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6-3『水着』

 ――水着。

 それは浪漫である。

 当然ながら、倉敷の水着姿を見たところで鼻くそほじれる自信はあるし、朝比奈嬢の水着姿を見たとて鼻で笑える自信がある。

 だが、だがしかし!

 僕はここ数年で初めて、死ぬかもしれないと思った。


「倉敷さん、ティッシュ持ってないか」

「雨森くん。失礼って言葉知ってる?」


 僕の隣で、ビキニ姿の倉敷が青筋を浮かべた。

 僕は彼女がどこからか取り出したティッシュを受け取ると、鼻血が吹き出してきそうな鼻の両穴に詰め込んだ。


「で、雨森くん。私の水着に対する感想はまだかな?」

「ん? あぁ、そういえばお前も水着だったな」


 断腸の思いで【女神の水遊び】から視線を外し、彼女を一瞥する。

 倉敷は白いビキニを着用している。

 全身から迸る純新無垢さ、快活さと相まって眩しいくらいだ。

 そして、極めつけは彼女のプロポーション。

 前々から『ある』とは思っていたが、想像以上に着痩せするタイプだったみたいだな。すげえ事になってるよ。もう、男子の視線がその肉塊×2に釘付けですよ。そうなるのも頷けるほどのアレだった。


「似合ってるぞ。とても可愛いと思う。ただ、及ばないという話だ」

「最後の一言が余計だったねぇー」


 倉敷から視線を逸らして川辺を見る。

 僕の視線の先には、女神が降臨していた。

 赤いビキニを着た火芥子さん、露出の少ない水着の天道さんと一緒になって、楽しそうに川辺で遊ぶ我らがエンジェル。


 珠のような美しい素肌。

 濡れた淡い髪色は、彼女の神聖に一筋の妖しさを残す。

 弾ける水しぶきは、さながら世界樹の泉から零れる聖水のよう。

 普段の彼女からは考えもしない露出面積。即ちエロス。

 されどそこに欲情を抱く余地は無い。

 何故って? 彼女の神聖さにはされど一点の陰りもないからさ。

 普段よりも開放的な分、彼女のオーラも数段増しだ。

 あふれ出す神秘。

 母なる大地。

 大海の偉大さ

 天からの恵み。

 星の瞬き。

 この世の摂理が此処に在る。

 もはや、彼女を人の枠に留め置くのは無粋だろう。

 というか無理である。

 あまりの情報量の多さ。

 脳内に無限でも叩き込まれたのかと、すわ錯覚した。

 されど、それでいいのかもしれない。

 彼女は既に人知を超えたのだ。

 ――水着。

 たった二切れの布地を身に着けただけで、彼女は人類史を超越した。

 否、それは語弊があるか。

 身に着けたからではない、脱いだからこその、飛躍。

 なんたる発明。なんたる大発見。

 これ、学会にでも提出しようかしら。

 されど僕は、この感情を胸の内に収めておくとしよう。

 これは醜い独占欲だ。

 彼女のその姿を独り占めしたい。

 今この瞬間だけは、一介の男子高校生としてそう思う。

 彼女はまるで芸術だ。

 ……いやごめん。言った瞬間に違うと思った。

 あの姿に、その言葉は相応しくない。

 彼女を――この光景を表せる単語を探して脳内を巡る。

 女神? 天使? いやいやそんな言葉では生ぬるい。

 無限に等しい堂々巡り。

 この間、現実世界で実に0.0002秒。

 一通り探し巡って、結論は出た。

 ――彼女はどんな単語を使ったところで、表現できない。

 人類史に存在し得るありとあらゆる単語を組み合わせてもなお届かぬ極地。美と可憐の終着点。鼻血でそう。そんな光景がそこにはあった。



「倉敷さん、僕は今日ここで死ぬのかもしれない」

「それは良かったねー。さすがに私でも止められないよー」


 既に倉敷の言葉は棒読みだった。

 僕がじっと女神を見つめていると、女神は僕の視線に気がついたのか、僕の方を見て嬉しそうに笑い……けれど、直ぐに自分の格好に気がついたのか、恥ずかしそうに身をかき抱いた。なるほど、これが尊いという感情か。


