思い違い
千尋さんはメガネをかけた後、長い髪を後ろに束ねてポニーテイルにし、紫色のベレーを被り、大きな紫のマスクを着けた。
そして樒の方を向いて言う。
「よく私だと分かったわね」
これだけで、樒にはこの人が誰だか分かるのか?
僕には、さっぱり……
「そりゃあもう。テレビに出ているときは、いつも顔をマスクで隠しているけど、絶対この人美女だなと思っていましたので」
どうやらテレビに出ている有名人のようだけど、僕の見ていない番組なのだろう。
「ありがとう。ほめてくれても、何も出ないわよ。それより、あなたが設置した結界。解除してくれない」
「では、解除費用として……」
「えっへん!」
「優樹。どうしたの? 咳払いなんかして。スマホに芙蓉さんの番号なんか出して。解除費用なんて冗談よ」
「分かりにくい冗談は、よした方がいいよ」
「はいはい。では、結界を解除してきまあす」
樒はリビングから出ていく。
樒が部屋から出たことを確認してから、千尋さんは僕に話しかけてきた。
「ずいぶん大きな女の子ね。君の彼女?」
「違います」
「そうなの? それにしては、さっき慌てていたけど……」
「別に彼女じゃなくても、あんなところ人に見られたくないでしょ」
そう言いながら、僕は千尋さんとの距離を取る。
「そんなに警戒しなくても、もうあんな事やらないわよ」
「本当ですかあ?」
「もう、必要なくなったから……」
「必要? なんの必要が?」
「私の思い違いだったから。私ね、三日前にこの部屋に入ってから、ここから一歩も外へ出なかったの」
「なんのために?」
「この部屋にいるはずの、自殺者の霊を見たかったからよ」
心霊マニアかな? 正直言って、あまりいい趣味じゃないけど……
「ところがこの部屋に入ってから、自殺者の地縛霊どころか浮遊霊一つ現れない。私の霊能力が、消えてしまったと思っていたのよ」
「部屋の外へ出て、確認しようとか思わなかったのですか?」
「う……別に良いでしょ」
何か言いたくない理由があるようだな。
「引きこもりだったのよ」
え?
「私、学生のころは引きこもりだったの」
「でも、テレビに出るような仕事をされているのに……」
「そうなるまで、かなり苦労したわ。今でも、できれば人と接するのは避けたいの。だから、必要がなければ、私は家から出ないのよ」
「買い物とかは?」
「そんなもの、いくらでも届けてもらえるでしょ」
「はあ。でも、霊能力が無くなったのかを、確認するために外へ出る必要があったのでは?」
「霊能力も、届けてもらおうと思ったの」
「はあ?」
いや、いくらなんでもそれは無理では……
「霊能力を取り戻す方法をネットで調べたら、現役の霊能者と身体的接触をする事によって取り戻せる事が分かったの」
それ絶対、ガセネタだって……でも、この人信じ込んでしまったようだ。
ああ、それで現役の霊能者をお届けしてもらったというわけか。
「僕に抱きついてきたのは、そういう理由ですか?」
「そうよ」
「だったら、女性の霊能者を指名すればいいじゃないですか」
「いやよ。私、同性愛者じゃないし。抱きしめるなら、可愛い男の子がいいもの」
「ショタコンですか?」
「違うわよ。普通にイケメンが好きよ。でも、大人の男性にああいう事すると、本気になって襲われるじゃない」
「僕が本気になって、襲ってくるとは考えなかったのですか?」
「君なら、私の力でもねじ伏せられると思って……」
ひどい……




