015話 吊るし上げ
元亀一年(1570年)八月 【越後国 春日山城】にて
現在、俺は、孤立無援で集中砲火を受けている。
「チェックメイト・ジャック・フォー! チェックメイト・ジャック・フォー! こちら景虎! 現在、敵の猛攻撃を受けている! 救援を乞う! 大至急救援を乞う!」
そんな感じだ。
事の起こりは越中にて上杉方の椎名康胤が反旗を翻した事に始まる。
椎名康胤は義父上の信頼が厚く、関東への出陣中に春日山城の留守居をつとめた事もあるほどの男だ。
それが今回、武田信玄の調略に乗り裏切った。
まぁ当然だろう。前にも言ったけど、だから金とか領地とかをやらなきゃ駄目だって言うんだ。
俺に言わせりゃ上杉の武将は誰が寝返ったって驚くには値しない。
それはともかく義父上は椎名康胤討伐に出陣した。
ところが、その動きに合わせるように武田勢が伊豆の韮山城を攻め始めた。
そりゃあ椎名康胤を調略して兵を挙げさせたんだ。武田の動きがそれだけで終わるわけがない。
それで北条から使者が来た。
盟約に従い上杉の出陣を促して来たのだ。
春日山城で留守居役の代表をつとめる直江景綱は取り急ぎ越中に出陣中の義父上に使いを出す。
そんな時、またしても他国から使者が来た。
三河の徳川家康から対武田同盟の提案だ。
そんなわけで、城内はざわついている。
それだけならばよかったのだが、今、俺は評定の間にいる。
直江景綱が留守居の主だった者達を集めたからだ。
そして俺への吊し上げが始まった。
曰く……
「北条は盟約の条件にある領地引き渡しを履行していないのに援軍だけは望んでいる。厚かましいにもほどがある」
「武田がちょっと動いただけで援軍を求めるのは如何なものか」
「蒲公英を育てるなど、およそ越後の武士ではない」
「やはり北条の者を迎えるのは早計だったのかもしれませぬな」
と、まぁあれこれ言って来た。
どうも集まった留守居も主だった者全員という訳ではなく、どうやら「反景虎派」とでも言うべき者達だけを集めて、ネチネチと俺をいびろうという事らしい。
鬼の居ぬ間になんとやらで、義父上の目が無いところで、という魂胆らしい。
上杉家家臣ともあろう者達が何と嘆かわしい事か。
その代表が直江景綱。
君達には失望したよ。
まっ、そうは言っても俺はこの程度で傷付くほどの柔な心は持っちゃいない。
と馬耳東風で気にせずにいたのだが、ある事に気が付いた。
義兄、顕景(景勝)殿が微かな笑みを浮かべている。
おや珍しい。
あのいつも無表情で何も喋らない義兄上が。
そうか、それほど俺の苦境が楽しいのか。嬉しいのか。
まっ、わかってたけどね。
さて、そんな事よりもだ。将来の布石の為に言うべき事は言っておかなくてはね。
「皆さまの言う事、一々ご尤もにございます。
しかし、今、それを某にに言われたところで事態は変わりませぬ。
今、気をつけるべきは西上野からの攻め。
越中に上杉の兵を引き付け、伊豆に北条の兵を引き付けた今、武田が真に狙うは東上野と武蔵の地に間違いありませぬ。
この義、何とぞ義父上にお伝えを」
そう言って俺は景綱殿に頭を下げたのだが、景綱殿の反応は捗々しくない。
それどころか、この場に居る者は……
「何を仰られるのやら。武田の狙いは伊豆であり、その先の小田原に間違いござらん」
「然り然り武蔵とは笑止千万」
「ろくに戦の経験の無い若輩が妄言を申されますな」
「知者の真似事とは笑わせてくれる」
と、散々な言われよう。
やれやれ。俺憎し、というか北条憎しで眼が曇っている御仁ばかりのようだ。
まぁ長年、北条と戦ってくれば、北条宗家の血を引く俺の言葉を完全否定したくなるのもわかる。
まぁいいさ。
それ見たことか! となるのに、あと一月も無いだろう。
今更、吐いた言葉は飲み込めないぞ。
問題はその後だろうな。
どれたけの者が俺に対する見る目を変えてくれるのか。
変えてくれなきゃ変えてくれるまで粘るつもりではいるけれど。
なかなか険しい道だねぇ。
溜め息が出そうだ。
【つづく】




