027話 親子
元亀二年(1571年)四月 【越後 春日山城】にて
「それで、顕景(景勝)様のご様子はどうじゃ?」
久しぶりに顔を合わせた息子、与六(後の直江兼続)に、樋口兼豊が顕景(景勝)について尋ねた。
樋口兼豊は、長尾顕景(景勝)の今は亡き父、長尾政景の家老をしていた人物であり、政景死後は、そのまま顕景(景勝)に仕え、今は主に領地の方を差配している。
「相も変わらずでございます」
顕景(景勝)の小姓をしている与六(兼続)は何とも言えない微妙な顔をしてそう返答した。
「黙して語らず笑顔も見せずか?」
腕組みをした兼豊が難しい顔をして問い掛ける。
「はい」
「困ったものよのう。せっかく越後国主の座が見えて来たというに、何であのような性格になってしまわれたのか……
あのような性格では人には好かれぬし、もしそれで何の才も無いならば誰も付いて来ぬと言うのに」
本当に困った、という顔をして兼豊が天井を仰ぎ見た。
「生来のご性分のようですし、致し方ありますまい」
与六(兼続)も困り顔をして主人をそう庇う。
「しかしだな、最近は景虎殿を評価する声が日に日に増しておるのだ。領地にいた儂の耳にまで届くぐらいにな」
そう言って兼豊は眉を顰めた。
「それほどまでに?」
少し驚く風を見せる与六(兼続)に兼豊は大きく頷いた。
「そうだ。千里眼の話しやら小沢和紙の話しが伝わって来ておるし、既に養蜂のやり方も教えられたしな。嫌味を言われても陰口を叩かれても受け流し闊達に人と接するとも耳にする。悪い話しがまるでない。
せいぜい北条の血を引くぐらいだ。
それとて、戦国の世なら肉親同士で骨肉の争いをし、和解するのも日常茶飯事なのだ。北条の血の事も何れは逆に利用できる、ぐらいにしか思われなくなるかもしれん。
これは参ったわ。
このまま時が過ぎれば、大殿(謙信)の後を継ぐのは景虎殿になりかねん」
「父上、ですが、お血筋から言えば顕景(景勝)様の方が筋目にございます」
「そうだ。儂もそう思う。
だがな、あまりにも顕景(景勝)様が己のご器量を示せない様では、どうなるか……
全ては大殿(謙信)次第だが……」
そこで一度、兼豊は言葉を切ったが、また直ぐに語を継いだ。
「よいか与六(兼続)
力ある者が生き、力無き者が滅びるのが戦国の世ぞ。
主人が愚か故に滅びた家臣の家など星の数ほどもある。
もし、顕景(景勝)様のご器量が景虎殿に比べ余りに劣っており、景虎殿と相争う様な事態が勃発した場合は、その時は……わかるな」
兼豊は息子の目を確りと見つめそう言う。
「父上、わたくしは顕景(景勝)様のご器量が景虎様に比べ劣っているなどとは思えません。
何れは知略も武勇も皆に示す時が参りましょう。その時はっきりわかりましょうぞ」
「そう思うか?」
「はい、間違いなく」
断言する息子に兼豊は笑顔を見せる。
「お前も一端の武士の顔つきになったな」
「そうでしょうか?」
自分の顔を撫でながら、与六(兼続)は首を傾げた。
それを見て愉快そうにしながら兼豊は笑顔を見せる。
話しの内容はともかく、そこには仲の良い親子の絆が見えた。
【つづく】




