民族
エマニュエルで暮らす人間の8割は太古に栄えたハノーク人たちの末裔である。しかし中にはハノーク人の支配を受けず、血脈や独自の文化を保った民族もいる。本頁ではそうしたエマニュエルの少数民族について取り上げ、解説する。
◆キニチ族
北西大陸南部、トラモント黄皇国の南に突き出たグアテマヤン半島で暮らす少数民族。半島唯一の集落であるルミジャフタ郷には400~500人のキニチ族が暮らし、代々の族長が世襲でこれを束ねている。
元々は半島のあちこちに散らばる複数の部族だったが、通暦600年頃、ハノーク大帝国の侵略を危惧して立ち上がった太陽神の神子タリアクリによって統一され、一つの民族となった。つまるところ現在のキニチ族とは半島諸部族の血が混ざり合って生まれた民族であり、彼らの話すルミジャフタ語も束ねられた諸部族の言語が融合したものである。
こうした歴史的背景を持つがゆえに、二十二大神の中でも太陽神シェメッシュを特に強く信仰し、『天道暦』と呼ばれる太陽の運行を元にした独自の暦を持っている。キニチ族の「キニチ」とはルミジャフタ語で「太陽の一族」を意味し、ルミジャフタ郷で暮らす民は全員が始祖タリアクリの子孫という扱いになっている。
彼らの暮らすグアテマヤンの森は雨が多い亜熱帯の森であり、他の地域では見られない独特の生態系が形成されている。森には大蛟や緑豹、血吸い蝶といった危険生物がうようよしており、知識のない者が踏み入ればたちまち命を落としてしまう。このため森そのものが天然の要害の役割を果たし、ハノーク大帝国の侵入を許さなかった。おかげで森で暮らすキニチ族は大帝国の支配を免れ、現在も独自の言語や暦、文化を色濃く残した民族として八百年の歴史を守っている。
遺伝的に男も女も神術使いとしての素質に恵まれており、ルミジャフタでは神術を使えない人間の方が珍しい。男児皆兵で男は幼少時から戦士となるための教育を受け、特に父親から剣術や戦い方の薫陶を受ける。父親のいない男児は近隣の男親や族長から戦い方を学ぶが、各家に伝わる一子相伝の技を受け継ぐことができないため、同年代の子らから「父なし子」と馬鹿にされ、いじめの対象となることが多い。女は戦士にはならないが、幼い頃から護身用に飛刀の扱い方を学ぶ。
成人年齢は15歳。男児は成人して初めて戦士として認められ、親から剣を授かると同時に戦いに出ることを許される。そして実戦の経験を積み、独力で生き残る力をつけると、『クィンヌムの儀』と呼ばれる武者修行へ送り出される。
クィンヌムの儀とは一族の始祖タリアクリの足跡を辿るための旅であり、彼がグアテマヤン半島統一後、森を出てフェニーチェ炎王国を築いた栄光にあやかって、なにがしかの武勲を立てることを目的としたもの。このクィンヌムの儀を乗り越えて初めて子らは一人前の戦士と認められ、再び郷で暮らすことを許される。
儀式でろくな武勲を立てられなかった者は郷に戻る資格を持たず、皆からの笑い者にされる末路しかない。ただしクィンヌムの儀には特に期限やノルマは設けられていないため、どんな武勲を立てるかは本人の裁量次第。
その一方で儀式の期間はだいたい3年が目安と言われ、3年経っても戻らない者は脱落したとみなされる。が、中には自らの意思で郷に戻らないことを選択し、一生を外で終える者も。ルミジャフタ郷しか知らずに育った男児の多くはこの儀式で外の世界の広さや多様性を知り、大概の場合カルチャーショックを受けるという。
なおクィンヌムの儀には、閉鎖的な郷の中で一族の血が濃くなることを防ぐ目的もある。一族の男児を敢えて外の世界へ送り出すことで外界の女を妻として娶らせ、一族内での近親相姦を防ぐのである。
このため男児は儀式に出る際、筆下ろし等の性の通過儀礼を外の世界で済ませてくるよう大人たちから言い含められる。これはキニチ族が非常に厳しい貞操観念を持っており、郷には娼婦の役割を果たす異性が存在していないためである。
ちなみにルミジャフタ郷ではクィンヌムの儀に出る男児のために、現在はハノーク語が日常的に話される。エマニュエルの共通語であるハノーク語が満足に話せないと、儀式に出た先で路頭に迷うためである。
その一方で古来から続く儀式はすべてルミジャフタ語で執り行われ、一族に伝わる伝統的な詩歌もすべてルミジャフタ語であることから、子らは自然と2つの言語を使い分けるバイリンガルとして成長する。キニチ族の神術使いが祈唱(※1)にルミジャフタ語を用いるのもこのためである。
