6-2『夏休み』
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いつもありがとうございます。
そんなこんなで時は過ぎ。
夏休み、初日。
「ひゃっほー! キャンプだぜー!!」
バスの中で、烏丸が元気いっぱいに叫んでいた。
1年C組の合同キャンプ。
キャンプ場所は学園が保有している土地の一つで、一般人の入って来れない、ある意味隔離された場所だと聞いている。
「……ったく、なぜ私が引率など」
「いいじゃないっすか先生ー、たまには校則なんて忘れてさー!」
ブツブツ文句を言ってる榊先生が、今回の引率だ。
彼女へと烏丸がハイテンションで向かってゆき、舌打ちされてすごすご戻ってくる。烏丸、とりあえずそのテンションをどうにかしよう。
「た、楽しみだね、雨森くんっ」
「あぁ、そうだな。初めてのことだから楽しみだ」
隣の席の井篠が、キラッキラした目で僕を見上げていた。
そして、前の席の火芥子さんと天道さんが、ニヤニヤしながら僕らを座席越しに見つめている。
「おんやぁー? 雨森ー、星奈部長に四季ときて、今度は井篠? まったく、節操がないにも程があるねぇー。ねぇ、天道さん?」
「全く、その通りですよ雨森氏。男同士はどうかと思います」
「そ、そんっ、そんなんじゃないよっ! 雨森くんもなんとか言ってよ!」
「そうだぞ、僕は星奈さん一筋だ」
「……雨森。いいのか、後ろまで聞こえているぞ」
僕の告白まがいの発言に、後ろの席の間鍋くんから指摘が飛んだ。
座席の隙間から見ると、そこにはゲームをしている間鍋くんと、顔を赤く染めた星奈さんが見えた。くっそおおおおおおお! なぜ星奈さんの隣が僕じゃないんだ! くそったれえええええああああああ!!
「星奈さん。顔が赤いが……セクハラでもされたのか?」
「そ、そそそ、そんなことはされてません……。そ、それと、か、顔も、赤くなんてありません……っ」
星奈さんが照れてる、可愛い。
そして間鍋くんが睨んでる。『なぜ俺が3次元に発情せねばならん!』とでも言いたげな目ですね。これだから間鍋くんには安心して星奈さんを預けてられる。彼は2次元にしか興味のない男だから。
「ところで雨森、四季はどーしたの? 普段の感じだと、無理してでもついてくるって言いそうだけど……」
「あぁ、奴なら置いてきた」
「お、置いてきた……って?」
「B組の友達と出かける用事が今日だったらしくてな。その用事をキャンセルしてまで来ようとしてたから、『約束を守らないやつは嫌いだ』って言ったんだ」
「そ、それは……うぅん。まぁ、うん」
火芥子さんが、僕の言葉に微妙そうな顔をしていた。
恋心を利用しているとも見れるが、そもそも友達との約束を破ること自体がいけないこと。僕の言葉も見方によっては『彼女のためを思って辛いことを言った』みたいな雰囲気にも見える。これは火芥子さんも非難できないだろう。
「だから、四季は今回のキャンプにはついてきてない。そもそも、C組のキャンプに四季が来ること自体おかしい話だ」
「まぁ、元を正せばそうなんだけどねー」
「いろは氏は、あからさまに雨森氏を愛してますからね。そういうことも有り得るかと思っていたのですが」
ないない。というか僕がさせない。
今回は四季が居たら色々と面倒なこともあるし。
というか、僕の親睦を深める場にB組の四季が居たら、それだけでの僕の印象がガタ落ちしかねない。否が応でも来させてたまるもんですか。
「あ、あのっ、あ、雨森、くん……」
ふと、後ろの席から声がする。
座席の隙間から振り返ると、星奈さんが顔を真っ赤にしていた。
間鍋くんは……おおぅ、イヤホンして既に二次元の世界へ旅立っている。顔がやべぇ。何がやべぇってニヤけが酷い。録画して見せてやりたいくらいだ。
が、今は星奈さんが先客。
僕は彼女へと視線を戻すと、彼女は僕の方へと口元を寄せてきた。
「あ、あの、四季さんに、その……告白されたと、聞いたのですが」
「……随分と昔の話だな」
四季に告白されたのって、彼女が文芸部に入る前の話だぞ。
それを今更……って、あぁ、なるほど。
星奈さんのことだ、ずっと気になっていて、でもクラスじゃ人目もあるし、部活じゃ四季がいるしで、僕に聞けるようなタイミングがなかったのだろう。
でもって、今は錦町や烏丸が騒いでいて、これくらいの声なら全然響きやしない。人目はあるが、聞くとしては絶好のタイミング……なのか? 少し考えれば電話でいいと思うんだけど。
「まぁ、そうだな」
「……っ、で、では、雨森くんは……」
「まぁ、断らせてもらったがな。今は、誰かと付き合うとか、そういうことは考えられないんだ。……少し、事情もあってな」
それは、紛れもない本心だった。
誰かを好きになることは、きっといいことだ。
僕が壊れたあの日から、そんな感情は一切無かったから。
だから、彼女が僕にとっての『特別』になれるのなら、それはとてもいい事だ。心の底から喜ばしい。
――けれど。
彼女は驚いたように、安心したように、困ったように表情を変える。
その様子を一瞥し、僕は彼女から視線を外した。
「事情……ですか」
「あぁ、聞かないでくれると非常に助かる」
これは、僕がなぜここまで強いのか。その根源にまで至りかねない話だからな。
僕の僕たる根っこの話。雨森悠人がぶっ壊れた日の話。
だから、こればっかりは誰にも話すことは出来ない。
