死神のノート?
無意味に勝ち誇った後、ハーちゃんはコタツの上からスマホを拾い上げ、荻原君に差し出した。
「さあ、新よ。これを使って、露にはっきりと黄泉へ逝くことを断るのじゃ」
「え? でも……」
荻原君はスマホを受け取ってから、しばし無言でいた。
「どうした、新? 早く、露を説得するのじゃ」
「だって、なんて言えばいいのか、分からないよ」
「仕方ないのう」
そう言ってハーちゃんは、荻原君の眼前でノートを広げた。
「ここに書いてあることを、スマホに向かって読み上げるのじゃ」
「え?」
ハーちゃんが広げているノートを、荻原君はのぞき込む。
次第に荻原君の顔色は青ざめていった。
何が書いてあるのだ?
「こんな事、言えない」
「言うのじゃ。これを読み上げないと、露の未練は断ち切れん。このままでは、露はおまえを黄泉に連れて行くぞよ」
「でも……」
「このまま死んでもいいのか? 新が死んだら、どれほどの人が悲しむか考えてもみよ」
「でも……」
こいつ……最初は荻原君を黄泉に連れて行くなんて言っていたくせに、今更こんな事を言い出すなんて……
やっぱ、何か企んでいる。
「さあ、新。早く読み上げるのじゃ」
「やだ」
「なに?」
「こんな非道い事、言えない」
「言うのじゃ。でないと、おまえは死んでしまうぞよ」
「だって……」
「だっても、あさってもない。さあ、声を上げて読め」
「だって……僕……飯島さんの事が好きなんだから!」
「う! このままでは、死んでしまうぞよ」
「死んだっていい! 僕は飯島露さんを愛しているのだから……」
「ぐぬぬ……うわ!」
その時、樒にノートを取られそうになり、ハーちゃんは慌てて背後に隠した。
「そのノートに、何が書いてあるのよ? 見せなさいよ」
「何を言うか、大女。死神のノートを、人間に見せられるわけないだろう」
「何が死神のノートよ。どう見ても、ジャ○ニ○学習帳じゃないの」
「死神のノート製造は、ショ○ワノー○に発注しておるのじゃ」
「ゴチャゴチャ言ってないで、ノートを見せなさい!」
「だめじゃ!」
唐突にハーちゃんの身体が発光する。
この前、霊体から肉体に変化した時のように……
という事は、今度は霊体化したのか。
「身体を霊体化しても無駄よ。私は、霊体でも殴れる事は知っているでしょ」
「バカめ。霊体になれば、宙に浮くことができるのじゃ!」
「だから、何?」
樒は、手を上に伸ばした。
その掌は、余裕で天井に届く。クソ! 羨ましい。
「宙に浮いたところで、この部屋にいる限り、私からは逃げられないわよ」
「バカめ。霊体化すれば、壁を抜けられるのじゃ」
そう言ってハーちゃんは、樒がいるのと反対側の壁に向かって飛んでいく。
確かに霊体なら、壁を抜けられるな。
しかし、こいつ肝心な事を忘れていないだろうか?
あ! 壁を抜ける途中でノートが落ちた。
ノートは実体だから、一緒に抜けられないようだな。
床に落ちたノートを拾い上げたその時……
「ふぎゃあ!」
一度は壁を抜けて外へ飛び出したハーちゃんが、悲鳴を上げて室内に戻ってきた。
やっぱりね。結界に弾き返されてきたか。
「霊体になったら、結界を抜けられない。これであんたは、死神ではないとはっきりしたわね」
「クソ! 放せ! 大女!」
樒にエリ首を捕まれ、ハーちゃんはジタバタしている。
さて、ノートにはなんて書いてあるか……これは!
『やい飯島露! キモいから、俺に付きまとうんじゃねーよ! このブース! てめえみたいなウゼイ女を、俺様が好きになるわけねえだろ! 一緒に逝こうなんてフザケた事言ってんじゃねえよ! そんなのてめえ一人で逝け! バーカ! バーカ!』
これは、非道い!
「優樹。なんて書いてあったの?」
僕は無言でノートを開いて樒に見せた。
樒の顔が、みるみるうちに怒りの形相に染まっていく。
ハーちゃんもヤバいと思ったのか、樒の手から逃れようとジタバタもがくが逃げられない。
「この、極悪ロリババア!」
「ひえええ! 暴力反対じゃ!」
鬼のような形相で拳を振り上げる樒に、ハーちゃんは怯える。
「やめて!」
意外な事に、樒の腕を掴んで止めたのは荻原君。
「荻原君放して。こいつ殴れない」
「もう、いいんだ。ハーちゃんを放してあげて」
「え?」
見ると、荻原君は涙を流していた。
拍子抜けしたのか、樒はハーちゃんを放す。
自由の身になったハーちゃんに、荻原君は顔を近づけた。
「こんな事を言わないと、飯島さんは成仏できないの?」
「そ……そうじゃ」
「それなら……僕も逝くよ」
「え? 逝くって、どこへ逝くというのじゃ?」
「黄泉の国へ」
「ちょ……ちょっと待て!」
「だって……飯島さんに、嫌われたくないし」
そう言って、荻原君はスマホを取った。
「飯島さん。ごめんね。僕、今から結界の外へ出るよ」
『本当に? じゃあ、一緒に逝ってくれるの?』
「ああ。僕と一緒に、黄泉の国へ逝こう」
『もう、帰ってこられないけどいいのね?』
「いいんだ。だって、僕は君が好きだから。君のいない世界なんかいらない」
それを聞いていたハーちゃんが、なぜか慌てる。
「まて! まて! まて! 新! はやまってはならぬ。さあ、このノートを読み上げて、露をふるのじゃ」
それに対して、荻原君は首を横にふる。
「いいんだ。飯島さんは、僕なんかの事をこんなに愛してくれていたんだ。そんな飯島さんに、嘘でも非道い事を言うぐらいなら、死んだ方がいい。さあ、ハーちゃん。僕を殺して。君なら、痛みがないように殺してくれるのでしょ」
「すまん。痛くないように殺せるというのは嘘だ。本当は凄く痛い」
「どのぐらい痛いの?」
「そりゃあ、死ぬほど痛いぞ」
「死ぬのだから当たり前じゃない」
「う! それは……」
「痛くてもいいよ。飯島さんと一緒にいられるなら」
そう言って荻原くんは部屋から出て行く。
いけない! 結界の外に出る気だ。




