あきらめて! お願い!
「どうも、お待たせしました。馬鹿な息子がなかなか帰ろうとしなくて」
そう言って席についた冬青さんの背後を、僕は指差して言った。
「あのう……冬青さん」
「なんでしょう?」
「まだ帰っていませんが……」
「え?」
僕に言われて、冬青さんは振り返る。
ほどなくして、三メートルほど離れたテーブルの陰に隠れている息子さんを発見すると、冬青さんは額に青筋を浮かべた。
「隆。そこで何をしている?」
隆と呼ばれた息子さんはお父さんを無視して、隠れていたテーブルから飛び出すなり、僕のほうへと駆け寄ってきた。
まさか、気付かれたか?
「ねえ君。あの娘の名前を教えてよ」
あの娘というのが、僕だとばれたわけではないようだ。
ここはすっとぼけて……
「あの娘じゃ分かりません。誰の事ですか?」
「ほら。『六道魔入の怪奇レポート』に出てきた、可愛い霊能者の女の子」
ごめん。それ僕の女装。
「霊能者の個人情報は教えられません」
「そんな堅い事言わないで教えてよ」
「だめです」
「ん? そういえば君、あの娘と顔が似ているね」
ギクゥゥゥ!
「ひょっとして兄妹?」
「違います! 赤の他人です!」
横を見ると、樒が笑いをこらえているのが見えた。
そんな樒の方に、隆はターゲットを変更。
「じゃあ、君でもいいや。教えてよ」
「ええ!? どうしようかな?」
樒は僕の方へ、チラッと視線を向ける。
「困ったわね。あの娘からは口止め料もらう約束しているし……」
おい! してないだろう。そんな約束。
「まだもらっていないんだろう?」
「でも、君に教えちゃったら、口止め料もらえなくなるし」
「じゃあ、俺はその倍は出す。いくらだ?」
「いくらだったっけ? ねえ優樹」
グッ……こいつ、人の弱みに付け込んで……
僕は無言で財布から千円札を出して、隆の位置からは見えないように樒に見せた。
樒はあさっての方を向く。
もっと出せという事か。
五千円札に変えた。
「んん……どうしようかな?」
泣く泣く万札を出した。
「思い出した。口止め料は一万円よ。だから、隆君は二万出して……」
「ええ!? 無理だよ、千円にまけて……」
その途端、今までニヤけていた樒の顔が厳しくなった。
「はあ? ふざけてんの」
「いや、真剣だけど」
「黙っていれば私は一万もらえるのに、それをあきらめて千円で我慢しろって?」
「そこを何とか……」
「ええ加減にせんかい!」
冬青さんが、鬼のような形相で隆の頭を殴りつけたのはその時。
「殴ったな! 親父にだって、殴られた事ないのに!」
「だから、たった今、私に殴られただろうが!」
「ううむ……そうだった」
「とにかく、仕事の邪魔だ。さっさと帰れ」
「いや、俺は父さんの仕事を継ごうと思っているから、今のうちに覚えておこうと……」
「私の仕事は、姉ちゃんに継がせる! おまえには継がせん!」
「ええ! 姉ちゃんは継がないかもよ」
「仕事を継ぎたかったら、まず家に帰って勉強していろ。家の仕事は、要大卒だ。継ぎたかったら、まず高校を卒業して大学に入れ。話はそれからだ」
「ええ。しょうがないなあ」
隆は渋々帰りかけるが、ふいに僕のもとに駆け寄る。
「あの娘に伝えておいてくれ。俺はあきらめないぜって」
いや、あきらめて! お願い!
「いや、お恥ずかしいところをお見せしました。まったく、誰に似たんだか」
冬青さんは冷や汗を拭いながら、経緯を話し始めた。