「あ、雨森くん……あまり、見られると恥ずかしいです」

「すまない、写真を撮っても構わないか。家宝にしたいのだが」

「ぜ、絶対だめですっ」


 我らがヴィーナス、星奈様が否定の意を示した。

 ふむ、とても名残惜しいが、そういうのであれば既にカメラモードで構えていたスマホもしまうとしよう。

 隣の倉敷がドン引きしたような視線を向けてきていたような気もするが、きっと気の所為だろう。僕は海パンのポケットにスマホをしまう。

 あ、ちなみに僕も海パンにパーカーという格好してます。



 ――キャンプ地到着から、三十分ほど。


 既に荷物を置き終えた僕達は、水着に着替えて浜辺で遊んでいるのだった。

 周囲にはキャッキャウフフと遊んでいるクラスメイトたち。

 黒月は……と見ると、彼は川から離れた場所で木陰に座り、1人で本を読んでいる。The、孤高。ああいうのを一匹狼って言うんだろうな。カッコつけてるわけじゃないのに格好ついてるから手に負えない。


「で、どうした倉敷さん。こんな場所に僕なんかといて。また僕の悪評を広めようとしてるんじゃないだろうな」

「そんなことしたことないよー。……でもまぁ、カナちゃんたちが、雨森くんのことをよく思ってない、ってことは霞ちゃんも気にしてたかな……」


 カナちゃん……真備佳奈か。

 倉敷とは学園が始まって最初期からの友人同士。

 加えてカリスマ性も【それなりに】持っていて、発言力も【それなりに】あって、容姿も【それなりに】良くて、いい感じにギャル感も出ていて【それなりに】恐ろしくて、王の異能を持っていて【それなりに】強い。

 総じて【それなり】の女だ。


「雨森くん、カナちゃんたちと仲良くしたいんでしょ? 手伝うよ。私はどうしたらいいかな?」

「そうだな……」


 カナちゃんと仲良くなろう大作戦!

 というにはあまりにも簡単だが、一応案はある。

 目下の敵である新崎康仁を鎮めたことや、堂島先輩が『組手やろうぜ!』と言ってきたことなど……色々と条件は揃ってるからな。たぶん、それで行けるだろ。

 僕は一通りの説明をすると、彼女は目を丸くしていた。


「あれっ、雨森くん……能ある鷹は爪を隠すって言葉に酔ってる人かと思ってたけど。どうしたの? その作戦じゃ……」

「まぁ、それも込みで考えてある。それと少し毒舌を控えてくれないか」


 まぁ、お前のことだから色々と諦めてるけどさ。

 僕はそう続けつつも、星奈ヴィーナスからは目を逸らさない。

 写真がダメなら脳内フォルダに全て収めるだけ。

 彼女は依然として止まらぬ僕からの視線に赤くなりながらも身をよじっており、その姿になおさら萌えが溢れだしてくる。

 恋は麻薬って、マジじゃねぇか。

 誰だよそんなの言ったやつ。

 ……あ、僕でしたっけ?


「で、倉敷さん。お前の大親友はどうしたんだ? 姿を見ないが」

「ん? あぁ、霞ちゃんなら、さっきからそこの木の影に隠れてるよー!」


 倉敷の少し大きな声が響いて、草木が揺れる音がした。

 そちらを見れば……居たな。居ましたね。

 朝比奈嬢が恥ずかしそうに木の後ろに隠れてる。

 あっぶねぇな、近くに居るじゃないの。

 思いっきり作戦とか話してたけど、大丈夫だったかしら?


(雨森さん、()()魔法でその一帯に空気の膜を作ってるので、外に会話の内容が聞こえることは無かったはずですよ。意図的な会話以外は)


 とか思ってると、すかさず黒月からのフォロー念話。

 なるほどぉ。意図的に話しかける時は声が通って、コソコソ話をする時は聞こえない、と。

 ……なに黒月、有能すぎない?

 僕なんかよりもずっと活躍してる気がするんですが。

 そんなことを思いつつ、僕は吐き捨てた。


「なにあいつ、マジのストーカーになったのか? 気持ち悪いな」

「き、聞こえてるわよ雨森くん!」


 朝比奈嬢が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 しかし木の影からは出て来ず、僕は首を傾げる。

 なんだコイツ、もしかして恥ずかしがってるのか?

 誰に対して? ……僕に対して?