非常に保守的な民族だが、タリアクリが遺したとされる厳格な一族の掟を守り、正義ある行いを何よりも尊ぶ。義を見てせざる者は臆病者と後ろ指をさされ、除け者にされる風潮が強い。このためルミジャフタ郷と縁深いトラモント人からはキニチ族=常に弱い者のために戦う善なる戦士と思われており、一族の出身というだけで聖者のごとく有り難がられる傾向が強い。
また、神子となる前のタリアクリに神託を与え、導いたとされる伝説の鳥・トスネネへの霊鳥信仰も盛ん。こうしたキニチ族独自の文化やトラモント黄皇国との関わりについては、ルミジャフタ郷の解説頁でより詳細に取り上げる。
◆クェクヌス族
トラモント黄皇国領北東のアレッタ平野で暮らす遊牧騎馬民族。トムシュク族、クァナト族、チャンガル族、タジリク族の4つの氏族が、それぞれに部落を築いて生活している。通暦1020年頃までは北西大陸北部を版図としていたが、エレツエル神領国の侵略によって大陸の南へと追いやられた。
古来より四獣神の一柱であるダロムを信奉しており、鳳の姿をしているダロムにちなんで「翼の一族」を自称する。彼らが装飾具として必ず鳥の羽根を身につけているのはダロムへの信仰心の証。
クェクヌス族に伝わる伝説によれば、かつて一族は鳳神刻を宿す長に率いられていた。鳳神ダロムは天空で生きる生き物を司る神であり、クェクヌス族はかの神の加護の下、天馬とともに空を翔けて暮らしていた。
ところがエレツエル神領国の侵略戦争が激しさを増し、追い詰められたクェクヌス族は一族の血を絶やさぬため、降伏の証として鳳神刻を神領国へ供出。結果根絶やしにされることは免れたものの、脅威的な戦力となる天馬を絶滅に追いやられ、一族も遥か遠い南の地へ追放されることになったという。
以来クェクヌス族は天馬に似た馬を友として暮らし、天下無双と謳われるほどの精強な騎馬戦力を育て上げた。彼らは神領国に従うふりをしながら報復のときを待ち続け、やがて大陸南部で勃発した金神戦争に参入する。
そこで神領国からの独立を掲げる竜騎士フラヴィオに協力したクェクヌス族は、黄皇国建国後、アネッタ平野を永住の地として与えられた。以後黄皇国とは不干渉条約が結ばれ、長く良好な関係が続いていたものの、近年、政治腐敗による軋轢が生じ、幾度かの小競り合いに発展している。
◆砂漠の民
通暦1460年頃までトラモント黄皇国西方のルチェルトラ荒野で暮らしていた遊牧民。亜竜を家畜とし、非常に繊細で美しい金細工を産出していた民族として有名。砂漠を転々として暮らしていたためトラモント人からは「砂漠の民」と呼ばれるが、本人たちは「ハーフィズ族」と名乗っていた。
古来より太陽神シェメッシュを信仰の対象としていたことから、金神戦争の際にはシェメッシュの神子フラヴィオに協力し、黄皇国の建国を援助。その見返りとして黄皇国と不干渉条約を締結していたものの、時代が下るにつれ、ルチェルトラ荒野の金脈を狙うトラモント人に父祖の地を冒されるようになる。これに怒った一族の過激派がシャムシール砂王国の侵攻を手引きしたことで、黄皇国との関係が決裂。ほどなく黄皇国軍の苛烈な攻撃を受け、攻め滅ぼされた。
しかし彼らが騎獣としていた亜竜に軍事的価値を見出した黄皇国は、砂漠の民の生き残りを軍属として雇用し、『竜騎兵団』(※2)を新設する。この兵団の創立に際し、砂漠の民は亜竜の飼育・調教係(竜務官)として働く場合に限り、黄皇国の市民権を得られると法律で定められた。
これは〝竜務官を辞めれば生命と衣食住の保証はしない〟という恫喝に等しかったが、亜竜を己の命と同等の存在と考える砂漠の民は、黄皇国の要求を受諾。彼らの子孫は現在も竜務官として黄皇国軍に仕え、亜竜と共に生きている。
◆ピヌイスの民
トラモント黄皇国のパウラ地方南部に浮かぶ離島・セルキア島でひっそりと暮らす少数民族。その存在は外の世界ではまったく知られておらず、セルキア島も表向きには無人島ということになっている。これは潮の流れの問題で、島に出入りできる日が1年間にたった数日しか存在しないため。トラモント人に伝わる古い詩歌では人魚の島として謳われているが、これは人が住んでいないはずのセルキア島でピヌイスの民の姿を見かけた人々が、彼らを人魚と誤解したためである。
島にある唯一の集落・ピヌイスの郷で暮らす民族で、「ピヌイス」とは彼らの古い言葉で「不死鳥」を意味する。彼らは太陽神シェメッシュの使いと言われる不死鳥を信仰しており、かの鳥の姿を織り込んだ織物を織って生活している。
『ピヌイス織り』(※3)と呼ばれるこの織物は、あまりの美しさから黄皇国はもちろん、今や世界中で愛される高級織物。ピヌイスの民の中でも一部の織工にしか織ることのできない代物で、トラモント人の商人リチャード・アラッゾがその工法を解明し世に広めるまで、幻の織物と言われていた。
