6-8『アルビノの少女』
そういえば、章のタイトル変えました。
何故だろう、今朝から女子の視線がすごい。
僕は、食器を洗いながらそう考えていた。
――翌日、朝の9時頃。
場所は、木造の巨大な食堂の中。
多くの生徒は、川へ水遊びに出かけた。
昨日も遊んでたよな。飽きないんだろうか?
僕は特にやることもないというか、やるべき事を終わらせてしまったので、暇潰しというかなんというか、C組の使った食器関係を洗っていた。
「雨森くんっ、これも洗っておくね?」
「すまん、井篠、間鍋くん。助かる」
「……なに、俺も暇だった。暇潰しには丁度いいだろう」
ツンデレ間鍋くんも、そう言いながら皿を洗ってくれている。
そう、僕らは今、三人で台所に立っていた。
そして、僕らの前方には椅子に座ってこっちを見てる女子3名。
「あ、あの、やっぱり私もお手伝いを……」
「星奈さんが手を怪我したら雨森くんが泣くよ、やめときなって」
「私は皿を割る予感しかしないので」
そう、星奈さん、火芥子さん、天道さんである。
……普通、逆じゃね?
きっと誰もが思った。だが、まぁ、それはいいとして。
「……なぁ、火芥子さん。朝から女子たちの視線が凄いんだが……気のせいか?」
「気の所為じゃないよ。昨日、恋バナしたから、雨森の」
「な――!」
僕は驚き、皿を手から落としてしまう。
その皿を、隣にいた井篠がキャッチした! ナイス井篠。
「それは……僕と星奈さんの今後についてか?」
「あ、雨森くんっ!」
星奈さんが怒ってる、可愛い。
のは……まぁ、いつもの事だし措いておくにしても。
僕は火芥子さんへと視線を向けると、彼女は困ったように苦笑いする。
「まぁ、ちょっと話題が膨らんでさ。なんか、朝比奈さんの小学校に、雨森とよく似た名前のやつが居たらしいんだ。苗字も名前も同音で、漢字だけ違う奴らしいんだけど……知らない?」
「……そもそも朝比奈って誰だ?」
「そこからかぁー!」
そこからだよ。
僕の最初は変わらない。
僕は視線を皿へと戻してさっさと皿洗いを済ませる。
井篠と間鍋くんに礼を言い、手を拭きながら彼女らの元へ向かう。
「で、どうしたんだ三人とも。暇なのか?」
「まぁーねー。私も、みんなが行くって言うから来ただけだし。唯一楽しみにしてた恋バナも出来て大満足ってわけさ! あ、雨森ってけっこーモテるんだね。話題になってたよ」
「冗談抜かせ」
悪質なジョークだこと。
僕はそう吐き捨てると、窓の外へと視線を向ける。
すると……なにやら、ざわざわと生徒たちの騒めきが聞こえてきた。
「……ん? どうしたのかな?」
「……んん? ……うっわぁ、なんかとんでもないことになってる」
能力の『現実把握』を使った火芥子さんが、顔を歪めた。
それを見た瞬間、僕は『昨日の嫌な予感』が的中したのだと察した。
でなけりゃ、彼女がここまで顔をゆがめることもあるまい。
そう思いながらも、僕らは食堂の外へと足を運ぶ。
かくして、そこに居たのは多くの生徒たちと。
そして、新しくこのキャンプ場へとやってきた1年生たち。
「こんちわー。1年A組なんだけど、これってどこに泊まったらいいわけ?」
新たな波乱が、遅れてやってきたようだ。
☆☆☆
そこにいたA組の生徒は、数人だけだった。
というか、五人だけだった。
「あれ? 返事なし?」
一人は、先頭に立つ赤毛の少女。
名前は……たしか、『紅秋葉』といったか。
生徒は1学年全員を調べたから、彼女のことは覚えていた。
かなり小柄だが、その体からは大きな威圧感を感じる。
まぁ、強いな。異能は知らないが……たぶん、C組で言うところの烏丸や佐久間と同格って言ったところだろう。
だが、残りの面々は……もっとヤバい。
「無視されているのでは無いですか? 第一声が失礼でしたから」
侍従のように、ただそこに居るだけの女。
名前は『邁進花蓮』。
一見すると普通の少女のようだが、こうして立っている間、少しも体幹が揺れていない。それはかなり鍛えている証拠だろう。
それを上手いこと隠し、油断を誘おうと言うのだから性格が悪い。
まぁ、邁進さんも僕にだけは言われたくないと思うけど。
「まぁ、いいじゃないカ! もとより仲良くするつもりもナイだろウ?」
金色長髪の、外国人の男が笑った。
彼は……A組の闘争要請でインパクトを残していたな。
名前は『ロバート・ベッキオ』。
この男は、邁進とかいう女より強い。と思う。まず間違いない。
