ディレクターも霊能者?
次の物件は、古い住宅街の中に建つ一軒家。
二階建ての木造家屋の壁は、半分以上が蔦に覆われており、昼だと言うのにすべての雨戸が閉じられ、如何にも悪霊が出てきそうな雰囲気を醸し出していた。
家主は、二年前に孤独死した引きこもりの女性。
両親ともに死別しており、相続した遠縁の親戚はこの家を持て余しているという。
まあ、僕はこれまでにも何件かその手の家を見てきたけど、実際に悪霊がいたなんてケースはほとんどなかったね。
地縛霊はよくいるけど、たいていは無害な霊で、供養すればすぐに成仏してくれたし。
今回もそんなところだろう。
僕は隣の座席に座っている魔入さんに、読み終わった物件の資料を返した。
ちなみに座席というのは車の座席で、今僕たちはワゴン車で現地へ向かっている。
ディレクターさん自らが運転してくれていて、現地に着くまでの間、僕と魔入さんは後部シートで打ち合わせをしていたのだ。
それにしても……
「魔入さん」
僕は小声で話しかけた。
「なあに?」
「この番組って、予算厳しいの?」
「え? なんでそう思うの? まあ、潤沢とは言えないけど、そんなに予算には困っていないわよ」
「だって、ディレクターさんって、番組制作する中で一番偉い人でしょ?」
ちらっと運転席に目をやった。
そこでステアリングを握っているのは、浅黒い肌に白いスーツを纏った二十代後半ぐらいのオバ……いやいや、お姉さん。
黒い大きなマスクと、大きなサングラスで顔のほとんどが隠れているが、それらを取り除けばおそらく美女なのだろうと思われるこの人が、ディレクターの降真羅亜香さん。
南アジア系の人かと思っていたが、日本国籍は持っているそうだ。
それはともかく……
「ディレクターさん自ら運転するなんて、予算がないのかなあと思って聞いたのですが」
「ああ! なるほどね。でもそんな心配はないわ。普段なら運転してくれるスタッフがいるのだけど、今回は事情があってディレクターが運転する事になったの」
事情?
「今回の物件は、ディレクターが見つけて来たのよ。ただ、物件の持ち主に撮影許可をもらいに行ったところ、住所を明かさないという条件で許可が下りたの」
「場所を知られたくないという事ですか?」
「そうよ。できれば私たちにも知られたくないそうよ。だから資料にも、住所が入っていなかったでしょ」
確かに入っていなかったな。しかし……今更そんな事言われても……
僕はちらっとスマホに目を走らせた。
現在位置なんて、さっきからグー○ルマップで確認しているし、現地に着けば住所なんて分かっちゃうよ。
「魔入さん。もし、危ない霊がいたら樒に来てもらう事になっているので、彼女にだけは住所を教えておきたいのですけど……」
「別にいいわよ。そのぐらいなら」
「いいのですか?」
「ディレクターは『できれば』と言っていたのよ。神森さんを呼ぶ必要があるなら、仕方ないわね」
いいのだろうか?
「それにね。私もさっきから、スマホのマップで現在位置を確認しているから」
この人は……ディレクターの言いつけなんて最初から守る気ないな。
「それにディレクターは、今度の物件には危険はないと言ってくれているから大丈夫よ。神森さんの出番はないわ」
「はあ。だといいのですが……」
ディレクターさんは、何を根拠に危険はないと言っているのだ?
霊能者でもなきゃ、そんな事分からないだろ。
その事を聞こうとした時、車はハザードを出して道路の端に止まった。
「着いたわよ」
運転席からディレクターが振り返る。
「今、あなたたちが、後でしていた話が聞こえたけど……」
ギク! 結構小声で話していたのに……この人地獄耳?
「住所が分かってしまったのなら仕方ないわね。このことは、助っ人を呼ぶ以外で口外はしないように」
「はあ」「もちろん分かっています」
「それと社さん」
「なんでしょう?」
「君は、今回の物件に危険は無いと、私が言ったことが疑問のようね」
「ええ……まあ」
「まあ、当然よね。いったい、何を根拠にそんな事を言っているのかと思っているでしょ」
まあ、思っているけど……
「この事は、あまり人に言いたくなかったのだけど、私も霊能者なのよ」
「え!? そうなのですか?」
「まだ、私が本当に霊能者なのか疑問のようね。ではそれを証明してあげるわ」
どうやって?
「君の足下に、ネズミの姿をした霊体がいるわ。でも、動物霊ではない。式神ね」
なに!?
足下を見ると、確かにそこにネズミが居た。
こいつはネズ子!