彼らがこの伝統工芸を頑なに守り続けているのには理由がある。郷で語られる伝説によれば遥かな昔、ある青年が人の言葉を話す美しい鳥を見つけた。鳥は傷つき怯えていたため、青年はこれを助け、ピヌイスと名前をつけた。
青年の介抱の甲斐あってピヌイスの傷は快癒。再び空を飛べるようになったピヌイスは「いつか必ず恩返しに来るから、それまで待っていてほしい」と告げて飛び去ろうとする。ところがこのとき既に青年はピヌイスに恋い焦がれていた。ゆえに行かないでくれと執拗に引き留め、最終的には鳥籠に捕らえてしまう。
彼に求められたピヌイスは、囚われの身となりながらも命を助けられた恩を思い、人の姿となって青年と交わった。そして青年の子を身籠ったが、これを知って怒り狂ったのが太陽神シェメッシュである。
実はピヌイスは元々人間の女で、過去に魔界と通じた罪を償うべく鳥の姿となり、100年間世界を飛び回って人助けをすることを神々に誓っていた。ところがそのピヌイスを捕らえ、勝手に人の姿へ戻したあげく、浅ましくも子を望んだ青年と彼の一族を、シェメッシュは滅ぼさんとしたのである。
而して郷が焼き払われようとしたそのとき、籠を飛び出したピヌイスがシェメッシュに嘆願した。曰く、すべての非は青年に真実を知られることを恐れ、欺いた自分にあると。ゆえに青年とその一族を許してほしいとピヌイスが乞えば、シェメッシュは彼女が彼らの身代わりとなるなら罪を許してもいいと答えた。
ピヌイスはこれを聞き入れて自らシェメッシュの炎に焼かれ、灰となって死んでしまう。彼女の亡骸を前にして、ようやく己の罪の重さを知った青年は後悔に打ち震えたという。やがて彼は償いのために外界と隔絶されたセルキア島へ渡り、他者と交わることを自らに禁じた。そうしてピヌイスへの感謝と贖罪を死ぬまで忘れぬために、彼女の姿を織り込んだ織物を織り続けた。
すると幾星霜が過ぎた頃、かつてのピヌイスそっくりの鳥が青年の前に現れる。その鳥はピヌイスが身籠っていた青年の子であり、母たるピヌイスの記憶を継承していた。子の肉体に宿る形で若返り、甦ったピヌイスとの再会を青年は泣いて喜び、2人は以後幸せに暮らしたという。
現在のセルキア島で暮らすピヌイスの民はこの2人の子孫を自称し、ピヌイスへの感謝と後世への戒めのために今なお機を織っている。外界との交わりを断っているのも俗世への執着から来るあやまちを繰り返さないためであり、彼らは郷の存在と秘密を頑なに守り続けている。
なおこの伝承(※4)を裏づけるかのように、ピヌイスの民の間には1代に1人、必ず〝ピヌイスの生まれ変わり〟と呼ばれる娘が生まれてくる。生まれ変わりの娘はピヌイスの翼と同じ玉虫色の瞳と、不老の肉体を持って生まれる。彼女らは『織姫』と呼ばれて大切に育てられ、郷の織工を束ねると同時に、一族の信仰の対象として守られる。織姫は死ぬまで若く美しい姿を保つが、寿命は通常の人間と変わらず、当代の織姫が死ぬと必ず次代の織姫が生まれてくるという。
◆ゲヴァルト族
エマニュエルで最も有名かつ恐れられている戦闘民族。特定の定住地を持たず、世界中を放浪する少数民族で、ヴァンダルファルケ族、ヴェルトカッツェ族、ロイ族、シュティア族、リンドブルム族の5氏族からなる。一族皆兵の屈強な民族で、氏族ごとに活動する巨大な傭兵団のようなもの。各氏族は1000~3000人程度の血族によって形成され、普段は世界中に散らばってそれぞれに生活している。
戦争への介入や魔物討伐を生業としており、軍隊としての強さは折り紙つき。ゲヴァルト族として生まれた子供は男女を問わず、幼少期から戦士としての英才教育を施されて育つため、成熟すると個人でも並の兵士10人に匹敵する強さを誇る。
各氏族には『祖霊』と呼ばれる象徴が存在し、12歳で成人すると誰もが必ず祖霊の刺青を入れる。祖霊はゲヴァルト族の始祖5人に血を分けた聖獣がモデルとなっており、刺青は体のどこに入れても良い。
またゲヴァルト族の氏族にはそれぞれ身内を識別するための色があり、識別色+氏族名を姓として名乗る。たとえばヴァンダルファルケ族に属する者なら姓は「シュバルツ・バンダルファルケ」、ヴィルトカッツェ族に属する者なら「ヴァイス・ヴィルトカッツェ」となる(ゲヴァルト語でシュバルツは「黒」、ヴァイスは「白」を表す)。氏族ごとの祖霊や識別色、特徴を表にまとめると以下のとおり。
上表にある『咒武具』とは咒術(※5)によって精霊の力を賦与された特別な武器のこと。この咒武具には剣(風)・槍(雷)・斧(地)・弓(火)・盾(水)の5種があり、たとえば風の剣であれば剣を媒介にして風刻に相当する風術を操ることができる。
