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6-15『幕間②』

 その日、倉敷は暇を持て余していた。

 さすがにキャンプの翌日だけあって疲れが残っている。

 そのためもあって、今日1日休日とした彼女は、気分転換も考えてショッピングモールへと散歩に出かけた。


 そして、そこで見たくもない光景を見てしまった。


「さぁ、悠人! 次は水族館に行きましょう!」

「なんでもあるんだな、この敷地内には」


 そう! イチャイチャと手を繋いで歩いている二人!



 ――を、隠れて見ている文芸部の諸君の姿が、そこにはあった。



「あ、えっと……なにやってんの?」


 思わず、委員長と素の中間あたりの声が出てしまった。

 話しかけられた彼女らはビクッと身体を震わせる。

 看板の後ろに隠れていたようだが……なんたる杜撰(ずさん)

 変装しているようだが、逆にその変装が悪目立ちしすぎているし、なにより『ストーキングしている感』が全く隠せていない。


「あ、く、倉敷さん……?」

「あー、いや、ごめん。答えなくていいよ。察しがついちゃった」


 言いながら、倉敷もまた看板の陰に隠れた。

 あえて言おう、こういうのは嫌いじゃない、と。


「で? どーゆーこと? これ」

「なに。今日、文芸部で集まらないかという話をしていたら、雨森が珍しいことに断ったのでな。気になってあとをつけてみれば……この惨状だ」


 間鍋が、吐き捨てるようにそう言った。

 その目には子供っぽい嫉妬が見えていて、倉敷を含めてそこに居た全員がクスリと笑った。


「ま、そゆこと。まぁ? 文芸部のメンバーとしては、部内の恋愛についてはシビアにならざるを得ないわけですよ。だって、雨森とくっつくのは星奈さんの予定だし」

「ひ、火芥子さんっ!」


 真っ赤な顔で叫ぶ星奈。

 その姿を見て、倉敷も『星奈さん可愛い』と言っている雨森の気持ちが、少しだけわかった気がする。

 倉敷は看板の陰から顔を出して雨森を観察する。

 すると……やっぱり。一瞬だが雨森と目が合った気がして、顔を隠した。


「でも、火芥子さん。これ、多分バレてるよ。雨森くんはあーみえても対近接のスペシャリスト。……こういう、シンプルな追跡は簡単に気取られちゃうよ」

「あちゃー、やっぱり? 井篠の言う通りだったね」

「そ、そうですよ……。雨森くんを舐めすぎです!」


 サングラス(変装)をした井篠か叫ぶ。

 彼は、雨森によって様々な技術を教えられている。

 無論、初歩の初歩、簡単な技術ばかりだが、それでも彼の力の一端に触れることで初めて理解出来ることもあった。


「雨森くんは……本当にすごい人ですよ。僕達が思ってる100倍はすごいと思う。だから、本気でやるならもっと完璧にしないと……」

「あぁ、それならとても参考になる例がいると思うよ」


 井篠の言葉に、倉敷は閃いたとばかりに手を打った。

 皆の視線が倉敷に集まる中。

 倉敷蛍は、近くの電柱を指さした。



「ほら、本場のストーカーが居るじゃない」



 そこには、朝比奈霞(ガチなストーカー)の姿があった。




 ☆☆☆





「い、一体何をしているのかしら? いいえ、何をしているのかはなんとなく想像がつくのだけれど。ま、まさか、学生で……そんな、て、手を繋いで男女が一緒になんて……な、なんてこと――!」

