悪ガキ
「はい。どちら様」
玄関の方から母さんの声がした。
「あら? 樒ちゃんじゃない。どうしたの?」
樒が? 僕に用ならスマホに……あ!
スマホは自室で充電中だった。
「優樹。ちょっと来なさい」
朝ご飯の途中だというのに……
玄関に行くと、樒が待っていた。
「優樹。ちょっと家まで来て」
「え?」
なんで? と、聞く間もなく僕は樒に手を引かれて連れ出される。
「サンダルぐらい履かせてよ」
「これなら問題ないわね」
「え? ちょっ! まっ!」
樒は僕の身体を抱え上げて、走り出した。
そのまま二十階の樒の部屋へと連行される。
「いったい、何なんだよ?」
樒は何も言わずに僕を玄関に降ろす。
ここへ来るのは初めてだけど、意外と片づいているな。
樒は両親と死別して一人暮らしと聞いていたが、掃除とかもまめにやっているのか?
もっとガサツなイメージだったけど……
「あらあらお客さんかしら?」
そう言って現れたのは、上品な雰囲気を漂わせた中年女性……の幽霊だ。
状況からして樒のお母さんだろう。
そうだとすると、キチンと挨拶した方がいいな。
「はじめまして。十五階に住んでいる社と申します」
「あらあら。可愛いだけでなく礼儀正しいお嬢さんね」
お……お嬢? 今日は女装していないのに……
樒の方を見ると、声を押し殺して笑っている。
「あの誤解があるようですけど、僕は……」
「あらあら、いけないわ。そんな言い方しては」
「え?」
「女の子が『僕』なんて言っちゃいけません」
「え? いやあの……」
「そりゃあ一部の殿方には『僕っ娘』とか言って人気があるみたいだけど、私は嫌いだわ。気持ち悪いし」
それは、日本中の僕っ娘萌えを敵に回すので言わない方が……
「いえ……ですから僕は……」
「母さん。この子、優樹よ」
「え? あら? それじゃあ、この子が樒とお仕事している優樹君? あらあら、あんまり可愛いから女の子かと思ったわ」
「はあ……どうも」
疲れた。
「樒から聞いていたけど、優樹君って本当に可愛いわね。私も生きているうちに、こんな可愛い子生みたかったわ」
それを聞いて樒がムッとした顔になる。
「悪かったわね。可愛くない娘で」
「あらあら。樒も可愛かったわよ。小学生までは」
いかん。話がそれる。
「樒。それより、僕を連れて来て何か用事があったのじゃなかったの?」
「そうだった! 急がないと学校に遅れる。ちょっと来て」
樒に手を引かれて入ったのはリビングルーム。
「ロックさん。連れてきたわよ」
ロックさん? という事はあの死神。
リビングルームを見回すと三人の人物がいる。
三人とも生きている人間ではないが……
一人はパンクロッカー風の青年。
死神のロックさんだ。
中年男性は樒の親父さんだろう。
ロックさんと親しげに話をしているところだったようだ。
分からないのは、小学生高学年ぐらいの男の子。
部屋の中をなんか物色している。なんか感じの悪い子供だな。
ていうか、悪霊化しかかっているぞ……
それより問題はこの子、生き霊だ。
ロックさんが僕に気が付いて手をふる。
「よお。優樹君、悪かったな。呼び出したりして」
という事は僕に用があるのかな?
「済まないが仕事を手伝って欲しいんだ。報酬は出す」
報酬? この人の言う報酬というのは、お金じゃなくて人間に供与可能な死神アイテムって事だよね。
という事は……
「あのう……ロックさん」
「ん?」
「その報酬の中に……背を伸ばすアイテムとか……あったりします?」
「いや。そんなものはない」
ですよね。
いや、分かっていたけど、ちょっと期待しただけだから……
「それで、ロックさん。用事というのは……」
僕は男の子を指さした。
「この坊やの事ですか?」
あ! 坊やと言ったのが気に障ったのか、男の子は僕をにらみつけてくる。
「誰が坊やだ! 俺には荒木 寒太という名前があるんだ」
「ああ、それは悪かったね。寒太君。それでロックさん、用事というのは、この子の事でいいんですか?」
「ああ。そうだ。実は……」
そこまで言い掛けたロックさんのセリフを、寒太が遮る。
「おい! この子とはなんだよ! てめえだってガキじゃねえか!」
つくづく口の悪い子供だ。
「言っておくが、僕は高校生だよ」
「嘘付け!」
「おい、寒太。いい加減にしろ。その人は間違えなく高校生だ」
「はあ? どう見たって俺と同じ歳じゃないか。背だって俺より低いし」
つくづく失礼なガキだ……
「ロックさん。帰っていいですか?」
「ああ、待ってくれ!」
そう言ってロックさんは、寒太の方を向き直る。
「寒太! 謝れ!」
「何でだよ!」
「この人は、おまえのために来てもらったんだぞ。口の効き方に気をつけろ」
「うるせー! へぼ死神! 元を正せばてめえのドジが原因だろ!」
不意に、今まで黙っていた樒の親父さんが立ち上がった。
つかつかと寒太に近づくと拳を固める。
「馬鹿者! それが目上の者に対する口の効き方か!」
そう叫んで、親父さんは寒太の頭を殴りつけた。
「いや、それは児童虐待で……」
「ロックさん。甘い事を言ってはだめです。こういう悪ガキは拳で躾ないと」
こんな厳しい親父さんがいたのに、どうして樒はああなっちゃったんだろう?