つまり神刻を介さずに神術に似た力を行使できる強力な兵器であり、現存する咒武具の中でも最も強い力を持つものを各氏族の族長が所持している。咒武具の中でも氏族の長が族長の証として所持するものは『大霊具』と呼ばれ、代替わりの際に当代の族長から次代の族長へと受け継がれる決まりになっている。
また各氏族内で特に優れた戦士は『四傑』なる称号を与えられ、側近として族長に仕える。四傑の定員は文字どおり4人までであり、彼らもまた咒武具を所持することを許される。これは族長が所持する大霊具の他に、各氏族にはそれぞれ異なる属性を持つ4つの咒武具が分配されているためである。たとえばヴァンダルファルケ族であれば大霊具が剣(風)であるため、四傑が所持する咒武具は槍(雷)・斧(地)・弓(火)・盾(水)のいずれかとなる。
ただし咒武具は武器そのものが意思を持ち、己の使い手にふさわしい者を選ぶため、ただ武芸に優れているだけでは四傑には成り得ない。これは族長も同じであり、大霊具に認められるためには当代の所持者である族長を次代の族長が決闘で打ち倒し、殺害する必要がある。
この決闘で卑怯な手段を用いたり、談合して代替わりをしようとしても、大霊具は決してその者を族長として認めない。また咒武具はゲヴァルト族の血を引く者にしか扱えないため、部外者が族長に決闘を挑んで勝利しても無意味である。
さらにゲヴァルト族の中には『咒医』と呼ばれる者たちがおり、彼らは咒術を用いて傷病者を癒やしたり、未来を予言したりする力を持つ。現在一族の中で咒武具をメンテナンスできるのも彼らのみであり、咒医という名でありながら咒武具専門の鍛冶師のような役割も持つ。
彼らが定住地を持たず、今も世界をさすらっている理由については諸説あるが、元は古代に栄えたシュトライト覇王国という名の王国の民であったらしい。しかし覇王国は通暦450年頃、ハノーク大帝国との戦いに敗れて滅亡しており、大帝国に服従することを良しとしなかった遺民がハノーク人の支配を逃れるために流民へと身を落としたのが始まりではないかと言われている。
◆口寄せの民
アビエス連合国のいずこかに隠れ里を持つ女だけの少数民族。人前には滅多に姿を現さず、外部の人間と接触するときは決まってベールで顔を隠しているため、非常に謎多き一族として有名。『希石』と呼ばれる特殊な水晶を生み出し、その水晶を用いて『希術』という名の妖術を操る。希術は希えばあらゆる願いが叶う力と言われ、彼女らの力添えで連合国はエマニュエル史上類のない大発展を遂げた。
しかし彼女たちの正体、起源、文化は未だ謎に包まれており、希石の製法等も外部には一切明かされていない。これは連合国において彼女らの秘密を暴こうとすることがタブー視されているためで、たとえ運良く接触することができたとしても余計な詮索をしてはいけない。口寄せの民の秘密を探ろうとする者は必ず奇妙な死を遂げるか、ぱったりと消息が途絶えてしまうためである。
唯一判明しているのは彼女らの暮らす隠れ里が『口寄せの郷』と呼ばれていることと、希石の原石となるのが『霊石』という名の特別な水晶であること、一族に属する女たちはみな不老であり、何百年も若く美しい姿を保っているということのみ。郷の掟を破り、現在エルビナ大学(※6)で教鞭を執っているマドレーン・マギステルによれば、口寄せの郷では無断で郷の外へ出ることも外界の人間と接触を持つことも固く禁じられており、徹底した秘密主義が布かれているのだという。
希術を魔術の類とみなす者たちは口寄せの民を「魔女」と呼んで恐れるが、これには彼女らが使う妖術の他にも理由がある。アビエス連合国の前身であり、南西大陸に1000年にも及ぶ恐怖政治を布いていたシャマイム天帝国の帝王カエサルの傍らには、常に大希術師マーニャ・セクィトゥルの姿があった。彼女はカエサルの暴政に加担し、刃向かう者には容赦なく呪いや災いを振り撒き続けた。
そうしてマーニャがもたらした多くの呪いは、彼女を「魔女」と形容して差し支えないほどおぞましいものだった。ゆえに口寄せの民は今なお「魔女」として恐れられ、一部の者たちに忌み嫌われている。
なお連合国が保有する飛空船等の最新技術が他国へ輸出されないのは、国外ではこの魔女思想が未だ根強く、どの国も希術を用いた技術(希工術)を受け入れようとしないため。特にエレツエル神領国が口寄せの民を「魔女の一味」と厳しく糾弾し続けているため、希工術による文明開花は未だ連合国内に留まっている。
◆クプタ語族
