白羽の矢
「ちょっと君。榊君だよね?」
とある小学校の校門から出てきた男子小学生は、僕に呼び止められて怪訝な表情を向けてきた。
そうだろうね。いきなり知らない奴から名前を呼ばれたりした時の当然のリアクションだ。
相手が大人だったら、もっと警戒されただろうけど、悲しいことに……いや、幸いな事に僕の容姿は小学生にしか見えない。
だから、ちょっと怪訝な顔をされただけで済んだわけだ。
「そうだけど……」
「君、荒木寒太君の友達だよね?」
あ! 『寒太』の名前を聞いた途端、榊君すごくイヤそうな顔になった。
「寒太なら、休みだけど」
「知っている。実は家にも帰ってなくて捜しているのだけど、どこにいるか知らないかな?」
「知らない」
素っ気ない態度だな。
「なんで俺に聞くの? ていうか、あんた誰?」
「僕は寒太の従兄弟なんだ。寒太のお母さんに頼まれて捜しているのだけど……」
まあ、それはあらかじめ用意した嘘だけど……
「そう。とにかく俺は知らない」
「そうか。それじゃあ仕方ないな。じゃあせめて、もし寒太を見かける事があったら、僕に連絡してくれないかな」
僕はQRコードを印刷したカードを榊君に渡した。
「スマホでこれを読みとれば、メールアドレスが出てくる。それに寒太を目撃した場所と時間を書いて送ってくれればいいよ」
「ふーん」
あまり、やる気なさそうだな。
「もし、その情報を元に寒太が見つかったら、三千円出すよ」
「マジ! じゃあやるよ」
やる気になってくれたようだ。まあ、三千円は霊能者協会の負担になるそうだから、僕のフトコロは痛まないけどね。
そのまま榊君は踵を返して歩いて行く。
五・六歩行ったところで、突然榊君は立ち止まって振り返った。
「あのさあ、一応これだけは言っておきたいのだけど」
「ん?」
「寒太が俺のことをどう言っていたのか知らないけど、俺はあんな奴友達と思っていないから」
それだけ言うと、榊君は立ち去って行った。
これで六人目だな。
寒太が友達……だと言っていた子に声をかけるのは……
しかも、ほとんどが榊君と似たようなリアクションばかり。
友達だと思っているのは寒太だけのようだ。
僕が振り返ると、そこに寒太の霊がいた。
「榊君は、ああ言っていたけど」
「畜生! 榊の野郎! 生き返ったら覚えていろ」
地団駄を踏んで寒太は悔しがっている。
いったい、僕は何をしているのかというと、寒太の友達だという小学生からの聞き込み及び情報提供依頼。
ロックさんの話によると、本来なら昨日起きた多摩線の事故で寒太は死ぬはずだったらしい。
その時に、ロックさんがせめて死の苦痛だけでも無くしてやろうとして寒太の霊魂を死ぬ前に肉体から分離してやった。
ところが、一瞬の隙をついてアラティ配下の悪霊が霊魂の抜けていた寒太の肉体を乗っ取ってしまい、そのまま何処かへ逃げられてしまったというのだ。
残されたのは、肉体から抜け出た寒太の霊魂。
肉体が死んでいないので、霊界へ連れて行くことはできないし、肉体を取り戻そうにも、どこにあるのか分からない。
普通なら魂の緒をたどれば見つかるはずなのだが、アラティにジャミングをかけられていているのかそれもできないというのだ。
そこでロックさんは、地道な方法で捜すことにした。
魔神アラティとて、人間に転生した以上できる事には限界がある。
生きている人間を、ずっと隠しているのは難しいはず。
寒太に憑依した悪霊とて、生きている人間の身体を得た以上、その身体を維持するために食事もしなきゃならないし服も必要。
そういう物を調達するために買い物する事はもちろん、寒太の家族が留守の間に家から持ち出したり、学校にある私物を取りに来たりする可能性もある。
そこで寒太の家を死神が交代で張り込む一方、寒太と面識のある小学生から、寒太の目撃情報を得ようと考えたのだが、霊体を見ることができない子供へ死神が直接話しかける事はできない。
だから、ロックさんは霊能者に協力を求めることにした。
だが、大人の霊能者が小学生に聞き込みなんかやっていたら、下手すると通報されかねない。
それなら小学生の霊能者を使えばいいのだけど、子供に聞き込みなんていう仕事をさせるのは難しい。
だから、見た目は子供、頭脳は大人の僕に白羽の矢が立てられた。
そんな訳で、ロックさんは今朝樒のところへ来たわけだが、その前に協会の上層部にも話を付けてあったらしい。
だから、今朝ロックさんが言っていた『報酬』は、死神アイテムなんかではなく、協会から支払われる現金なのだ。
ちょっとがっかりしたけど……




