落武者の霊
いや、樒は失敗なんかしていなかった。
なぜなら……
「よ~こ~せ~! その体は、俺が使う!」
寒太の父……寒介氏がリビングルームに転がり込んできたすぐ後から、見るもおぞましい姿の悪霊が壁を抜けて現れてきたのだ。
その姿は、長い髪を振り回す落武者のような男。
実際に落武者の霊が、悪霊化したのかもしれない。
とにかく、この落武者霊が二十四年間も寒介氏の身体を乗っ取っていた悪霊なわけだが、今は身体から離れている。
車を降りたところで樒の九字切りを受けて、身体から引き離されたようだな。
そして、寒介氏はその隙に身体を取り戻したのだろう。
しかし、二十四年間も身体を離れていたせいか、まだ霊魂が定着していない。
このままだと、また悪霊に身体を奪われる危険がある。
悪霊もそれが分かっているから、霊魂が定着する前に身体を奪い返そうと追いかけてきたのだな。
「ひい!」
寒介氏は、後を振り向き思わず悲鳴をあげた。
どうやら、身体に戻っても霊は見えているらしい。
「旦那様。どうされました?」「あなた。どうしたの?」
樫原と継母には悪霊の姿が見えていないので、寒介氏が何を慌てているのか分からないようだ。
「寒介さん! 僕の背後に隠れて」
「お……おう」
寒介氏は、そそくさと僕の背後に回り込む。
僕は悪霊を睨みつけた。
悪霊は一瞬怯んだが、すぐに睨み返してくる。
「小僧。そこをどけ」
僕は首をゆっくりと横に振ってから答えた。
「お断りします」
「退かぬなら、ただでは済まさぬぞ」
落武者の髪がワサワサと蠢き、その中から数体の小鬼が出てきた。
これは……
小鬼達は、リビングルームにあった本やティーカップやクリアファイルを持ち上げると空中を飛び回った。
「ひいいい! なんなの!? これは?」
継母の顔が恐怖にひきつる。
無理もない。
一般人には小鬼の姿は見えないので、何もないのに物体が空中に浮かんでいるように見えるからね。
「奥様! これは騒霊と言われている現象です」
「そんなの見れば分かるわよ! なんとかしなさい! 樫原!」
「いや……私にそう言われましても……自分、心霊現象は管轄外でして……」
不意に樫原は、僕を睨みつけてきた。
「おい、霊能者! 騒霊現象は、おまえの管轄だろう! なんとかしろ!」
なんとかできなくはないが、この人の態度を見ていると、なんとかしたくなくなるな。
ここは僕もミクちゃんの真似して……
「確かに騒霊現象は僕の管轄ですね。でも樫原さん。それが人にものを頼む態度ですか?」
「え?」
「僕はあなた達から、報酬を受け取っていないのですよね。したがって騒霊現象を何とかする義務はない。あくまでも、僕の気分次第になりますが……」
「きさま……」
「樫原! 坊やにちゃんとお願いしなさい!」
「いや……しかし……奥様」
「そもそも、おまえの態度が悪いからいけないのよ!」
「え? 私の態度、そんなに悪いですか?」
自覚ないんかい!
「坊やお願い! 樫原の失礼な態度は、雇用主の私が謝罪するから、これを何とかしてちょうだい」
「良いでしょう。何とかしましょう」
僕は懐に手を入れて、退魔銃を握りしめた。