無名諸島で暮らす先住民たちのこと。どの部族も現在ではクプタ語を島嶼間の共通語としていることから、外部の人間は彼らをまとめて「クプタ語族」と呼ぶ。
実際には9つの島にラナキラ族、カプ族、マルラニ族、カナロア族、ペレ族、モルスコ族、マカニ族、ヴォソグ族、フゥナー族、ラソン族、鰐人族の11の部族が暮らしている。彼らの間には交易や婚姻といった平和的交流が見られるものの、ちょっとしたことから諍いが起きることも少なくなく、未だに部族間抗争が絶えない。かつてはもっと多くの部族が共存していたというが、争いによって滅びたり、より強い部族に吸収されたりして今の11部族に落ち着いた。
北西大陸と南西大陸をつなぐ航路の重要な補給地点であることから、無名諸島には食糧や水を求めて立ち寄る異国の船が多いものの、島の部族たちは元来排他的で余所者のことをあまり快くは思っていない。彼らの掟を破ったり、礼儀を欠くような行いをすれば、容赦なく攻撃の対象とされてしまうので注意が必要。
ハノーク大帝国の支配を受けなかったおかげで今も独自の文化や言語を色濃く残しており、ハノーク語を話せる人間はごくわずか。島の8割は密林で覆われているため、島に住む部族の多くは『マカ・ラウ』と呼ばれる樹上家屋で暮らしている(これは毒蛇や森蠍、大猫鼬といった害虫・害獣から身を守るため)。
非常に原始的な生活を今なお頑なに守っており、伝統的な儀式や舞踊、工芸品などが多い。部族によって多少の差異はあるものの、熱帯気候で暮らしているためどの部族も肌の色が黒く、ほとんど裸同然の姿で生活している。主食は魚や果実。
◆テペトル諸族
テペトル諸島に暮らす先住民たちのこと。無名諸島と同じく赤道付近に浮かぶ島々を居住地としながら、標高2500~4000mもの高地に集落を築いているため、気候も生活様式もまったく異なる暮らしをしている。
基本的に1つの島は1つの部族の縄張りとなっており、諸島にはワド族、シーラ族、クトーネ族、ビトカ族、トラグ族、イティワナ族、ペシュ族、山羊人族の8つの部族が暮らしている。いずれも争いを好まない温厚な部族で、部族間の交流は最低限。滅多なことでは争いも起こらず、揉めごとが起きたときには当事者の部族の長が山羊人族の集落を訪ね、調停してもらうのが習わしとなっている。
島と島とは海面から1000~2000mもの高さになる木製の吊り橋でつながれており、テペトル諸族はその橋と諸島を形成する岩山の細い山道を羊駝を連れて歩く。彼らにとって羊駝は荷運びのための労力であり、羊乳などの食糧の提供者であり、衣類の材料にもなってくれる大切な友である。諸島全体の羊駝の数は暮らしている住民の数より多いと言われ、テペトル諸族はよほどの非常時でない限り、羊駝を殺して食べることは決してしない。
常に高所で暮らしているため高地順応しており、酸素が薄い地域でも支障なく活動できる。特に有名なのはマッピワ山に暮らすシーラ族で、彼らは『風翼』と呼ばれるグライダーを使って高所から飛び降り、空中を滑空しながら夏の間だけ島に飛来する海鳥の群を捕獲する。捕獲したワヌーは殺めたのち、死んだ羊駝の皮でつくった袋に詰め、地中に埋めて保管する。これは土の中で数ヶ月をかけて発酵させ、冬用の保存食として熟成させるためである。
このような手法が取られていることからも分かるとおり、テペトル諸島は非常に食べ物が少ない。主食は家禽の肉と魚、芋、豆、黄黍、チーズで、それ以外の食糧はほとんど見られない。羊駝の乳から作られるテペトルチーズはテペトル諸島の名産品として有名だが、島の部族にとっては貴重な食糧であるため、手に入れたい場合は別の食糧との物々交換が必須である。
また色とりどりの糸を駆使して織られたテペトル織りも名だたる名産品の一つ。このテペトル織りは三角形を基本とした幾何学パターンや鳥の図柄が織り込まれたものが多く、前者はテペトル諸島を形成する山々を、後者は島の部族たちが信仰している風の神ネーツを表しているとされる(ネーツはハヤブサの姿をした神であるため)。島の集落には『鳴り板』と呼ばれるウィンドチャイムが至るところに吊されており、風が吹いてこれらを一斉に鳴らすと、先住民たちは「ネーツ様がお通りになった」と言って手を合わせる風習がある。
南西大陸と南東大陸をつなぐ航路の中継地であるため、無名諸島と同じく余所者の出入りが激しいが、寄港者は食糧をもたらしてくれることもあるので部族たちの態度は寛容。今では部族のほとんどがハノーク語を話し、島の外から来た者に対しても非常に友好的である。
(テペトル織りイメージ画像)
※画像引用元
https://hiveminer.com/Tags/fabric%2Cguatemala/Timeline
