋室とキッチンのみの一Kで、オートロックもない。


 それでも、駅からの近さは魅力的だった。


 その日、仕事を終えて新居に帰宅した美咲は、小さなダイニングでコンビニ弁当を開いた。


 時刻は十時を回っていた。


 割り箸を割った瞬間、スマホの着信音が鳴った。


 画面に表示された文字を見てため息。


 兄からだった。


 一瞬、着信拒否しようかという考えが脳裏を過ったが、後が面倒なので出ることにした。


「もしもし。何よ、こんな時間に?」

『何よって、何度電話しても出ないから……』


 その時になって思い出した。


 スマホは、ずっとマナーモードにしてカバンに入れたままだった事を……


 家に入る前にマナーモードを解除した時、着信履歴が貯まっている事に気がついていたが、疲れているから後で見ようと思って忘れていた。


「ああ、そう。気がつかなかったわ。で? なに?」

『いや、おまえ今日から一人暮らしだろ。大丈夫かなと思って?』


 そんな事で一々電話するな! というセリフを言いかけて、寸前で思いとどまる。


 そもそも、一人暮らしをしたい一番の理由は、過干渉な兄から離れたい事だったのだ。


 そんな気持ちも知らないで電話してくる兄に、美咲は苛立ちを覚えた。


「私なら大丈夫よ」

『本当か? 新しい部屋で、何か困った事はないか?』

「ないわ。とても快適よ」


 この電話がかかってくるまではね。と内心つぶやく。

 

「もう用はないね。切るよ」

『いや、待て、一人で寂しくないのか?』

「ないわよ」

『本当か? 無理していないか?』


 イラ!


「無理なんかしてない」

『困っている事はないか?』

「困っている事? あるわよ」

『何に困ってる? 話を聞いてやるぞ』

「お腹が空いて困っているわ」

『なに? 食べる物もないのか?』

「食べる物ならあるわ。目の前に」

『え? じゃあ、なんで食べない?』

「食べようとしたら、兄ちゃんが電話をかけてきて邪魔するからよ」

『え?』


 兄はしばらく黙り込んでから、ようやく妹の言いたい事を理解した。


『いや……俺は邪魔するつもりでは……』

「兄ちゃんにそのつもりは無くても、邪魔なのよ! 分かったらさっさと電話を切って!」 


 電話を切っても苛立ちは消えない。


 コンビニ弁当を猛烈な勢いでたいらげると、美咲は冷蔵庫内のビールに手を伸ばした。


 たちまち酔いが回って、寝床としてしいていたマットレスの上で美咲は眠りにつく。


 どのくらい時間が経っただろうか。


 どこからか聞こえてくる物音に美咲は目を覚ました。


 ゴトッ……ゴトッ……


 キッチンの方から、微かな、しかしはっきりした物音が聞こえてきたのだ。


 美咲は目を閉じたまま、心臓が跳ねるのを感じた。


(泥棒? まさか。ちゃんと鍵はかけていたはず……)

 

 美咲はゆっくりと息を吐き、耳を澄ませた。


 ブツ、ブツ、ブツ……

 

 今度は何かをすするような、湿った音が聞こえる。


 さらにそれに混じって、誰かが不満そうに独り言を言っているような、低い声も聞こえてきた。


 美咲は、恐怖で全身の毛穴が開くのを感じた。


 恐る恐る、美咲は上半身を起こし、仕切り戸のわずかな隙間に視線を向けた。


 ……!


 隙間から見えるキッチンは、暗闇に包まれている。


 しかし、目を凝らすと、冷蔵庫の前に巨大な陰があるのが見えた。 


 それは人間だった。


 美咲は息を飲んだ。その人物は、立っているというより、そこに固まっているという表現が近い。


 肩幅が広く、全身が肉に覆われているのが、シルエットからも見て取れる。


 グチャッ、グチャッ……


 不快な咀嚼音が響く。その人物は、何か生ものをそのまま食べているかのように見えた。


 美咲の理性は、今すぐ110番しろと叫んでいたが、身体は金縛りにあったかのように動かない。


 美咲は、その人物の姿を見ようと、さらに隙間に目を近づけた。


 そして見てしまった。

 

 その人物が、顔を美咲の方に向けたのだ。


 それは、三十代くらいの、ぽってりとした女の顔だった。


 二重あごが三段になり、目は細く常に何か非難しているかのように吊り上がっている。


 顔色は土気色で、冷蔵庫内の光を反射して、脂ぎってテカテカ光っていた。


 美咲は悲鳴を上げそうになったが、声が出ない。


 その肥満体の女は、口の周りをヌルヌルしたもので汚しながら、美咲のいる仕切り戸の隙間に、ニヤリと醜悪な笑みを向けた。


「……誰かに、見られるのは、嫌だねぇ」


 その声は喉の奥から絞り出されたような、深く、湿った響きを持っていた。


 そしてその声は、耳元で囁かれたかのように、異常なほど近くに聞こえた。


 その時、美咲は気がついた。


 女の姿が透けて、その向こうにあるはずの壁が見えている事に……


 その女は、肉体を持たない、この世のものではない。


 それを悟った時、美咲の恐怖は頂点に達し、意識はそのまま暗転した。

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