死神の香炉
すまない、寒介さん。どうやら、息子さんを助ける事は無理かも……
予想外に早く戻ってきた後輩の姿を見て、ロックさんも顔をひきつらせていた。
「お……おまえ……ちょっと、早すぎないか?」
それに対して、シーちゃんはキョトンとした顔で答える。
「え? いつも、遅いって怒られているのに……」
何も今回に限って、早く終わらせなくても……
「いや……それはそうなのだが……もう許可証が出たのか? まだ三分しか経っていないのだが……俺だってこんなに早くは……」
「え? 許可証? まだですけど……」
え? 違うの?
「じゃあ、なぜ戻ってきた?」
「緊急寿命終了の申請書を書き始めたのですが、よく見たら死神の登録番号を書く欄が二つありまして……どうやら二柱の死神が、直筆で登録番号を書かないと申請できないようなのですけど……」
なあんだ。一気に脱力した。
「いけね! 緊急寿命終了の申請なんて久しぶりだったから、俺もすっかり忘れていたぜ」
シーちゃんの持っている書類には、手書きで『四一二二』と書いてある欄があった。
これがシーちゃんの登録番号のようだ。
「先輩、登録番号を書いて下さい」
「ああ、分かった。ちょっと待っていろ」
ロックさんは、シーちゃんから受け取った書類に『六〇九』と書き込む。
「ありがとうございます。では、なるべく早く戻って来ますので」
いや、なるべくゆっくり戻ってきてほしいのですけど……
シーちゃんが再び消えた後、ロックさんは懐から銀色の香炉を取り出してベンチの上に置いた。
その香炉に線香を立てて火を灯すと、周囲に白い煙が広がっていく。
仄かな香りが、僕の鼻孔をくすぐった。
不意にロックさんは、寒太の方を振り向く。
「悪霊化を遅らせる効果があるお香だ。この煙を浴びている間は、悪霊化を遅らせる事ができる」
さっきロックさんが言っていた悪霊化を遅らせる神器って、これのことだったのか。
「この煙を浴びていたら、俺は悪霊にならないで済むのか?」
「完全には無理だが、少なくとも後輩が帰ってくる前に悪霊化するという事態は防げる」
「でもさ……」
寒太は瘴気地帯の方を指さす。
その指さす先にあるのは、十階建のマンション。
部屋数は三十~六十はあるだろう。
「この中から俺の身体を、一時間で探し出せるのか?」
ううん、ちょっと難しいかな。
「大丈夫だ。少し問題はあるが、方法はある」
ん?
寒太が光り始めた。
「これもお香の効果だ。お香の煙を浴びた霊体は、光を発するようになる」
「ロックさん。この光って、普通の人にも見えるの?」
樒の質問に、ロックさんは首を横にふる。
「この光は霊能者にしか見えない。それに君達はこれを光として認識しているが、厳密には光……所謂電磁波ではない」
「光じゃないの?」
「ああ。まだ科学的には、未発見だったと思うが……」
ロックさんは、霊界スマホを操作した。
「お! まだあまり広くは知られていないが、ルスラン・クラスノフという物理学者が、プシトロンパルスという名前で発表しているな」
プシトロンパルス? それって、放射線か何かでは?
「放射線の一種だが、被爆の心配はないから安心してくれ」
話をしている間に、寒太の光はさらに強くなり、魂の緒まで輝き始めた。
ロックさんはマンションの方を指さす。
「しばらくしたら、寒太の身体も輝き始める」
ロックさんが言い終わらないうちに、マンションの壁の一カ所に光点が現れた。
あの光の方向に、寒太の身体があるのか!?