「あのー、霞ちゃん?」

「ひゃい!?」


 朝比奈霞は、背後から聞こえた倉敷の声に体を跳ね上がらせた。

 その光景に苦笑していると、朝比奈は言い訳をするように言葉を重ねる。


「こっ、これは……違うのよ蛍さん! こっ、これは自警団の活動! そう! 要人を影から護衛するための訓練なの!」

「霞ちゃん?」

「……じ、自警団の名前を出したのは謝るわ、ごめんなさい」


 朝比奈は素直に頭を下げた。

 その姿に苦笑いしつつも、倉敷は言葉を重ねる。


「まぁ、一番聞きたいのは、なんで雨森くんのことをストーキングしてるのか、ってことなんだけど。……霞ちゃん。雨森くんがストーカーストーカー言うのも頷けちゃうよ」

「ち、違うの! 今日はたまたま偶然、買い物に来てただけなの! そしたら……ほら、雨森くんが、その、で、でで、デー……」

「デートね?」

「……その、してるでしょう? だから、その……つい」


 つい、でストーキングしてしまう正義の味方。

 倉敷は声を大にして叫びたかった。

 雨森、お前のお気に入りは完全に拗らせているぞ、と。


「ま、まぁ……うん。個々人の趣味嗜好についてはとやかく言うつもりはないんだけどね。実は……私達もストーキングしたいんだよね」

「えっ! そうなのかしら、蛍さん!」


 同志ッ! とでも言いたげな朝比奈。

 その姿に物理的に1歩引きながら、彼女は語る。


「まぁ、雨森くんもこっちに気づいてるみたいだし……ほらっ! 霞ちゃんのこと、害虫でも見るような目で見つめてるよ!」

「あ、あの……オブラートに包んでくれないかしら」


 見れば……本当だ、雨森がこちらを見ている。

 四季は全く気づいていないらしいが……あの様子、雨森はずっと前から彼女らについて気づいていたのだろう。

 彼の目を見ると……うん、『害虫を見るような目』なんてレベルじゃない。それ以下の何かを見る……蔑み果てたような目で朝比奈を見ていた。

 彼女は理解した。

 倉敷蛍は、しっかりとオブラートに包んでいたのだと。


「あの、私、ますます雨森くんから嫌われてないかしら?」

「あー。朝比奈さん、女子会で雨森の過去についてちょっと話してたでしょ? あれが不味かったんじゃない? 私もついうっかりゲロっちゃったし」

「ひ、火芥子さん!?」


 火芥子、大正解。

 雨森を見れば、興味を失ったように四季へと視線を戻しており、二人は手を繋いで水族館の中へと入っていくところだった。

 その姿を見送って、朝比奈は膝を突く。


「た、たしかに、なんという不誠実さ。勝手に自分の過去を広められるだなんて……人によっては、よく思わないわよ、ね……」

「まぁ? 雨森とは別人かなー、とは思うんだけどね。だって、雨森ってカリスマ性の欠片もないじゃん。まぁ、それでも人が集まってくるあたり、なにかしら人を惹き寄せる何かを持ってるんだろうけどさ」


