別れ
「さてと……」
タンハーの姿が街角に消えてから、死神は飯島露の方をふり向いた。
「露ちゃん。辛い思いをさせて、すまなかったな」
飯島露はにっこりと微笑み、首を横にふる。
「いいよ。おかげで、荻原君の気持ちが分かったし……」
「そうか。それじゃあ、今から君を霊界に案内するが、別に急ぐ必要はない。彼との別れをすませておきな」
「うん」
飯島露は、荻原君の前に歩み寄る。
「荻原君。恐い思いをさせてごめんね」
「いいんだよ。それに、僕は本当に飯島さんの事が好きだったし、死んでからもチョコを持ってきてくれたと分かって、すごく嬉しかったんだ」
「そっか。いつから、あたしの事、好きだったの?」
「最初に、相合い傘をした時からかな?」
「なあんだ。じゃあ、あたし達、ずっと相思相愛だったんだね」
「ごめん。僕の方から、もっと早く告白していれば……」
「あたしこそ、ごめんね。本当は、分かっていたんだ」
「え? 何が?」
「荻原君を、連れて逝っちゃいけないって……でも、ハーちゃんからスマホを渡されて、霊界に一緒に逝けるって言われて……そんなことやってはいけない。荻原君を死なせてはいけない。分かっていたのに、期待しちゃって……」
「飯島さん……」
「でも、ハーちゃんの言っていた事は、すべて嘘だった。最初から、あたしを悪霊にするのが目的だったのよ。まんまと、騙されたのね。それに、もし荻原君が死んでも、一緒には逝けなかったと思う」
「どうして?」
飯島露は、死神の方を振り向く。
「そうなのでしょう? 死神さん」
死神は頷いた。
「ああ。霊界と言っても、いろいろとあってな。俗に言う天国とか地獄というのはないが、それに近い世界はある。一緒に死んでも、二人の魂は別々の世界に逝くことになっただろう」
やはり、そうだったのか。
「それにな、露ちゃんはすぐに転生するから、霊界にはそんなに長くはいないんだよ」
荻原君が死んだとしても、二人が結ばれる事は最初から無かったんだな。
「あんな事故さえなかったら……あたし達、付き合えたのにね」
だよね。あんな事故さえ、なかったら……
「一パーセントだったんだ」
ん? 一パーセント? そんな事を言った死神の方へ僕はふり向いた。
「死神さん。一パーセントって? なんの確率?」
「あの場所で、露ちゃんが事故に遭って死ぬ確率だ。本来なら一パーセントだった。だから、どうせ死なないだろうと、受け入れ準備なんかしていなかった」
「人の死期って、きっちり決まっているのじゃないの?」
死神は首を横にふる。
「決まってはいない。あくまでも、確率だ。だから、死神は死ぬ確率の高い奴から優先的に受け入れ準備を進める。だけどな、確率が低くても死ぬ人はいるのだよ。そういう人の魂は、四十九日以内に受け入れ準備をしないと、この世を彷徨う事になる。冬原小菊のようにな」
え? 誰?
「あの……それって……誰です?」
「ん? ああ! まだ、名前を聞き出せていないのか」
「僕の知っている人ですか?」
「ああ。よく知っているはずだ」
誰だろう? 仕事がら、霊と関わることは多いし……
「とにかく、人の死期というのは明確に決まっていないから、こういうトラブルは少なくないんだよ。ただし、何に転生するかは決まっているけどな」
「え? じゃあ、飯島露さんがこれから何に生まれ変わるかは、決まっているのですか?」
「ああ。それが決まったから、迎えにくることができたんだ。ただ、いつどこの誰に転生するかは、守秘義務があって死神の口からは言えないんだ」
死神にも守秘義務があるのか。それじゃあ仕方ないな。
「だから、一ヶ月後に、露ちゃんが荻原新の隣家の娘に転生するなんて、口が裂けても言えないな」
裂けやすい口だ……
「ああ! そうだ。ちょっと待っていて」
荻原君は突然何かを思い出して、家の中に入っていった。
程なくして、白い小さな包みを持って出てくる。
「飯島さん。これを」
荻原君は、飯島露に包みを差し出した。
「これは?」
「今日は、ホワイトデーだよ」
「そうだったね。用意してくれていたんだ」
「うん。霊界に逝くのは恐いけど、飯島さんの事は好きだったし……もし、逝くことになったら、渡そうかなって……」
ん? 樒に肩を叩かれてふり向いた。
「優樹。私には?」
と言って手を差し出す。
「家にあるよ。仕事が終わってから」
「わーい!」
それはそうと、飯島露は幽霊だけど受け取れるのかな?
あ! やっぱり無理だったか。
荻原君の持っている包みを掴もうとするが、すり抜けているだけ……
それを見かねた死神が、アドバイスをしてくれた。
「そういうのは一度、露ちゃんを祭っている祭壇か仏壇にお供えするといい。そうするとそこから、霊的物質として取り出せる」
なるほど……
しかし、彼女を祭った祭壇とか仏壇とかは、飯島家までいかないとないよな。
さすがにそんな時間は……
「露ちゃんを祭ってあればいいのよね?」
樒が何か思いついたようだ。
「それなら近くにあるじゃない」
近く?
「事故現場よ」
そうだった! あそこには飯島露の小さな遺影があって、花や供物が供えられていたんだった。
早速、僕たちは事故現場へ向かう。
だが、その場所は一人の男によって荒されていた。




