どうするロックさん
空間の歪みから完全に這い出してきたシーちゃんは、満面の笑みを浮かべて、書類をヒラヒラと 翳した。
「せんぱーい! 閻魔様から、緊急寿命終了許可証をいただいてきました」
完全に手遅れ。
もう、魂の緒を切るしかないのか。
「いやあ、大変でしたよ。字を間違えちゃって訂正印押させられて。しかも公文書なので、訂正印が許されるのは二カ所までだって言われて……三つめの誤字は、なんとか線を書き加えて誤魔化して……」
苦労したんだなシーちゃん。
「だって『それ以上間違えたら、最初から書き直せ』なんて言われているから必死でしたよ。そんな事になったら、また白紙の申請書持ってきて、先輩に番号を書いてもらわなきゃならないし……」
ん? シーちゃんが怪訝な表情を浮かべた。
「先輩? 聞いていますか?」
見ると、ロックさんは明後日の方向を向いて何かブツブツとつぶやいている。
「ううん。ここはそうだな。寒太の身体に着いた悪霊をだな。ブツブツ」
「先輩。もう寒太君の事で、悩まなくてもいいのですよ」
シーちゃんは、ロックさんの正面に回り込んだ。
だが、ロックさんは次の瞬間、プイッと百八十度身体の向きを変える。
「それよりもだな……ブツブツ」
ブツブツ言いながらも、ロックさんはこめかみに冷や汗を浮かべていた。
「先輩。もう寒太君の魂の緒は、切っても良いのですよ。だから、悩む事はないのですよ」
シーちゃんはまたロックさんの前に回り込んだが、ロックさんはまたプイッと向きを変えた。
こ……これは、必殺気づいていないふり作戦。
ロックさんの気持ちも分からなくもないが、これじゃあシーちゃんがかわいそうだよ。
「先輩! なんで無視するんですか!?」
その後も、シーちゃんはロックさんの周囲をピョンピョン飛び跳ねる。
その度に、ロックさんはプイッと視線をそらす。
しかし、それも限界が来た。
「おお! 帰っていたのか。すまん、すまん! 考え事をしていて気がつかなかったよ」
「もう」
シーちゃんはプクッと頬を膨らませると、書類を差し出した。
「閻魔様からもらってきた緊急寿命終了許可証です。さあ、寒太君の魂の緒を切っちゃいましょう」
「待て、待て、待て! 切る前に書類に不備がないか確認して、俺の登録番号を書かなきゃならん」
「じゃあ、早く読んで下さいよ」
「分かった。ちょっと待ってろ」
樒が僕の袖を引っ張ったのはその時。
樒の方へ顔を向けると小声で言ってきた。
「ロックさん。よっぽど魂の緒を切りたくないみたいね」
「ううん、情が移ってきたのかな」
「でも、死神としてそれはまずいんじゃないの」
「どうだろう?」
ロックさんは、時間をかけて書類に目を通していた。
「先輩。まだ読み終わらないのですか?」
「いや、すまん。字が汚くて読みにくいんだ」
「ひどいですぅ」
ああ、シーちゃん泣いちゃった。
さすがにロックさんも悪いと思ったみたいだ。
「今、読み終わった。書類は完璧だ。不備はない」
「ありがとうございます。では、魂の緒を……」
嬉々として鎌を構えるシーちゃんを、ロックさんは慌てて止める。
「その前に、俺の登録番号を書かないと」
「ええ! そんなの切った後でもいいじゃないですか」
「いや、手順はちゃんと守らないと、不適正事案になってしまう」
「それでは仕方ないですね」
ロックさんはペンを取り出し、クリップボードに固定した書類に『60』と書き込んだところで手を止めた。
「いかん。インクが切れた。後輩、霊界コンビニまで行って、黒インクを買ってきてくれ」
「えええ!」
やった! 買い物なら、かなりの時間がかかる。
その間に寒太の身体を……
「じゃあ、私のペンを使って下さい」
時間稼ぎもここまでか。
どうするロックさん?
「おおい!」
遠くから、寒助さんの声が聞こえてきたのはその時だった。