(テペトル羊駝イメージ画像)
(ワヌーイメージ画像)
◆チムチーク族
北西大陸北部の山岳地帯に暮らす少数民族。恐鳥と呼ばれる鳥を騎獣としており、かつては麓の平原で騎馬民族ならぬ騎鳥民族として暮らしていた。
恐鳥は凶暴性の高い肉食の猛禽で、高所からはばたきつつ飛び降りる程度のことはできるが、飛行はできない。このためチムチーク族は彼らの背に鞍を乗せ、馬を乗り回すように大地を馳せる。
彼らが人間の天敵であった恐鳥を手懐けることができたのは、初代族長が獣神刻の持ち主であったため。獣神刻は四獣神の一柱マーラヴの魂を宿した神刻で、地上で生きる生物と持ち主との意思の疎通を可能にした(恐鳥は鳥類でありながら飛べないため、地上の生物として認識されていた)。
しかしやがてこの獣神刻を狙うエレツエル神領国軍の攻撃に晒され、一族は土地の痩せたイスラシュ山脈へと逃げ込むことになる。獣神刻は既に奪われたため、神領国軍の征服目標からは外れたものの、一族は山中を転々としながら復讐の機会を窺っているという。
かつて同じ北の大地で暮らしていたクェクヌス族とは交流があったが、その歴史も忘れ去られて久しい。鳳神刻を刻んでいたクェクヌス族の族長と、獣神刻を刻んでいたチムチーク族の族長は固い絆で結ばれた親友同士であったという。
獣神刻を失った現在のチムチーク族は、気性の荒い恐鳥たちと共生するために非常にユニークな方法を取っている。それは群で生活し、仲間には決して攻撃を加えない恐鳥たちの習性を利用し、自分たちも恐鳥になりきるという手法である。
そのためにチムチークたちは、家の外では常時鳥の仮面を被り、恐鳥の羽根で作った外套を羽織っている。恐鳥の匂いをまとい、姿も彼らに似せることで、群の一員として振る舞うのである。彼らは一族の安全のため、家の外では決して仮面を外してはならない。そうした歴史が長く続いたことから、いつしか人前で仮面を取ることもタブーとされ、彼らが仮面を外せるのは一人で屋内にいるときか、家族や恋人などのごく親しい者の前のみという不文律が守られている。
なお普段から常時仮面を被って暮らしているため、狭い視界での生活に順応し、彼らは視覚を補うための優れた聴力を持っている。生き物の気配を察知する能力にも特化しており、戦闘能力は非常に高い。
(恐鳥イメージ画像)
※画像引用元
http://www.loadtve.biz/primeval-terror-birds.html
(チムチーク族衣装イメージ画像)
※画像引用元
https://www.deviantart.com/pinkabsinthe/art/Feather-cape-with-pelerine-II-637186754
(鳥仮面イメージ画像)
※画像引用元
http://blog.livedoor.jp/sarutahikomen/archives/76383104.html
(※1)
祈唱とは、ファンタジーRPGでよくある〝魔法の詠唱〟のこと。エマニュエルの民は体に刻んだ神刻の力を呼び覚ますとき、神への祈りの言葉を口にする。神刻を通して神の御力の一部を借りる許しを乞い、精霊たちに協力を求めるのである。
このため祈唱に定型文はなく、術者は自らの言葉で好きなように祈ってよい。ただし信仰心の薄い者が唱える祈唱は力が弱く、術を行使するために長い時間と多くの言葉が必要となる。無神論を信奉する者は、当然ながら神術を使えない。なお祈唱は唱える言語によっても、多少ながら効力に差異がある模様。
(※2)
竜騎兵団とは、トラモント黄皇国が擁する亜竜を騎獣とした軍団。兵力は3000ほどで、シャムシール砂王国との国境を守る黄皇国中央第3軍に含まれている。
馬よりも勇敢で賢い亜竜はいかなる敵を前にしても怯むことなく、竜人とも互角に渡り合うことから、黄皇国最強の軍団と呼び声高い。しかし亜竜は元来気性が荒く、人間には懐かない生物であることから、軍用化に至るまでの道のりは険しかった。黄皇国が砂漠の民を武力排除しておきながら、その生き残りを条件つきで囲ったのは、彼ら以外に亜竜を手懐けられる人間が存在しなかったためである。
当然、砂漠の民側は黄皇国の見え透いた魂胆に反発したが、これを宥め、一族存続のためにと説得したのが現在の黄皇国中央第3軍統帥のガルテリオ・ヴィンツェンツィオである。彼は黄皇国軍による砂漠の民掃討作戦の際、軍人でありながら作戦のあまりの理不尽さに義憤を起こし、砂漠の民を救わんとした経歴を持つ。
