瘴気地帯
路地に踏み込むなり、樒は顔をしかめて言った。
「よりによって、こんなところに入り込むなんて」
狭い路地では、腐ったドブの様な悪臭が漂っている。
実際には、この路地に露出している側溝などはないので、こんな臭いはしないはず。
この臭い……のような感覚は、物理的臭気ではない。
悪霊になりかけている状態の良くない地縛霊が周囲に撒き散らしている瘴気を、霊能者が感知した時にこのような悪臭として知覚しているのだ。
そんな瘴気を撒き散らす地縛霊が、ちらほらと路地内に屯している様子が伺える。
中には、完全に悪霊化したものもいるかもしれない。
この路地は、そういう穢れた霊が集まりやすい場所のようだ。
実を言うと、こういう場所は結構あちこちにあって、僕達霊能者はなるべくこういう場所には近づかないようにしていた。
近づけば、気分が悪くなるので……
抵抗力の弱い霊能者が下手に近づくと、瘴気に当てられ意識を失ったりする事もあるのだ。
「優樹。ミクちゃん。大丈夫!? ヤバいようなら、ここは出るわよ」
「僕は大丈夫」
対魔銃を額に当てながら、僕は答える。
ミクちゃんの方を見ると、ポシェットから取り出した黒い数珠を左手首に巻き付けているところだった。
これ、魔入さんが使っていたブラックオニキスの数珠と似ているな。
「あたしは、これでしばらくは大丈夫です」
問題は、こんなところに寒太を入れて大丈夫か?
寒太は、特に苦しんでいる様子はなかった。
だが、こんなところに長くいたら、悪霊化が進行してしまう。
早めに用事を済ませよう。
「こんにちは」
比較的状態の良さそうな地縛霊に声をかけてみた。
大きな白いマスクをつけた若い女性の霊は、おもむろに僕の方に向く。
「あら? 可愛い坊やね。私に、何か用かい?」
僕は寒太の霊を指さす。
「昨日、この男の子が、この道を通りませんでしたか?」
「ん? 通ったわよ」
良かった。なんとか話が通じた。
「どっちへ行きました?」
霊は路地の奥を指さす。
「ところで教えて上げたのだから、お礼はあるわよね?」
「ああ、もちろんです。教えていただいたお礼に、供養をさせていただきます」
すると、女性の霊は首を横にふる。
「ううん。供養なんていらない」
「じゃあ、お供えを……」
だが、女は首を横に振る。
「そんな物いらない。それよりも……坊やの……」
「え?」
「精気をちょうだい!」
「え? そ……それはだめです」
「イヤでももらうわよ」
そう言って、女はマスクに手をかけ、一気に引き剥がした。
マスクの下から現れたのは、耳まで避けた口。
今時、こんな都市伝説出てくるなあ!
「しゃあぁぁぁ!」
女は大きく口を開き、僕に襲いかかってくる。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前!」
女の牙が僕に触れる寸前で、樒が九字を放った。
都市伝説女はそのまま消滅。
「樒……ありがとう」
「優樹も油断しちゃだめよ。こんな瘴気地帯に屯している霊なんて、ロクなのいないから」
「そうだね。とにかく、寒太の肉体がここを通ったことは分かったから、ここは一気に駆け抜けよう」
僕達は路地を走り出した。
時折、近づいてくる霊を、僕の対魔銃か、樒の九字切りで強制排除しながら進む。
一分ほど走ると、僕達は瘴気地帯を抜けた。