風格も自信もまるで違う。何から何まで満たされているような万能感。それが彼の体からは迸っている。
それに、恵まれた体格ってのはそれだけで武器だからな。
「みんな落ち着けっての。目立ってるぞー」
4人目は、普通の男だった。
特になんの特徴もない、平凡な見た目。
だからこそ背筋が凍った。
この男、隙のひとつも見えやしない。
名前は『米田半兵衛』
仮にこの場で殴りかかっても返り討ちに合いそうだ。
それほどまでのピリつき。
……この隠密能力、まるで暗殺者だな。
そして、最後の5人目は……。
「……うげ」
最後の5人目、アルビノの少女を見て僕は呻いた。
あぁ、あぁ。やっぱり来ると思ったよ。
熱原を使って入学早々から喧嘩を売って。
体育祭では僕らに負けじと大人気なくも能力を使い。
無人島には僕を見るためだけについてきて。
……そろそろ、動く頃だろうとは思ってた。
彼女らに一切の不安は感じられない。
彼女らを前にしているのは朝比奈霞に黒月奏。
加えて生徒会長にして最強の男、最上優に、物理戦最強の堂島忠。
それらを前にしてもなお、1歩たりとも下がらない。
しっかし、困ったなー。
こいつら全員、体育祭時の熱原より強いぞ。
(……雨森さん、手を出さない方向で……いいですよね)
黒月から念話が飛んでくる。
(見たところ、アルビノの少女は特別弱そうですので……そこを起点に切り崩せば何とかなるかもしれませんが……)
(……やめておけ。嘘偽りなく僕でも勝てるか分からない相手だ)
(……それ、は――)
僕の言葉に何かを察したか、黒月の目が少女を捉える。
なんの強さも感じられず、生きる気概すらも見当たらない。虚ろな瞳で足元を見つめるその女は、弱いように見えたとて弱いとは限らない。
「――私は1年C組、朝比奈霞よ。お泊まりかしら、A組の皆さん」
ふと、朝比奈嬢が声をかけた。
その声に黒月は『はっ』と正気に戻り、アルビノの少女から視線を外す。その先には先頭に立つ紅とかいう女。
それは、体の良い『隠れ蓑』だろう。
他の面々と比べれば強く見えない。
にも関わらず、他の強者3名を従える紅秋葉。
……得体がしれない。警戒すべき相手だ――と。
普通ならばそう考える。
僕ならばそこまで理解し、その背後にひっそりと佇む。
まるで、今の僕と黒月のような関係性だ。
「ええ、実は熱原がうるさくってね。ちょいと黙らせて、この子連れて気晴らしに来たってわけよ。アポ無しだけど、無理とは言わないでよね」
「……どうやって貴様らがここに来たのかは不明だが……まぁいい、争いを起こす気さえないのであれば好きに過ごせ。A組担任には私から連絡を入れておく」
近くにいた榊先生が、疲れたようにそう言った。
僕は心の底から反対だが……彼女が言うのであれば仕方ない。
僕はA組と関わりたくない一心で、C組のログハウスへと引き返す。
「ん? どうしたの雨森? なんか面白いことになりそうだよ?」
「興味ない」
彼女の言葉に足を止め、短く返す。
……その際に、強烈な視線を背中に受けた。
振り返れば、A組の連中は僕の方へと視線を向けていた。それぞれの目には愉悦やら驚愕やら、色んな感情が映っている。
それはひとえに、雨森悠人を脅威と知っていたから。
……どうやら、僕に関する情報は公開されているみたいだな。
果たして、それが『どこまで』なのかは知らないが……。
「…………」
握りしめた拳から、血が吹き出した。
痛みを感じて、やっと自分の『怒り』に気がつく。
……あぁ、くそ、またか。
堂島と戦った時。
そして、無人島で調査した時。
最近は感情の揺れが激しくて困る。
それだけ最近の雨森悠人は緩んでいるのか。
あるいは、それだけ【過去】が、僕にとってのトラウマになっているのか。
……まぁ、両方だろうな。
僕は何となくそう確信する。
今の僕はだいぶ緩んでいて。
幸せだなぁと思うから。
この日常が好ましいから。
過去への振り幅は、膨大になる。
「……あぁ、やだやだ。昼寝しよう」
小さく呟き、僕は再び歩き出す。
僕の背中には、計6つの視線が突き刺さっていた。
過去に触れる度。
悪夢が蘇り、心が騒めく。
思い出したくなんてないのに。
触れたくなんてないのに。
理性と使命感が、過去を歩けと強要する。
幸せな今を生きているからこそ。
過去への振れ幅は。
この身の不調となって、現れる。
第6章は、これからが本番です。