 はっはっはっ……嘘だろ? 笑えないんですが。


「お前……どうした? なにを恥ずかしがってるんだ。先に謝っておくが、お前の水着を見たとしても僕は鼻で笑えるぞ」

「そ、それは……その、私も、私の容姿に自信があるわけじゃないし。その、鼻で笑われても仕方ないと思うのだけれど。は、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」


 何を言っているんだろう、コイツ。

 霧道の時も思ってたが、朝比奈嬢ってもしかして鈍感なの?

 自分への好意に、というか、恋愛全般において鈍感な気がする。

 でなけりゃ、自分の容姿を【自信が無い】だなんて言い表せられないだろ。


「……お前は少し、鏡を見た方がいい。今の言葉は、星奈さんを除くこの世の全人類に対する侮辱だぞ」

「……ふぇ?」


 僕の言葉に朝比奈嬢は目を丸くした。


「……そ、それはどういう……」

「……お前は、僕が出会ってきた中じゃ美人な方だよ。まぁ、そのメリットを帳消しにしてもなお余りある程に嫌悪感があるのだが」

「……ごめんなさい。前半で感じた嬉しさが全て消えてしまったの」


 そう言いつつも、朝比奈嬢は少し嬉しそうに頬を緩ませていた。

 そうだよ、お前は自信を持て。

 お前は自分が思ってる以上に強く、美しく、輝かしい。

 なにせ、この僕とマトモに【戦闘】が出来たんだ。

 それだけでも常軌を逸してる。僕はお前を認めている。


「そ、それじゃあ、水着……恥ずかしいけれど、見せようかしら」


 かくして、朝比奈嬢は僕らの前へと姿を現す。



 ――瞬間、激震と戦慄が走り抜けた。



 倉敷は朝比奈の姿を見た瞬間、ピシッという音と共に固まった。

 周囲から聞こえていたざわめきも、彼女の登場と共に消失し、周囲には涼やかな静寂だけが舞い降りる。


 それほどまでに、朝比奈霞の登場は衝撃的だった。

 かく言う僕も、星奈さんの登場以上に衝撃を受けたかもしれない。


「ど、どう、かしら?」


 朝比奈嬢が沈黙を破った。

 彼女は今、漆黒の水着を身にまとっている。

 露出が少なく、誰の目にも美しく映るようなフォルム。

 派手な装飾はなく、ただ黒一色の中に、眩いほどの純白色が胸のところにあしらわれている。

 しかも、用心なことに所有者が分かるよう、名前まで書いてあるみたいで……ううん、これは間違いないですね。


「お、前……それは」

「ええ! 中学校の時に使っていたスクール水着よ!」


 彼女は胸を張ってそう言った。

 僕は、その話を聞いて悲しくなった。

 朝比奈。なぁ、朝比奈霞さん。

 まだ、身長はいいさ。女の子だもん。

 けどさ、中学校の時の奴がまだ着れるってことは……。


 僕は、黙って朝比奈嬢の胸を見た。

 断崖絶壁だった。

 ……全てを察した。

 全てを察して、僕は目を逸らした。


「……今まで、すまなかった。これからは少し、優しくする」

「あ、あら? よく分からないけれど……仲良くしてくれるのならとっても嬉しいわ! ありがとう雨森くん!」


 彼女はとっても嬉しそうにそういった。

 その胸の部分には【あさひな】という四文字が煌めいていた。


 ……さすがに僕も、鼻で笑えなかった。


というわけで、カナちゃんと仲良くなろう大作戦マッチポンプはじまるよ!

皆さん大好き、自作自演のお時間です。


次回【雨森VS堂島②】


悪にとって、正義の味方は避けられない。

されど、今回ばかりはその鬱陶しさに乗ってやるよ、堂島忠。

敵も味方も、最大限に利用して使い潰す。

それが僕のやり方だ。


実際には三度目の対決になります。

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【新連載】 竜を超える膂力に、史上最強の魔法。 ありとあらゆる才能に恵まれながら。 しかし、その転生にはちょっと足りないものがあった。 しかし、足りないものは『ちょっと』だけ。 不足は努力と工夫で埋め潰し。 やがて、少年は世界最強へと成り上がってゆく。 異世界転生、ちょっと足りない
― 新着の感想 ―
カスミ・アサヒナ・・・どこぞの最強吸血鬼に気をつけろY(((影 とある吸血鬼  ・・・失礼な
[良い点] さらっと書かれてるけど倉敷のどこからかティシュを出したという部分異能に関係すんのかなー?
2023/01/17 19:44 退会済み
管理
[一言] 幼女(幼女じゃない)
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