親の心
通話を切ってから、僕は樒の方を向いた。
「ミクちゃんからだ。シーちゃんが帰ってきたらしい」
「じゃあ、急がないとね」
部屋から出ようとする僕達の前、寒介氏が立ちふさがる。
「待ってくれ。君達」
「あの寒介さん」「私達は、急いであの場所に戻らないと……」
寒介氏は首を横に振る。
「事情は、俺も知っている」
まあ、姿は違うけど、この人も霊体だけの状態で、あの場所にいたのだからね。
「俺は、二十四年間霊体のままだった。霊体のまま、悪霊から自分の身体を取り戻そうとしていた」
それは知っているけど……
「その間に、子供……寒太が生まれるのも見ていた。その子供が、奴によって心を歪められていく様子も見ていた」
想像はできないけど……この人にとってはかなり辛かったのだろうな。
「寒太の霊が悪霊化する前に、死神が命を断とうとしている事も分かっている」
「それは……」
「分かっている。寒太のやっていた悪行の数々を考えれば、それも仕方のない事かもしれない」
いや……あんたも似たような事をやっていて水神様のバチが当たったのでは……
「仕方のないことだが、それでも寒太は俺の子だ。できることなら助けたい」
まあ、人の親ならそう思って当然かもしれない。
しかし、二十四年間霊体生活していたこの人に親の心はあるのだろうか?
いや、姿は子供のままだったけど、精神的には大人になっていたのかもしれない。
「頼む。寒太が生きて戻ったら、俺が性根を叩き直す。だから、寒太を……息子を助けてやって欲しい」
ううむ……困った。
今の寒太を助けるには、悪霊化する前に身体に戻すしかないのだが……
もうその時間がほとんどない。
「寒太を助けてくれるなら、礼はいくらでもする」
ああ! ここでそれ言っちゃだめ!
「マジすか!?」
樒が俄然と身を乗り出してきた。
両目に、$マークが浮かんでいるように見えるのは僕の気のせいだろうか?
「おまかせ下さい。この神森樒が、お坊ちゃまを必ず……」
「こらこらこら! 樒!」
「優樹。これは不正請求じゃないわよ」
「そういう問題じゃなくて……できない約束はするな」
「でも……」
「それとも、僕が知らないだけで、樒には今の寒太を確実に助ける方法でもあるの?」
「う……確かにそんな方法はないけど……でも、寒太はまだ完全に悪霊化したわけじゃなし、ギリギリ助かるかも……」
「君達」
寒介氏が僕達の口論を遮った。
「さっき俺は、事情は知っていると言っただろう。寒太を助ける事が困難だと言うことは、十分に分かっている。寒太を殺す決定権は、君達ではなく死神にある事も分かっている」
そこまで分かっているのなら、何を頼みたいのだろう?
「だから確約しなくてもいい。死神が手を下すのを、ギリギリまで待ってもらうように頼んでほしい」
「ダメだったとしても、僕達を恨まないでもらえますか?」
「もちろんだ。すべての責任は、悪霊に身体を乗っ取られた俺にある」
「良いでしょう。可能な限り、ご期待にそえるように努力いたします」
「おお! ありがとう」
「それで寒介さん」
僕の横で樒が手揉みしながら、寒介氏に近づく。
「成功した場合、謝礼の方は……」
「謝礼はいりません!」
僕は樒のセリフを遮った。
「ちょっと優樹……う!」
樒は文句を言い掛けたが、芙蓉さんの電話番号を表示した僕のスマホを見て押し黙る。
「それでは行ってきます」
そして僕達は、水神様の祠へ向かった。