……まぁ、知ってる奴も居るみたいだけどな、榊先生とか。にしても……どうやって僕の過去なんて調べたんだろうか。不思議。
「そう、ですね。わかりました。何も聞きません」
「ありがとう。そういう素直なところ、僕は好きだよ星奈さん」
「……ふぇ?」
僕の言葉に一瞬固まり、彼女は顔を真っ赤に染め上げた。
話を聞いていた隣の井篠も恥ずかしそうに顔を赤くしていて、会話こそ聞き取れなかったものの、雰囲気から色々と察した火芥子さんが笑ってる。
「あー! 雨森また変なこと言ったんでしょー!」
「変なことは言っていない。ただ、素直なところが好――」
「な、なんでもありません! 何もありませんでした……っ!」
星奈さんが焦ったように声を上げる。
それを見て火芥子さんはなお一層楽しそうにしはじめる。
こんな喧騒も、バスの中では小さい方で。
目前まで迫るキャンプ地を前に、クラスメイトたちは小煩い程にテンションを上げ、騒ぎ立てている。
普段なら耳を塞いで蹲りたいところだが……まぁ、たまにはこういう日があってもいい。
僕は窓の外へと視線を向ける。
「ま、まさか! 告ったの!? 雨森告った!?」
「な――!? 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたのだけれど!」
さらに小煩い正義の化身までやってきて。
僕はため息と共に、小さな声で呟いた。
「自分の心なんて、自分でも分からないもんだ」
きっとその言葉は、誰にも届かなかったろう。
☆☆☆
そんなこんなで、キャンプ地に到着した僕らC組。
「「おおおお!」」
そこに待ち構えていたのは、大自然だった。
透き通るような綺麗な川の水。
生い茂る青々とした木々に、小鳥のさえずり。
大きなログハウスが幾つも設置してあり……他のクラスも来ている生徒がいたのか、中には釣りや水遊びをしている者の姿もある。
「おお! キャンプ! キャンプだ正しくこれは! すっげー! ぶっちゃけ、B組と戦った無人島が酷すぎて今回も期待してなかったけど、軽く想像を超えてきた! やるじゃんこの学校も!」
「烏丸、お前、今が夏休みでなければ退学コースだったぞ」
榊先生がため息混じりにそういった。
「……まぁ、なんだ。ここが今日から3日間、お前らが生活するキャンプ場だ。どうやら他クラスも来ているようだが、恐らくは2、3年生だろうから気にする必要は無い。というか、『学園はキャンプ地を保有している』なんてこと自体、知っているヤツらの方が稀だからな」
「いやー! うちらに倉敷が居て助かったわー!」
「それほどでもないよぉー」
我らが倉敷委員長が、言葉とは裏腹に胸を張る。
もちろん、このキャンプ地の情報は彼女が仕入れてきた。
どこから? と聞いたところ『生徒会長から』と返ってきた。
……改めて思った。この女を仲間に引き入れておいて、本当に良かったと。
そうこう考えていると、1人の青年がこっちに歩いてくるのが見えた。
「やぁ、倉敷さん。C組の皆さんも。元気かな?」
「あっ! 生徒会長!」
げっ、生徒会長じゃねぇか。
ということは――まさか!
僕は咄嗟に姿を隠すべく動き出す。
だが、あまりにも対応が遅すぎた。
「がははははは! おお、雨森! 雨森じゃねぇか!」
背後から、がっしりと肩を掴まれる。
この怪力……間違いない、奴だ。
僕は恐る恐る背後を振り返ると、男は立っていた。
見上げるほどの巨体に筋骨隆々とした肉体。
うん、堂島先輩ですね、どう見ても。
3年A組の最上が居るなら、多分こいつもいるんだろうな、って思ったわ。嫌な予感って的中するものですね。
「あの、肩痛いんで離して貰えません?」
「がははは! いいだろう! 雨森ぃ、後で組手でも付き合えよ! 最近ちょっとばかし鍛え直してる最中なんだ!」
「絶対に嫌です」
「がはははは! 約束だぞぉー!」
……相変わらず人の話をなんにも聞かねぇな。
まぁ、あの日以来僕に『自警団に入れ!』と絡んでくることは無くなったからいいんだけど。
そう考えていると……ふと、なにか注目が集まってる気がして顔を上げた。
すると、クラスメイト全員からの視線が何故か僕の方に向かっている。
……もしかして、目立っちゃったか?
咄嗟に間鍋くんの後ろへ隠れようと思ったが、それを見た生徒会長が爽やかな笑顔を浮かべた。
「珍しいね。忠があそこまで気に入るだなんて。彼は強いんですか? C組担任の榊先生」
「……さてな。ほらお前ら。さっさと荷物置いてこい。お前らがここにいると、私も休憩できないだろうが」
榊先生からの助け舟。
またの名を露骨な話題逸らし。
それを察してか生徒会長も笑顔を浮かべるだけで何も言わず、C組のクラスメイトは少しずつさっきまでの雰囲気へと戻っていく。
……その中でも、鋭い視線がまだ幾つか。
「……チッ、なんなのよアイツ」
それらの視線を努めて『気付いていない』フリを貫く。
ふと、火芥子さんから『気にするんじゃないよ』みたいな視線を貰ったが、僕は首を横に振ってから歩き出す。
このキャンプに来たのは、こういう視線を撲滅するため。
現時点でこういう態度を取られるのは、仕方の無いことだ。
問題は、正義の化身、朝比奈嬢に気取られぬように動くことだが。
「……さて」
小さく呟き、肩の荷物を背負い直す。
かくして、1年C組、3日間のキャンプが幕を開けた。
次回【水着】
デュエルスタンバイ!




