7-9『解禁』
A組からの闘争要請。
それは、かつて熱原が僕らに課したものとほぼ同じ形式のものだった。
以前のソレは、それぞれ6人を選出し、勝ち抜き戦で戦わせるもの。
今回は、それが4人になっただけ。
『そして雨森悠人。アンタにはそのトップバッターになってもらうわ』
それが彼女らの課した条件。
向こうからの出馬は決まってる。
紅、邁進、ロバート、米田。
この4人だ。
熱原は今回は無参加らしく、そうなれば納得のメンバーだと思う。
「……まだ迷ってるのか、僕は」
ふと、目が覚めた。
まだ日が昇るより前のこと。
ベッドから起き上がり、カーテンを開く。
暗闇に街頭の灯りが眩しい。
早朝の光景に目を細めていると……ふと、眼下で見知った顔が走っているのを目にした。
「……朝比奈」
こんな朝早くから走ってるのか。
よほど八咫烏に嬲られたのが堪えたか。
……あるいは、そうでなくとも彼女は強さを求めていたかもしれない。
強くなりたい、誰よりも。
誰かのために強くなりたい。
そんな感情は懐かしい。
酷く昔に、僕が捨ててしまった感情だ。
「誰かのために」
久しく、その言葉を口にしたことは無い気がした。
僕は自分のためだけに生きてきた。
自分のためだけに生きる。
それ以外に生きる価値など見いだせない。
たとえその根底に何があったにせよ。
僕は自分のためだけに生き続けるのだと、僕は確信していた。
それなのに今。
僕は……あの女、朝比奈霞のためだけに、自分の力を公にしようとしている。
……確かに、巡り巡れば僕のためさ。
僕が楽に学園生活を過ごせるように。
朝比奈が確実に学園を平定できるように。
朝比奈霞が負けた時のためを思って、動いてる。
……なんだよ。
こうして文面化すると、まんまアイツのためじゃねぇか。
これが星奈さんのため――とか言うならわかる。
いつもの星奈さん狂いが出たんだな、って言って朝比奈以外の皆納得するだろう。
だけど、よりにもよって朝比奈って……。
疲れてんのかな、僕。
少し寝た方がいいかもしれない。
そう考えて、朝比奈霞を見下ろしていると。
期せずして、僕の口から言葉が零れた。
「……本当に、なんでお前がここにいるんだよ」
それは、無意識下の言葉だったと思う。
ふと、ずっと昔の記憶が蘇る。
思い出したくもなかったけれど。
初めてクラスを覗き見た時。
お前の顔を見て、驚いたのを覚えてるよ。
「……お前が居なければ、もう少し平穏な日常ってのも、あったのかもしれないな」
あるいはお前が無能であれば。
きっと僕は、何も望まなかったと思うし。
お前が有能であるからこそ。
僕も、何かを望まずには居られない。
やがて、地平線から朝日が顔を出す。
朝比奈霞は地平線を見て、走るのをやめた。
僕は彼女から視線を逸らし、歩き出す。
気がつけば、覚悟なんてものは決まっていた。
いいや、最初から決まりきっていたのかも。
まぁ、どっちでもいい事か。
僕がすべきことは変わらない。
さぁ、決別の時だ。
今日をもって、僕は弱者から引退する。
☆☆☆
時が経つのは早いもので。
気がつけば、既に放課後。
僕らはグラウンドに集合していた。
いつかと同じ光景だ。
なんだが既視感を覚える。
だけど、以前とは決定的に違うものがある。
前回は朝比奈嬢が前面に立っていたけれど。
今回は、雨森悠人が矢面に立っているという、些細だけど大きな違い。
「あら、臆さず来たわね」
前方には、紅たちが立っている。
その後方には……橘の姿はないな。
橘を除いたA組が、ほぼ集結していた。
「あぁ、約束したからな。僕は基本的に、約束は破らない主義なんだ」
対する、僕の後ろにもC組の面々が勢ぞろいしていた。
あの時は……雨森悠人もほぼボッチだったが、今では多くの友人を得た。
僕に対する心配の感情も、あの時よりもずっと増えてる。
「……雨森くん。本当に信じてもいいのかしら。……これを貴方に聞くのも、すこし躊躇われるのだけれど」
ふと、朝比奈嬢が問うてくる。
僕は隣に立つ彼女を一瞥して、前を向き直す。
僕の反応に、彼女は少し悲しそうに目を伏せ、唇を噛み締めた。
そうだよ、そういう反応でいいんだよ。
僕はお前を嫌ってる。
だから、わざわざ大袈裟に反応するな。
無視に慣れろ、名前を覚えられないことは諦めろ。
そうじゃなきゃ、これから先3年間も一緒に居られないぞ。
「一つだけ、お前に言っておくことがある」
僕はそう言って、前に進み出る。
軽く振り返れば、朝比奈嬢は目を丸くして僕を見ていて。
僕は、端的に……そして初めて、彼女に自信を口にする。
「お前たちに出番はない。帰っていいぞ、朝比奈霞」
「……っ!?」
朝比奈嬢が目に見えて震えた。
それは、僕が彼女をフルネームで呼んだことに対してか。あるいは僕の発言に対してか。
その顔は少し赤く染まっていて……なんだか気持ち悪い笑顔をしていたため視線を逸らした。
