「この変態! 不潔!」
学校の長い廊下を僕は歩いていた。
廊下は、遙か彼方まで続いている。
その遙か彼方に、小さな人影が見えた。
小さいけど、それが氷室先生だと分かる。
僕は思わず走り出していた。
「先生! 氷室先生」
追いついた僕は、先生に声をかける。
「先生! 好きです! 僕と付き合って下さい!」
うわ! 僕、なんて事を言っちゃったんだ! 僕にこんな事を言われても、先生は困ってしまうのに……
氷室先生は振り返った。
え? なんか、凄く冷たい目つきで、僕を見つめている。
「社君」
一言声を発してから、先生はさらに怖い目つきで僕を睨みつけた。
「変態」
え? 変態?
廊下中の窓という窓に、突然テレビの映像が映る。
そこには、女装した僕と男装した樒がキスをしているシーンが……
「ち……違うんです! 先生! これは……」
「この変態! 不潔!」
うわわ! もうだめだ! 先生に嫌われた!
………
……
…
「優樹君! 優樹君! 大丈夫?」
ミクちゃんの声?
あれ?
ここは、来る時に乗ってきたワゴン車の中?
後部座席に僕は横たわっていた。
三列目のシートから、背もたれ越しにミクちゃんが僕の顔を心配そうにのぞき込んでいる。
「僕は、いつの間に車に?」
「優樹君、悪霊に精気を吸われて意識を失っていたんだって」
そういえば、樒にキスされた後の記憶がない。
キスの途中で気を失ったのか?
「気絶した優樹君を樒ちゃんが抱っこして、この車に乗せたのよ」
「え? マジで……」
格好悪い……
「もう、起きあがれる?」
そういえば、精気を吸われてから、身体が動かなかったけど……
今はなんとか動く。かなりだるいけど……
「はい。これ」
ミクちゃんが差し出した小瓶を受け取った。
ドリンク剤の様だけど、ラベルに『ブースター』と書いてある。
「これ、ミクちゃんが式神を使うときの薬?」
ミクちゃんはコクっと頷く
「ブースターは元々、悪霊や妖怪に精気を吸われた人を回復させるためのお薬なの。だから、今の優樹君の症状には利くよ」
「そうだったのか。ありがとう」
せっかくだから、ありがたくいただこう。
ん? 薬を飲み終わってから気がついたけど、この薬って……
「ミクちゃん。これ、かなり高い薬だよね?」
「大丈夫」
ミクちゃんは運転席を指さした。
「ディレクターさんが、お金出してくれるって……」
ディレクターは振り向きもしないで……運転中で振り向けないのだけど……答えた。
「今回は、こちらの不手際ですからね。このくらい当然です。そもそも……」
チラッと助手席に目を向けた。
「魔入ちゃん」
「なんでしょう?」
姿が見えないと思ったら、魔入さんは助手席に座っていたのか。
「今回の事は、私が資料を渡し間違えたのが原因だけど、あなたも霊能者ならあの物件が危険だって分かるわよね?」
「そりゃあまあ、なんか聞いていた話とは違うなあと思いましたが……」
「ドローンの映像と音声はこっちでも確認していたけど、社さんは何度も危険だから帰ろうと言っていたわね。なぜその時点で引き上げなかったの?」
「え? 引き上げなきゃだめですか?」
「当たり前でしょ。社さんは子供だけど、霊に関してはあなたよりも専門家よ」
子供じゃありません! 高校生です!
「その専門家が、危険だと言っているのよ」
「いや、社さんは面倒くさいから、そんな事を言っているのかと……」
まあ、面倒くさいと思ったのは事実だけど……
「たとえそうでも、専門家が危険だと言ったらシロートは、それを聞かなきゃだめでしょ。事故が起きたら、専門家の忠告を聞かなかったこっちの責任になるのよ」
「はい。済みません。でも……良い映像が撮れた事だし……」
「良い映像を撮って、人が死んだらどうするの?」
「はあ……すみません」
魔入さんはシュンとなっている。
ちょっと、可哀想な。




