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二十一世紀末電脳世界妖奇譚  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)


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文京区国際テロ組織襲撃事件 その5

 地下通路に重たい靴音が響く。

 ドロイドにせよ、アンドロイドにせよ、基本機械だから軽量化をがんばっても人よりは重たいのだ。

 ましてやそれが戦闘用の軍用ともなれば、重武装が当たり前。

 地下通路を駆ける上総君茂と三人の女子学生に見えるアンドロイドと護衛対象の人形神の靴音がただ静かに通路に響き続けていた。

 避難が終わっている大学構内でテロリストと警官隊で一進一退の攻防が続けている。

 かなり広範囲な銃撃戦なのに市民の被害報告が驚くほど少ないのは、天衛警備保障の親会社である高天原ホールディングスが事前に色々したのだろうと察する程度には上総君茂も大人になっていた。

 何しろ神話資源を手に入れる事ができるならば、その経済的利益は簡単に世界を変えかねないからだ。


(……箱舟の奴ら、誘い込まれたな……)


 そう思った上総君茂だが、同時に高天原ホールディングス内部の派閥争いに嫌でも思考が研ぎ澄まされてゆく。


(今や、コロニーや月面都市にその拠点を移そうとしているジャパニーズエルフたちの富裕層は、差別と嫉妬を燃やす現人類に対して快くは思っていない。

 箱舟あたりに情報が流れたのはそのあたりの派閥が関与したんだろうな……)


 順調に進む地球環境の悪化が、富裕層の地球圏脱出を進め、他国でも人体改造人間のエルフたちが衛星軌道や月面都市を第二の故郷として移住をはじめていた。

 宇宙を新たなフロンティアと定め、その支配者として君臨する彼らは文字通りの『殿上人』として世界を支配していたのだが、『箱舟』による地球浄化が成功すると労働者兼消費者を失う事になる高天原ホールディングスの実利派、地球滞在連中との摩擦は隠ぺいされつつも上総君茂みたいな賞金稼ぎの耳に届く程度には激化していた。

 ここで問題になったのは、ジャパニーズエルフをはじめとしたエルフたちの力の源泉である神話資源が地球上でしか顕在していない事で、最先端技術や経済的実権は地球滞在のエルフたちが握っていたのである。

 高天原ホールディングスの派閥争いだが、コロニーや月面都市のジャパニーズエルフたちを『天津派』地球滞在のジャパニーズエルフたちを『国津派』といつの間にか呼ぶようになり、神話資源を得た彼らが神話に汚染されたと人間たちが馬鹿にしたなんて話も今や昔。

 この派閥関係を今の依頼に落とし込んでゆく。


(多分、国津派の新しい神話資源がこの人形神で、天津派の連中が国津派に妨害工作をしかけた……)


 ここまでは、間違いがないだろう。

 問題はここからである。


(人形神……『何でも願いが叶う』だと?

 そんな都合のいいものがある訳ないだろうが……何だかのデメリットがあって、それを上回るメリットがあるはずで、それがこの件のポイントになるはずなんだ……)


 地下通路から地下鉄駅の事務室に出る。

 上総君茂が止まり、手で三体の女学生もどきを制する。

 人でないからこそ、上総君茂と違い息もあがらす、汗もかかない。


「……大丈夫ですか?」


 振り返ると、人形神の顔は不思議なほど落ち着いて見える。

 表情は変わらず、瞳の奥は何か別のものを見ているように見えた。


「少し待ってろ。

 中を確認する」


 端末で、無人である事務室を確認する。

 監視カメラに、ついてきた軍用アンドロイドのサーモグラフィで人がいないのを確認すると、天衛警備保障から教えてもらったパスワードを打ち込んで事務室に入る。

 ここまでは掃除が確認できている訳で、ホームにチャーター列車が到着し、天衛警備保障の連中に人形神を渡してしまえばこの仕事は終わりとなるのだが、ジェラルドから依頼の返事が来たのはこんな時だった。


「まぁ、予想通りろくでもない話だったよ。人形神は。

 データは送ったが、かいつまんで話すと、人形神のデメリットは二つ。

 『人形神は祀った者に強力に取り憑いて決して離れず、死後も人形神が離れることはなくついには地獄へ堕ちてしまう』そうだ。

 疑似的な不老不死を手に入れたジャパニーズエルフ連中には許容できるメリットだな」


 無人化されて誰もいない事務室の奥に女学生もどき三体を隠れさせて、上総君茂は暗号回線でジェラルドと連絡を取る。

 無線ハッキングもあるから、有線、そういう意味でもネットワークがきちんと管理されている地下鉄駅事務室は都合が良かった。

 人がいなくなっても、何かあったら人の手で動かせるようにというフェイルセーフのたまものである。


「まぁ、そういう所がないと神話資源なんて手に入れられんよ。

 で、もう一つは何だ?」


「『仏造りて魂を入れず』って言葉を知っているか?