「あ、雨森ー! 無理しなくていいからね! やばいと思ったら棄権するんだよ!」
「そーだぞ雨森! むりするなよなー!!」
火芥子さんやら、錦町やら。
多くの声に、僕は軽く手を振って前方へと歩いてゆく。
対して……相手から最初に出てきたのは、長身の外国人、ロバート・ベッキオ。
その身長は、おそらく二メートルを優に超える。
大きさだけで見れば、もしかしたら堂島先輩をも超えているかもしれない。
体格とは何よりも明確な天性だ。
武を競うに至って、その天性はなによりも重要な役割を担う。
まぁ、簡潔にいえば体格だけで勝敗が決まることもあるってことだ。
「やァ、雨森悠人。キミの相手はこのロバートが任されタよ。伝えられたのは一つ。徹底的に捻り潰シテくれとダケ」
「そうか。それは怖いな」
まぁ、あれだろうな。
あの中で最も外見が恐ろしく、それでいて確かな実力も伴っているから。だからこそ、ロバートを先攻に持ってきたんだろう。
……しかし、あれだな。
徹底的に捻り潰せ……と来たか。
どうやら相手方はロバートで僕を潰させて、悠々自適と嘲笑いながら、残りの戦いを軽めに流して消化するって腹らしいな。
そのせいか、他の三人は明らかにやる気が感じられない。
まるで、殴られる覚悟もなくここにやってきた……とか、そう言われても信じてしまいそうな光景だ。
「オヤ、何を見ているのカナ。このロバートが相手では不満かイ? 自称格上」
「不満はない。お前は強そうだからな。……ただ、少し勘違いをしているらしい」
ロバートは拳を構える。
彼は審判の方へと、ちらりと視線を向けた。
審判は大きく頷くと、改めてルールを口にする。
「それでは改めて! 今回の戦いは4対4の勝ち抜き戦! 先に相手が全滅した組の勝利となります! また、敗北した組は、闘争要請を除いたありとあらゆる場面において、対戦した組へと一切の害なす行為を禁じられます! よろしいですね?」
「あァ、いいトモ」
「はい」
僕らは交互に返事を返すと、審判の生徒会役員は改めて頷いた。
「それでは、これより闘争を開始します! 私たちが戦闘不能と判断した場合、第三者による介入があった場合、気絶した場合。これら三つ、いずれかが在った場合は失格となります! また、悪質な行為が認められた場合もまた、反則となりますので御注意ください!」
僕らは同時に頷いて。
そして、カウントダウンが始まる。
――闘争が始まる。
会場に緊張感が張り詰める。
A組、C組の面々。
校舎内やグラウンドから僕らを眺める他クラス、上級生の生徒たち。
そして、僕を前にしたロバート・ベッキオ。
上空に浮かび上がった『3』の文字。
ロバートの頬を汗が伝い落ちる。
その汗が大地に弾けると同時に、数字が動いた。
上空の文字が『2』、『1』と時刻を刻んで行く。
無限にも等しい、引き伸ばされた時間の中で。
それでも始まりはやってくる。
カウントダウンが『0』と同時にブザーが鳴って。
ロバート・ベッキオは、目にも止まらぬ速さで僕へと駆けた。
「悪いガ、手加減は苦手デネ!」
おそらく、ロバートは一撃で決めに来た。
思い切り振りかぶった右拳。
体全体がムチのようにしなり、その先から放たれる拳は……きっと、尋常ではない威力を誇るだろう。
速度、タイミング、威力。
全てがほぼ完璧の状態。
普通ならかわせないし、防いだにしても大きすぎるダメージが残るだろう。
そこで僕は考える。
どうしたらいいかな。
かわすのもダメ。
防ぐのもダメ。
と、そこで僕は手を叩いた。
そうか、なら倒せばいいんだ。
ロバートは眼前まで迫る。
その拳は僕へと向かって振り下ろされて。
それより早く、拳を落とした。
「ぶげふっ!?」
たった一撃。
空の竹刀で、素振りをするように。
上から下へと落とした右の拳は、ロバートの頭部を寸分たがわずたたき落とした。
目の前で、ロバートが地面へと叩きつけられる。
衝撃だけでグラウンドにヒビが入った。
風圧が砂煙を舞いあげて。
それが止んだ時、その場は静寂に包まれていた。
「…………………………はぁ?」
誰かが言った。
なんとなく、A組の方から聞こえた気がした。
そちらを見れば、紅たちは僕の足元を見て目を剥いており。
僕の足元には、白目を剥いたロバート・ベッキオが沈んでいた。
というか、思いっきり地面にめり込んでいた。
「えっ? あ、えっと……あれっ?」
進行役の生徒会役員が呆然とする中。
僕は、気絶して倒れてるロバートを見下ろし、全く同じ言葉を返した。
「奇遇だな。僕も、手加減するのは苦手なんだ」
少し遅れて、歓声が響き渡った。
次回【最強の体現者】
そして、次回でついに100話達成。
いつもご愛読ありがとうございます!
面白ければ高評価よろしくお願いします。
とっても元気になります。