 倉敷は思う。

 それは、身から溢れ出す危険性だろう。

 危ないからこそ、朝比奈霞は惹かれたし。

 危ないことこそ、人は、無意識に求めたがる。

 人はいつだって、スリルがなくては生きていけないから。


「ま、それはそうとしてっ! 早く追いかけようよ! 面白くなってきた所なんだからさ!」

「ほ、蛍さん!?」


 倉敷の言葉に、朝比奈霞は唖然とした。


「な、何を言って……」

「蛍ちゃん。ストーカーはね、ストーキングしてなければストーカーとは呼ばないんだよ。もう、バレてるんだよ? なら、白昼堂々と後をつければいいじゃない」

「そ、それで……いいのかしら?」

「いいのさ! だって面白そうだもんっ!」

「あはは……倉敷さんも、なんだか雰囲気が違うね」

「夏休みだから、では無いでしょうか?」


 井篠や天道がそんなことを呟き。

 一足先に、火芥子と間鍋が水族館へと突撃してゆく。


「おい、置いていくぞ貴様ら。俺は雨森に一言文句を言ってくる」

「あっ、私も私もー。私たちとの約束断ってデートだなんて、いい度胸してんねー、って言ってやるじゃん」

「あっ、わ、私も行きますっ!」


 星奈がその後に続いて駆けてゆき、楽しげに頬を緩ませた倉敷もまた、彼女らの後に続いて水族館へと入ってゆく。

 それを見た朝比奈は呆然と固まっていたが、すぐに正気を取り戻す。



「や、やっぱり……おかしいわ蛍さん! やはり、後をつけるのならば気付かれないようにしないとだめよ!」



 どこかズレたことを言いながら、朝比奈もまた水族館の中へと入っていく。




 ☆☆☆




 その光景を、僕は水族館の入口横から見つめていた。


「……馬鹿なのかアイツらは」

「ん? 悠人、どーしたのかしら?」

「なんでもない。見知った顔がいただけだ」


 普通に出店の商品を見ていた四季は、不思議そうに首を傾げた。

 朝比奈たちは、僕が【能力】で見せた幻を追って、水族館の中へと突撃して行った。あの調子だと、水族館の中に僕達が居ないと気づくまで1時間くらいはかかりそうだ。


「慣れない力を使わせて欲しくないんだがな……」


 霧の力を使って擬似的な幻は出せたものの……あまり正攻法な力じゃない。よく見ればすぐに偽物と分かる程度。あれだけの距離があったから騙せたようなものだろう。


「さて、四季。水族館……は、また今度にしないか? また、お前とは何度もデートすることになるだろうからな」

「あ、あら、そうかしら!? ならそうしましょう! 悠人とまたデート出来る約束になるのなら、私はなんだって我慢できるわ!」


 そう言いながら、彼女は嬉しそうに歩いていく。

 その後ろを追いながら、僕は彼女の手を握りしめた。


「それじゃあ、次はどこに行こうか?」

「悠人が行きたい所へ行きましょう!」


 四季はそう言って僕を見上げる。

 ぎゅっと僕の手を握り返して。

 恋する乙女は、満面の笑顔でこう言った。



「だって私は、悠人の隣ならどこだって幸せだもの!」



 きっと四季は、いいお嫁さんになると思う。


以上、夏休み編でした!


明日より、第7章スタート!

ついに、A組との本当の戦いが始まります。


というわけで、いつもの次回予告を流しておきます。



☆☆☆



夏休み明けの1年C組。

開放感から、今再びの校則地獄へと舞い戻った一同。

校則の遵守にも慣れてきた時分だったが、再びC組には魔の手が迫っていた。

『黒月奏と同格か、それ以上』

そう揶揄された紅、邁進、ロバート、米田。

四人を筆頭に、怪物、橘月姫の手を離れた1年A組が動き出す。


「私が介入しないほど――A組の狂暴性は剥き出しになります」


一切の読み合いなど、不要。

ただ絶対的な武力と腕力でなぎ倒す。

あまりにも暴力的な攻勢に、朝比奈率いる自警団もまた動き出す。


「――貴女ね? A組を裏で支配してるのは」


動き出した正義の味方と、相対するのはアルビノの少女。

されど、その二人とて今回の攻勢では枠の外。

此度のA組の標的は――雨森悠人、ただ一人。

幾ら強くとも。

どれだけ謎が多くとも。

雨森悠人、お前には明確な【弱点】がある。



「――雨森悠人は、公衆の面前で能力を使えない」



第7章【神の救い 小森茜】



正義も悪も、その視点次第で反転する。

相対するのが善性である以上。

その善性を――排除する以上。

きっと、自分はその『正義』にとっては【悪】なのだ。


――倉敷蛍は、かく語る。




面白ければ、下記より高評価よろしくお願いします!

とっても励みになります。

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【新連載】 竜を超える膂力に、史上最強の魔法。 ありとあらゆる才能に恵まれながら。 しかし、その転生にはちょっと足りないものがあった。 しかし、足りないものは『ちょっと』だけ。 不足は努力と工夫で埋め潰し。 やがて、少年は世界最強へと成り上がってゆく。 異世界転生、ちょっと足りない
― 新着の感想 ―
 ほっほっほ、色々と、アレじゃのう…影神君なら、これを見て何を思うのかのう…
2025/01/18 16:19 世界を作ったおじいちゃん
[一言] 嘘が分かるいろはが素直に喜んでる描写は 個人的に超大好物、おいしゅうございました。
[気になる点] 6-12の霊圧が消えた…? [一言] とか思ったけどこの作品ならそれすらも伏線にしてそう
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