このときガルテリオを信じ、共に一族を守ろうと戦ったのが砂漠の民長老の養女アンジェ・シーカーである。亜竜の生態研究に勤しむ生物学者でもあったアンジェは、のちにガルテリオと惹かれ合い結婚。砂漠の民は皆、長老の愛娘であったアンジェと彼女が夫に選んだガルテリオを信じ、竜務官となることを肯じた。
なお亜竜の軍用化の過程で、アンジェの長年の研究が重要な役割を果たしたことは言うまでもない。にもかかわらず、黄皇国内には未だ雲民(※7)の出である彼女の研究を軽んじる声が多く、彼女を慕う砂漠の民がガルテリオの退役後も黄皇国に従順であるかどうかは、甚だ不透明である。
(※3)
ピヌイス織りとは、ピヌイスの民の間に伝わる伝統工芸のこと。この織物には彼らが信仰の対象とする不死鳥の姿が必ず織り込まれており、その精緻な図柄や独特の色使いが多くの愛好家を生み出している。ピヌイス織りにおけるピヌイスは必ず雌雄一対で描かれるのが特徴。向かい合う2羽のピヌイスは決まって右がオス(生の象徴)、左がメス(死の象徴)であり、この構図は一族の始祖たる男女、及び死と再生を繰り返すピヌイスの不死性を表している。
なおピヌイス織りは通暦1460年頃までセルキア島の外へはあまり出回らず、長らく幻の織物と呼ばれていた。発祥も工法もまったくの不明であったこの織物の謎を解き明かしたのが、トラモント人の商人リチャード・アラッゾである。
青年時代、とある人物からピヌイス織りを譲り受けた彼はその美しさと謎に魅せられ、当時〝失われた技術〟と呼ばれていたピヌイス織りの工法を求めて身一つで黄皇国中を飛び回った。そこで偶然ピヌイスの民の織姫であったマヤウェル・レナ・ピヌイスと出会い、彼女に教えを乞うて工法を甦らせ、これを生産できる織工を育てた。やがて彼が黄皇国の田舎町ペントレッタにピヌイス織り専門の店と工房を構えると、あっという間にその名が広がり、町に莫大な経済効果をもたらすこととなる。ついには噂を聞きつけた商人たちが海の向こうから訪ねてくるほどになり、ペントレッタは発展と共に「ピヌイス」と町の名を改めた。
しかし一部の歴史学者たちは、このピヌイス織りに描かれる不死鳥の姿が、ルミジャフタ郷で信仰される霊鳥トスネネに酷似していることを指摘する。それも姿形だけでなく「不死性」「言葉を話す聖なる鳥」「幸運のシンボル」など、概念としての類似性も見られることから、ピヌイス信仰とトスネネ信仰の間には何らかのつながりがあるのではないかと見られている。
(ピヌイス織りイメージ画像)
※画像引用元
https://hiveminer.com/Tags/fabric%2Cguatemala/Timeline
(※4)
ピヌイスの民の間に伝わるこの伝承だが、実は発祥は古代のグアテマヤン半島統一戦争にある。当時半島で最大の勢力だったアティパイ族の青年タリアクリには、カチャという名の美しい妻がいた。ところが激化する部族間抗争のさなか、アティパイ族の集落は敵性勢力の急襲を受け、夫婦は散り散りになってしまう。
どうにか難を逃れたカチャだったが、森で負傷し動けなくなっていたところをチャプ族のイスムという男に助けられた。しかしチャプ族は他でもない、アティパイ族の郷を急襲した敵性勢力の一角である。正体を知られれば殺されると考えたカチャは記憶喪失を装い、傷が癒え次第逃げ出す算段を立てた。だが事情を知らないイスムはカチャの美貌に惚れ込んでしまう。
やがて快復したカチャは「記憶を取り戻す旅に出たい」と申し出たが、郷を離れられないイスムは彼女を引き留めるために想いを告げる。そして結婚を申し込んだが断られ、逆上の果てに彼女を監禁、強姦に及んだ。結果カチャはイスムの子を孕むも、出産前に太陽神シェメッシュの神子となったタリアクリがチャプ族の郷へ現れる。そこでカチャの生存とイスムの非道な仕打ちを知ったタリアクリは怒り狂い、《金神刻》の力でチャプ族を根絶やしにしようとした。
しかしカチャがこれを制止し、イスムがいなければ自分たちは再会できなかったとタリアクリを説得。彼女の訴えを聞き入れたタリアクリは、チャプ族が半島から出ていくならば妻への仕打ちを許すと告げ、イスムらは這う這うの体でセルキア島に逃れた──というのが伝承の真実である。
この逸話がグアテマヤン半島全土に広がっていた霊鳥信仰と融合し、チャプ族の体面を取り繕う形で後世に伝わった。つまるところチャプ族=ピヌイスの民であり、彼らの不死鳥信仰とルミジャフタ郷の霊鳥信仰に共通点が多いのはどちらもグアテマヤン半島にルーツを持つ民族だから、というのが事の真相。
なおセルキア島は元々無人島ではなく、かつてハノーク大帝国に滅ぼされた古王国の民が隠れ住んでいた。ゆえにピヌイスの民とは、彼らとチャプ族の混血児。