 欲望によって作られた人形神には、邪悪な命が宿るという見方もできるんだが、要するに人形に入った魂なり神様なりが本当に人形神なのか分からないという訳だ」


「だと思った」


 口笛を吹こうとした上総君茂が我慢をした所にジェラルドから予期せぬ続きを聞かされる。


「で、柏原忠道教授だが、独身で典型的な研究馬鹿だったらしく、人形神に魂を移させるような親族は見つからなかった」


「何だと!?」


 軍用アンドロイドや神様ならこの会話も聞かれている可能性もあるが、そんな事は気にして賞金稼ぎなんてやっていられない。

 とはいえ、想定していた推理『柏原教授の娘なり奥さんなりの魂を人形に入れた』という推理が外れて上総君茂は大き目の声を漏らして口を塞ぐ。


「という事は、本物か?」

「本物か偽物かしらんが、少なくとも柏原教授の親族の魂ではない事は確かだ。

 お前、どういう推理で俺に裏取りをさせたんだ?」

「……狂言の可能性を考えていた。複数のアンドロイドをコントロールできる三木原ならそれができるんでな」


 上総君茂の推理はこうだ。

 何でも願いが叶う人形神なんてものが神話資源として取り出せる訳もなく、それを名目に柏原教授の奥さんなり娘さんの魂を人形に入れる。

 それでは研究を後援していた高天原ホールディングスは柏原教授への支援を打ち切る可能性があったので、高天原ホールディングス内部の派閥争いにかこつけて、テロリスト箱舟に情報をリークし襲撃を計画させる。

 この時点で『テロリストが狙うものだから本物だろう』という事で柏原教授の評価は安泰。

 人形神をテロリストが持っていってくれたら証拠隠滅までできる。

 この人形神をコントロールしつつテロリストに渡す事ができるのが三木原有実だった。

 

「だから、襲ってくるとしたらここだと思ったんだがな……」

「そういう不謹慎な会話をこの回線でしないでほしいのですがね」


 第三者の声が割り込む。

 天衛警備保障の乾和輝だった。


「今、チャーター列車を出発させた。

 到着後、うちの隊員がホームを確保した上で改札階に出て、あなた方を確保します。

 護衛対象はそちらに?」


「ああ。ありがたい事に無事だよ」


 上総君茂は返事をしながら悪寒を我慢する。

 高天原ホールディングスが天津派と国津派に分かれている状況で、彼はどちらなのか?

 国津派ならば問題はない。天津派でテロリスト『箱舟』と繋がっているのならば、大洪水を起こして神の国を願う危険組織に神話資源を渡してしまう事になる。


「到着時間は?」

「15分ほど」

「わかった。できれば早く来てくれ」


 会話をしながら上総君茂はメモにペンを走らせ、アンドロイドを一体呼ぶ。

 コントロールしているのが三木原だと分かっているから、万一の際の暗号文字で『情報を流してテロリストにここを襲わせろ』と書かれたメモを見たアンドロイドはただ頷くのみ。


 下から列車の到着音と銃声が響く。

 その銃声は長くは続かず、警戒していた上総君茂の回線に乾和輝の声が聞こえる。


「無事ですか?」

「こっちは無事だ。あんたの方は?」

「テロリストのドロイドに襲われましたが排除しましたよ。

 今、ホームを制圧したので、そちらに迎えを出します。

 動かないでください」


 テロリストもここまで襲う戦力はほとんど残っていなかったらしい。

 短時間の戦闘で済んだ事でほっとする。

 上総君茂はアンドロイドの方を見ると、アンドロイドは何も言わない。

 それは、三木原有実視点から見て、乾和輝とテロリストが繋がっていない事の証明。


「どうやら、仕事は無事に終わりそうだな……」


 ため息をつき、警戒をしつつも息を吐いて力を抜く。

 こうして、『文京区国際テロ組織襲撃事件』は厳重な報道管制の元、誰が何を狙ってどうなったのかまで隠されたまま日々のニュースの中に消えていったのである。


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