ちなみにタリアクリは半島を統一したのち、カチャが生んだイスムの娘を「子に罪はない」と言ってイスムのもとへ送り届けた。この娘こそが最初の織姫であり、彼女らが不老の肉体を持って生まれてくるのは、不死鳥の祝福ではなくタリアクリが遺した戒めの呪いである。
(※5)
咒術とは、ゲヴァルト族の間に伝わる秘術のこと。口寄せの民が使う希術に非常によく似た妖術で、『咒石』と呼ばれる宝石を消費することで行使される。咒武具とはこの咒石が埋め込まれた武具のことであり、各武具の属性・特性は埋め込まれた咒石に依存する。
一族内でも咒術を行使できるのは咒武具の持ち主と咒医のみ。前者が使える咒術は所持している咒武具によって限定されるが、咒医は多様な術を操り、特に医術・占術系の咒術に長ける。口寄せの民が使う希術との大きな違いは、咒術が〝神刻を介さずに精霊の力を借りること〟に特化している点。咒術によって引き起こされる奇跡の数々はいずれも精霊の力によるものであり、神々や精霊の力を借りずに行使される原理不明の希術とは一線を画している。
(※6)
エルビナ大学とは、アビエス連合国の盟主国であるマグナーモ宗主国の最高学府。宗主国の首都アルビオンに学舎を持つ大学で、エレツエル神領国の最高学府・聖学殿にも並ぶ最先端の学問を学ぶことができる。
国外からの遊学生も手広く受け入れており、他国の学術機関にはない『希工学』を学べるのが最大の特徴。希術を用いた新技術の開発はこのエルビナ大学の研究から発信されることが多く、発明家を目指す学生たちからの人気が高い。
他にも他国の学術機関と大きく異なる点として、いかなる種族・民族に属する者であっても、入学試験にさえ合格すれば十二歳から入学が認められるということが挙げられる。このためエルビナ大学には獣人の学生も多く、人間と獣人が同じ学び舎で学問に打ち込むという、非常に珍しい光景を見ることができる。
(※7)
雲民とは、いわゆる流民や浮浪者のこと。その多くは戦乱や飢饉、魔物の襲撃等で故郷を失った人々で、エマニュエルでは彼らの境遇を哀れみ、「雲民」という呼称が用いられる。これは流浪の民をあてどなく空を流れる雲(エマニュエルでは、雲とは抜け落ちた神鳥の羽根が寄り集まったものと考えられている)にたとえることで、差別を緩和しようという狙いがあるためである。
しかし時代が下るにつれて、雲民という言葉にも人々の嘲りが滲むようになりつつある。流民は概して貧しく、物乞いをしたり、盗みを働いたり、果ては戦場に赴いて死体をあさることも少なくない。こうした彼らの行いを蔑み、人々は本能的に雲民を嫌う。彼らは所詮異国から流れてきた余所者であり、突き詰めれば治安の悪化や疫病の原因になるためである。
ゆえに雲民の出身というだけで、どんな成功を収めようと軽んじられる風潮はなくならない。雲民と同じように各地をさすらって暮らしながら、人々に白眼視されずに済むのは傭兵、冒険家(※8)、行商人、宣教師、そして吟遊詩人のみ。
(※8)
エマニュエルにおける冒険家とは、危険を冒して未知の秘境や古代遺跡に赴き調査・探検を行う職業のこと。ファンタジーRPGなどでよくある〝戦う何でも屋〟ではなく、未踏の地の踏破や財宝探しを目的とした知的職業である。
彼らは世期の大発見や一攫千金を狙う財宝稼ぎ、大神刻の発見を目的とする神刻探求家、遺跡からハノーク人の遺物を持ち帰り、蒐集家に売り捌く冒険商人などに大別され、大抵の場合、背後に支援者や依頼主を持つ。冒険の知識や技術は持たないものの、探検に興味を示す人々の代表あるいは代理人として危険な土地へ足を運び、目的を遂行するのが冒険家たちの仕事なのである。
このためエマニュエルの冒険家には探検のための様々な知識と、身を守るための戦闘スキルが要求される。中には護衛として傭兵を雇い、自らは探索に専念する冒険家もいるが、業界では少数派。冒険家というのは大概資金繰りに苦労していて傭兵を雇う金など持ち合わせていないし、死地で他人に命を預けることの愚かさを、彼らは身をもって知っているためである。
なお支援者からの経済的援助が乏しい冒険家たちは、冒険記を出版して小銭を稼ぐという手法をしばしば採用する。エマニュエルに数多存在する冒険記が娯楽重視で信憑性に欠けるのは、その大半が金稼ぎのために書かれた書物だからである。
これらは学術的資料としての価値は低いものの、大衆娯楽としては古くからそこそこ人気。しかし真面目に研究に取り組む学者の多くは、そうした冒険記の流通によって誤った知識が世間に流布されることを危惧し、無責任な冒険家たちを「金の亡者」と毛嫌いしている。




